7 結局俺は無力でした
目の前にいる淡い緑の髪をした女性は、この森の『管理者』だと言った。
(ただの森の所有者ってことはないだろうな…)
視線を向けられているだけなのに体が重く感じる。
「しょ、処理……?どうしてですか、」
「なるほど、やはり言葉を理解しているのですね。」
管理者は淡々と告げる。
「低級精霊の数が森の許容量の限界に近づきつつあります。回るはずだった森の理があなたをきっかけに滞っているのです。」
「わかりました…それなら、俺が森を出ます。」
管理者の目が、わずかに細められる。
「ここから離れる。これ以上森に関与しない。それでどうですか…?」
戦って勝てる相手じゃない。
この森にとって俺が害であることも薄々気づいていた。
彼女は少し考える素振りを見せて、
「…いいでしょう。あなた一匹程度なら問題ありません。」
「……ですが」
その一言で、胸の奥が嫌な音を立てた。
管理者は俺の背後――精霊たちの群れへと視線を向ける。
「あなた”だけ”です。この周囲にいる低級精霊は処分します。そうせざるを得ません。彼らもまた、この森の理から逸脱した存在なのだから。」
ざわり、と空気が揺れた。
言葉を理解したわけではない。
それでも、何かを察したように、精霊たちの光が不安定になる。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
慌てて声を上げる。
「俺がいなくなれば、こいつらだって散るはずだ!今までだって、俺がここにいたせいで――」
「いいえ」
即座に否定された。
彼女は俺の近くにいるセラやイグニスたちを見る。
「既に遅いのです。彼らは知恵を付けました。感情を知りました。それは低級精霊にはあるはずのないもの、あってはならないものです。」
知恵、感情。思い当たる節が多い。
「この規模の異常個体は森に悪影響です。低級精霊とは本来、長く留まる存在ではありません。捕食される、あるいは寿命を迎えるなどして、森に魔力を還元する。――それが低級精霊の存在意義です。」
管理者の言葉は、事実を読み上げるだけのように平坦だった。
「故に、あなた一匹が森を出ることは許可しますが、彼らをそのまま残す選択は取れません。」
……つまり
選択肢は、二つしかない。
俺だけ助かってみんなが消えるか。
俺も含めてみんなで消えるか。
……違う。
最初から、そんな選択肢はなかった。
背後で、精霊たちの気配が揺れている。
管理者の言葉は理解していない。
それでも、空気の変化は感じ取っている。
終わりが近いことを。
俺は、ゆっくりと息を整えた。
いや、息なんてものはない。
それでも、気持ちを落ち着かせる癖は残っている。
「……管理者さん」
彼女を見上げる。
「さっきの話、取り下げます」
管理者の瞳が、わずかに揺れた。
「森を出るのは、やめます」
精霊たちの光が強くなる。
「俺は、ここに残る」
それは宣言だった。
交渉ではない。
「俺の責任です。俺だけ逃げるなんてことは、できない。」
管理者は黙っている。
否定も肯定もない。
ただ、判断を待つ装置のように、こちらを見ている。
精霊たちが、俺の周囲に集まり始めた。
さっきよりも、近い。
光が、濃くなる。
……怖いのだろうか。
果たして、「死」を理解している精霊はどれほどいるのか。
それでも。
全ての精霊がこれ以上一緒にいられないことは察している。
あたたかい感覚が、触れてくる。
『いままでありがとう。』
『もっとすりすりしたかった。』
『大好き。』
セラたちに続き、精霊たちの感情の断片が大量に流れ込んでくる。
俺は、初めてはっきりと自覚した。
――ああ。
俺はもう、
こいつらを見捨てて生きることはできない。
「大丈夫だ」
誰に向けた言葉かもわからないまま、そう思った。
「俺は、ここにいる」
逃げない。
消えるなら、一緒だ。
精霊たちが、さらに集まる。
光が重なり、輪郭が曖昧になる。
管理者がこちらに手を伸ばし、魔法を放つ準備をする。
それでも、不思議と恐怖はなかった。
役に立てた。
一緒にいられた。
それだけで、十分だ。
俺は、静かに管理者を見た。
「……始めてください」
彼女の瞳に、感情はない。
それでも、ほんの一瞬だけ、
処理装置ではない“何か”が宿った気がした。
精霊たちの光が、俺を包む。
最後のすりすり。
温かくて、
優しくて、
――名残惜しい。
これが、終わりだ。
俺はそう覚悟して、
身を委ねた。
――その瞬間だった。
セラを中心に、聖属性の精霊たちが一斉に集束する。
白い光の輪郭が急速に“形”を帯びていく。
未完成で、歪で、それでも必死な人の形。
何かをしようとしている。
だが、その意味が、俺にはまだ分からない。
「……?」
問いかける間もなく、光が弾けた。
管理者の魔法が放たれる。
それと同時に――地面が唸り、土の壁が突き上がった。
視界が遮られ、衝撃が走る。
周りを見ると、他の精霊たちも聖属性と同じように、
イグニス、アクア、ヴェント、テラ、ルミナを中心にそれぞれの属性ごとに分かれ、人の形を作りつつあった。
白い腕が、俺を包み込む。
強引で、必死で、逃がそうとする力。
その中で、ようやく理解した。
――こいつらは、俺を生かそうとしている。
『いきて』
『守る』
『だいじょうぶ』
無数の意思が、押し寄せる。
「……やめろ!あいつらは?!ゴブリンのときと同じだ!!俺だけ何もできないなんてのはもうごめんだ!!」
置いていけるわけがない。
一緒に消えるって、決めたはずだった。
「戦うなら俺だって……!!」
それでも、白い光は止まらない。
俺の意思など関係ないとでも言うように、
セラは、俺を抱えたまま、森の奥へと走り出した。




