序 闇夜
竹阿弥という。
何故、その名が歴史に残されているのかを知るものはいまはない。
歴史の風に吹き消えた幾つもの真実を微かにその名に潜ませて、
竹阿弥という名は残されている。
秀長という。
のちの世に、秀長という名で知られた人物があった。
世に有名な太閤殿下秀吉の弟として知られた真面目な御仁。
あるいは、太閤秀吉が殆ど唯一その信頼を置いたといわれる人物の名は、
地味ではあるが歴史の中に一応は消えずに留められている。
さて、その父は竹阿弥であるという。
いわゆる、秀吉とは異父兄弟であるという話だ。
実父は同じであるともいうが、歴史の闇に紛れてそれはいまだ定かではない。
故に、謎は残されている。
何故、秀長の父は竹阿弥として伝わっているのか、と―――――。
そう、単なる武士ともあるいは野にある人ともつかぬ奇妙な名だ。
武士階級に使えるおとぎ衆のようなものではなかったか、とは伝わっている。
しかし、秀吉の母が農村の出だとはっきりしているのとは別に、こちらの方は曖昧である。
とにかくも、秀長の父が秀吉の父とは異なるともいわれており、
その異なる父の名は竹阿弥という――本名というよりは、芸名であるような名を持つものである、
とは一応知られてはいるのだ。
何故、ではそのような名を持つものが父であると伝わっているのか?
それに解答はない。
唯、単に父であるとして伝わる名であるというだけのことだ。
歴史の闇は深く、その闇に紛れて庶民であるものの出自など、いくらも消えていこうというものである。
故に、唯、名は伝わっている。
―――竹阿弥、と。
それが何故のことであるのか。
いまだ、確実な答えはみつかっていない。
その歴史の闇夜に消えた答えを、その解答を紐解くことはいまではもうむずかしい。
解答は、ない。
唯、闇が深く横たわるだけだ。
その闇の夜深くに。
少しばかり、垂れた糸。
つながりを探すには頼りなく、辿るにはすでに切れた糸。
ほんのすこし、闇夜に白くほそく糸を辿れば何処に着くのか。
誰も知りはしない物語の始まりを、闇夜に消えた物語を。
その始まりを、すこしばかり追ってみることとしよう。
何故、竹阿弥なのか。
なにゆえに、―――




