表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/14

12 冒険者になりました

床を踏み鳴らす重たい足音。

金属の擦れ合う音。

豪快な笑い声。


(まさに…冒険者ギルド…!!)


「あそこの受付で登録できる。簡単だからすぐ終わる。」


「ありがとうございます!」


「それじゃ、登録が終わったらまた会おうぜ!」


ここまで案内してくれた冒険者の剣士はそう言って、軽く手を振った。


そのまま踵を返し、人混みの中へと消えていく。


(あ、名前聞くの忘れてた…また後で聞けばいいか)


「ご主人様、ぼーっとしていないで早く登録してしまいましょう。」


セラが一歩前に出て、受付の方を指す。


木製の長いカウンター。

その向こうで、数人の受付嬢が書類を捌いている。

冒険者たちが入れ替わり立ち替わり訪れ、依頼書を叩きつけたり、報酬袋を受け取ったりしていた。


「……並ぶのか?」


イグニスが首を傾げる。


「ええ。順番は守りましょう」


「面倒だなぁ」


「面倒でもです」


そんなやり取りを背に、俺は列の最後尾についた。


前に並ぶのは、見るからにベテラン風の男。

革鎧は擦り切れ、剣の柄には無数の傷。

それでも背筋は伸びていて、無駄な動きがない。


(……冒険者って、こんな人ばっかりなのか?)


少し緊張する。


やがて、順番が回ってきた。


「次の方、どうぞ」


落ち着いた声に呼ばれ、カウンターの前へ。


受付嬢は書類から顔を上げ、俺を見て――

一瞬、ほんの一瞬だけ目を瞬かせた。


だが、すぐに表情を整える。


「要件は何でしょう?」


「冒険者登録をしたくて、」


そう告げると、受付嬢は俺の顔を見て――

一瞬だけ、ほんの一瞬、視線を止めた。


年齢を測るような目。


だが、拒む色はない。


「……確認ですが」


ペンを持ったまま、穏やかな声で言う。


「冒険者の仕事は危険を伴います。依頼によっては、命に関わることも少なくありません」


少しだけ、声の調子が和らぐ。


「無理をしない、ということはお約束いただけますか?」


「はい。分かってます」


そう答えると、受付嬢は小さく頷いた。


「ありがとうございます。では、登録手続きを進めますね」


(たぶん、訳アリの子どもだと思われたな…)


「それではお名前を伺ってもよろしいですか?」


一瞬の沈黙。


(名前…名前…)


脳裏に何も浮かばない。

名乗るための名前を俺は持っていなかった。


「………」


どう答えるべきか迷っていると――


「ルカ様です!」


背後からセラの声が飛んだ。


「あ、じゃあそれで。」


「ルカさんですね。」


受付嬢は一切気にした様子もなく、さらさらと書類に書き込んでいく。


その瞬間――


「ちょっと待て! 勝手に決めるな!」


「ずるいです! 私の案も聞くべきです!」


「フィオラ・ルミエール・ヴァル=セレスティア・ノヴァリスの方がいいですわ!!」


「長いのは却下って言ったでしょ!」


背後で、一斉に声が弾けた。


(始まった……)


だが、カウンターの向こうは実に平和だった。


「では、こちらをどうぞ」


受付嬢はそう言って、記入用の用紙とペンを差し出してきた。


「内容を確認のうえ、記入が終わりましたら、またお持ちください」


「分かりました」


そう答えて、俺は紙を受け取る。


……受け取ってから、気づいた。


(……あれ?)


視線を落とす。


並んでいるのは、見慣れない文字。

曲線と直線が混ざった、規則性はありそうなのに――意味が、まるで分からない。


(……読めない)


一文字も、読めない。


(そうか……俺、この世界の文字……)


俺が用紙を見つめたまま固まっていると――

ひょい、と横から紙が持ち上げられる。


「はいはーい! 貸して貸して!」


軽い声。


「ヴェント?」


「大丈夫大丈夫!」


「近くの机をご利用ください」


受付嬢にそう言われ、俺たちはカウンター脇に並べられた簡易机へ移動した。


ところどころ刃物の跡や焦げ跡が残っている。

年季の入った机だ。


ヴェントは軽やかに椅子へ腰掛け、用紙を机に広げた。


「読めるのか?」


「風の精霊は物知りだからね! 読み書きくらい朝飯前!」


俺はヴェントの隣に立ち、用紙を覗き込む。


細かい文字がびっしり。

やっぱり、さっぱり分からない。


「名前はもう決まってるから楽だね。ルカ、と」


さらさら、とペンが走る。


「次は……登録動機っと。えーと……“生活基盤の確保および自立のため”」


(それっぽい……)


「……ヴェント、賢そうに見える…」


テラが上からのぞき込む。


「賢そうじゃなくて賢いんだよ!

 え~と、得意分野はー……」


そこで、ヴェントのペンが止まった。


「……どうする?」


「……え?」


「戦闘?補助?探索?」


一瞬、迷う。


だが、迷っている間にも後ろは騒がしい。


「回復だろ!」


「いや、俺の回復はたぶん精霊にしか効かないから…」


「じゃあ“未申告”っと」


(それでいいのか……?)


「よし、書けた!」


ヴェントは満足そうに用紙を持ち上げる。


「行こ、ご主人様。受付に戻そう!」


「もう終わり?!」


「冒険者登録なんてこんなもんだよ!たぶん」


「”たぶん”が一番怖いんだよ!」


小さく突っ込みつつ、俺は用紙を受け取った。


紙の重みはほとんどないのに、

なぜかそれがやけに“現実”として手に残る。


俺たちは再びカウンターへ戻る。


「記入、終わりました」


用紙を差し出すと、受付嬢はそれを受け取り、

慣れた手つきで内容を確認していく。


視線が、上から下へ。

ときおり、ペン先が止まる。


(……何かまずかったか?)


一瞬だけ緊張したが――


「問題ありません」


あっさりと告げられた。


「続いて、魔力の波長を記録させてもらいます。本人確認などに用います。」


受付嬢はそう言って、カウンターの下から一つの器具を取り出した。


透明な水晶板。

掌に収まるほどの大きさで、内部には淡い光が漂っている。


「こちらに手を」


言われるまま、俺は手を伸ばした。


ひんやりとした感触。


――その瞬間。


水晶板の奥で、光が揺れた。


最初は小さく、静かな明滅。

だが次第に、波紋のように幾重にも広がっていく。


「……記録、完了しました」


受付嬢は平静な声でそう告げ、

何事もなかったように書類へ視線を戻す。


ペンが走り、最後の欄に印が入る。


「これで登録は完了です」


差し出されたのは、小さな金属のプレート。

裏にはこの世界の文字で、名前が彫られている。


「基本はあちらの掲示板にある依頼をこなしていただきます。最初はFランクからのスタートですので、Eランク以上の依頼は受けることができません。」


(ランク…依頼…)


実感がじわじわと湧いてくる。


「同行されている皆さんも登録なさいますか?」


その一言で、背後の空気が一気に弾けた。


「します!」


「俺もだ!」


「登録…したいです…!」


「……一緒」


「僕もー!」


「当然ですわ!!」


口々に返事が飛び、ほぼ同時にうなずき合う精霊たち。


その様子を見て、受付嬢はほんのわずかに目を細めた。


「承知しました。では、皆さまも順に登録手続きを行いましょう」


淡々とした声。

だが、その言葉は確かに――“仲間として認める”合図だった。


俺は手の中の金属プレートを見る。


冷たいはずなのに、不思議と温かい。


(冒険者、か……)


まだ何者でもない。

何ができるのかも、どこへ向かうのかも分からない。


それでも。


俺の隣には、騒がしくて、勝手で、頼もしい精霊たちがいる。


「……行こう」


冒険者ギルドの喧騒の中で――

俺たちの冒険者生活がついに始まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ