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二泊三日分の着替えと、仕事に必要なタブレットPCをツーリングバッグに詰め込んで、バイクに取り付けたサイドバッグに固定する。サイドバッグにはレインウェアやスマートフォンに装着する自撮り棒やスマートフォン用の望遠レンズその他の用品などが左右均等に詰め込んであり、まだ少しスペースに余裕があった。アメリカから直接取り寄せた、このスラッシンサプライ製のバッグを使うのは今回が初めてだった。航空便で取り寄せる際、納期が守られるか、気まぐれな円ドル相場のせいでちゃんと購入を決意した時の金額の範囲内に収まるか少し不安だったが、何とか収まってくれた。
必要な荷物の搭載が終わると、私はライディングジャケットのジッパーを閉じ、アライのオープンフェイスヘルメットを被って、中古で買ったハーレーダビッドソンのXL1200NSに跨った。私がハーレーを買ったのには理由がある。彼氏として付き合っている先輩のバイクが、クラブスタイルに改造されたハーレーのダイナスーパーグライドに乗っていたから、私も同じようにハーレーで一緒に走りたい、というのが理由だった。その話を聞いた瞬間、シスコン気味でいまだに実家暮らしの兄は自分もハーレーを買って三人で一緒に走ると言い出したが、中古でベンツのCクラスワゴンを買った後でバイクを買うのはハードルがかなり高いだろう。
エンジンを掛けてオイルが循環するまで暖気し、程よくエンジンが温まるとギアを一速に入れて走り出す。目的の土地までは、下道と高速道路を使って約二時間。何事も順調に進むことを私は祈った。フリーランスの売文稼業をしている私にとって、重大事件や政治家のヤミ献金に関する調査報道など無縁の仕事だ。今日からお世話になる集落に赴き、ホストファミリーの家に二泊して、地域の生活や文化、どんな施設があるのかを文章にする。簡単な話が、地方に住む普通の生活を言葉にして紡ぐ行為をするために、二泊三日の滞在を行うのだ。事前に向かう地域の事をインターネットで調べると、JAXAがまだNASDAだった時代に、何かの研究所を作ろうとした場所である事しか分からなかった。
下道を少し進み、高速に乗り込む。空はさわやかな青色に染まっており、空気が澄んでいるおかげで進行方向に聳える山々の稜線がはっきりと見えた。今日からの二泊三日の日程は、楽しめそうな予感がした。
途中サービスエリアに立ち寄り、自動販売機のコーヒーと売店でサンドイッチを買って簡単な食事を済ませる。それが終わると、私はスマートフォンを取り出してホストファミリーの飯塚美菜子さんに電話を掛けた。飯塚さんは私より五歳年上の女性で、夫と六歳になる息子との三人暮らしだった。話によれば、集落で一番若い人妻だという。耽美な作風を得意とする小説家なら、何かインスピレーションの一つでもありそうな女性だった。
呼び出し音が二回ほど鳴ると、飯塚さんのスマートフォンと電話がつながった。
「もしもし?」
スマートフォンのスピーカーの向こうで、美菜子さんの声が聞こえた。
「もしもし、以前お電話いたしました金本ゆりねと申します」
私はフルネームで美菜子さんに名乗った。オンライン上で何度もやり取りはしたが、実際に声を使ってコミュニケーションを取るのは初めてだった。
「ああ、フリーライターの金本さん!おはようございます。どうかされましたか?」
想像していたよりも若々しい声で、まだ少女のような瑞々しさが感じられるような声だった。
「いま、**高速道路の△□サービスエリアに居ますので、一応ご報告をと思いまして」
私は自分の現在位置を美菜子さんに伝えた。ちゃんとした挨拶をしないと、自分が失礼な人間に思われてしまう。そんな恐怖が私には常にあった。
「ああ、△□サービスエリアですね。わざわざご丁寧に連絡ありがとうございます。そうなると、あと一時間三十分程度でこっちに着きますか?」
「はい、何事もなければ」
「そうですか、ぜひ道中ご無事にいらしてください。自動車じゃなくてオートバイですよね。すごいなぁ、女一人でオートバイ旅なんて」
美菜子さんの言葉に、私は思わず苦笑いをこぼした。免許と度胸さえあれば、バイクに乗っての旅や移動に性別は関係ないと思っている人間からすれば、この意見はどこか世間知らずな印象があった。
「恐れ入ります。また近くに行ったら連絡します」
「わかりました。お気をつけて」
美菜子さんが言ったあと、私は電話を切った。




