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8 神話に至らなかった精霊たち【森の管理者視点】

私は確かに、あの核を撃ちぬくつもりで魔法を放った。


その刹那。

目の前に土の壁が現れた。


土属性の魔法。しかし、低級精霊に私の魔法を防げるほどの壁を作り出せるものか…


壁が崩れる。


そこにはもう核はいない。

そこにいたのは三つの人影。


私は目を疑った。


赤髪の女。

褐色肌の女。

縦ロールの女。


おそらく火属性、土属性、雷属性の低級精霊の集合体。


魔力の入った大量の小さな器。それでは私に傷一つつけられない。

そこで、複数の個体が一つにまとまることで大きな器を疑似的に作り、出力を上げた…


(そこまで賢い個体がいたとは…いや、それとも主人を守ろうとする本能か?)


何より気になるのはその容姿。

それはまるで…


(神話の精霊…)


神話の記録に残る、火、土、雷の精霊の姿に酷似している。


やはりあの核は逃がしておけない。この世界にもたらす影響は測り知れない。

危険因子は排除しなければ…


今ならまだ間に合う。この神話を模した低級たちを片付けて早急に追わなければ。


「俺らも覚悟はしてるけどよ、まだまだご主人様にすりすりしたりねえんだ。タダでやられるわけにはいかねえな?」


「あらあら!イグニスは意外と甘えんぼさんですわね~!」


「はぁ?!じゃあお前今後すりすり禁止だからな!!おい!テラもなんか言ってやれ!!」


「……来る。」


その言葉と同時に私は風の斬撃を撃っていた。


大きな爆発音が響く。


「……今の攻撃に反応しますか」


再び壁に防がれた。


殺気を隠した完璧な不意打ちだった。

感知してから防御を構築する猶予はほとんどない。


(これは…核の追跡は難しそうですね。)


「テラ!!」


赤髪の女が声を上げる。


「……大丈夫」


赤髪の女の燃えるような髪色が一段と濃くなる。


「管理者だか何だか知らねえけどよ!不意打ちするならせめて一言くらい言えっての!!」


「お行儀が悪いですわね~!!」


雷属性の女が体にバチバチとした魔力をまとわせる。


「でも、今のは少しヒヤッとしましたわ。テラ、ナイスですの!」


「……うん」


雷属性が強く踏み込んだと思ったその瞬間。彼女はすでに私の背後に回っていた。


速い。


魔力反応を捉えた時には、すでに刃状の雷が形成されていた。


「――っ…!」


私は半身をずらし、最小限の防御結界を展開する。


直撃は避けた。それでも、結界表層が焼き切れる。


(低級精霊ごときに私の結界が削られた……?)


「チッ、今ので仕留めきれねえか!」


赤髪の女が舌打ちと共に凝縮した炎を放つ。

結界が焼き切れている一点を狙った攻撃。


判断が早い。

そして連携が成立している。


私は即座に上へ回避しようとした。


しかし、足が動かない。


既に地面が私の足首を掴んでいた。


「……捕まえた」


あの土属性の精霊…厄介だ


炎は正確に結界の脆いポイントを撃ちぬき、私の腹に直撃した。


続けざまに落雷のような一撃。


一瞬、意識が白くなる。


(……被弾)


管理者となってから、久しく感じていなかった感覚だった。


「今の、効いたろ!!」


「ですわ~!!」


2人は高らかに笑う。

しかし、油断はない。すでに次の攻撃の準備が整っている。


「まだまだいくぜ!!」


次から次へと飛んでくる炎。反撃の隙を与えない猛攻。

飛んでくる火球は荒々しいが、軌道は無駄がなく、私の退路を潰すように配置されている。

その隙間を縫うようにして刺してくる雷撃。


牽制ではない。確実に削りに来ている。


(短期決戦の構え……)


このままでは私はやられ、あの核と共に、この森に存在した80%の低級精霊を失うことになる。


(それは少々、めんどくさいことになりますね。)


最初に異変に気付いたのは赤髪。


「テラ!おい!大丈夫か!?!」


呼吸は荒く、地面に伏した土属性の低級精霊。


私を掴んでいた地面から魔力を逆流させて極度の魔力酔いを起こした。

これで地面の拘束はない。


「……くそ……!」


 赤髪の女が歯をくいしめる。

 怒りと焦りが、炎となって噴き上がる。


「おい、ルミナ!!」


「……分かっていますわ」


 縦ロールの女――ルミナが、静かに前に出た。

 先ほどまでの軽い調子は消え、瞳は鋭く細められている。


「テラはもう、動けませんの」


 淡々とした言葉。

 だが、その声には、わずかな揺れがあった。


「ここからは――」


 ルミナの体から、雷の魔力が一段階、濃くなる。


「――わたくしたち二人で、時間を稼ぎますわ」


 イグニスは一瞬、テラを見下ろし、それから立ち上がった。

 拳を握りしめ、炎をまとわせる。


「……上等だ」


 怒りを燃料に、出力が跳ね上がる。

 理性より先に、感情が前に出ている。


そこからの戦いは刹那の応酬ではなかった。


時間が、確実に彼女たちを削っていく。


火属性は火力と持久力のバランスがいい。しかし、遅い。一秒にも満たない発動速度だが、対応するのは容易い。


雷属性は火力とスピードは随一。ただ、その魔力消費量は凄まじい。


拘束がなくなった今。勝敗はすでに決まったも同然。


――私は、距離を取った。


無駄な魔力の浪費はしない。

彼女たちはもう、時間さえ与えれば勝手に崩れる。


まず、炎。


赤髪の女――イグニスの放つ火球は、最初こそ荒々しく、私の回避先を的確に潰していた。

だが、次第に軌道が単調になる。


(出力を上げすぎていますね)


怒りに任せた高出力。

それは強いが、長くは続かない。


私は最小限の風壁を張り、あえて真正面から受ける。

火力は十分だが、貫通には至らない。


「チッ……!」


イグニスの息が、目に見えて荒くなる。

炎の密度が、わずかに落ちた。


そこへ――雷。


「……ッ!!」


ルミナの雷撃は、今もなお鋭い。

踏み込み、消え、背後を取る速度。

正直に言えば、低級精霊の域ではない。


だが。


(消費が早すぎます)


雷撃の一発ごとに、彼女の魔力の輪郭が削れていくのが分かる。

最初は“個”としてまとまっていた存在が、少しずつ、粗く、曖昧になっていく。


「ルミナ!! 無理すんな!!」


「……言われなくても、分かってますわ!!」


声に、余裕はない。


時間が経つほど、私の動きは洗練され、

彼女たちの動きは、焦りを含み始める。


先に限界を迎えたのは、赤髪の女――イグニス。


炎の出力が、明らかに落ちている。

いや、正確には出そうとして、出せていない。


「……っ、まだ……!」


拳に纏った炎が、途中で途切れる。

燃え上がるはずだった魔力が、火花のように散り、空気に溶けた。


(魔力の循環が破綻していますね)


彼女の輪郭に走るひびは、テラの時よりも荒い。

怒りと感情を燃料にしていた分、消耗が激しい。


「くそ……!」


もう一度、無理やり魔力を引き上げる。


だが――


炎が、内側から弾けた。


「――っ!!」


イグニスの体が大きく揺れ、地面に倒れこむ。

赤かった髪の光が、一段階、色を失った。


それを見ても、ルミナは動いた。


「……だから……言ったでしょう……」


声は小さい。

けれど、震えてはいない。


「最後は……わたくしですわ」


彼女の体は、すでにひびだらけだった。

雷の輪郭は歪み、不規則に漏れ出している。


ルミナは、イグニスの前に立った。


そして、また強く前へ踏み込んだ。


その瞬間。


「……っ、あ……」


ルミナの体に、決定的な亀裂が走る。


肩から胸、腹部へ。

人の形を縁取っていた光が、一気に崩れかける。


(限界ですね)


彼女は、それでも立っていた。


「……ご主人様は……逃げ切れたでしょうか……?」


彼女らは主を守るために命を賭してこの私と戦い抜いた。


「あの精霊の魔力は感じられません。」


それを聞くと、満足そうに地面に崩れ落ちた。


その場に残ったのは、

ひび割れ、力尽き、それでも役目を果たした三つの存在。


私は、しばし沈黙した。


期待していた神話の再来ではなかったが、


「……見事です」


誰に聞かせるでもなく、そう呟く。


私は、倒れた三体から視線を外し、

森の奥――核が逃げた方向へと歩き出した。


――その時だった。


この森に、不思議な魔力反応がひとつ。


ちいさく、未熟で、

それでいて――どこか見覚えのある感触。


(……?)


私は足を止める。


視線を向けると、

木々の影から、一人の少年が姿を現した。

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