10 ようやく街に辿り着きました
――生きている。
それだけで、今は十分だった。
森を抜けた。
死線を越えた。
全部、ぎりぎりだった。
俺はしばらく、その場に立ったまま、空を見上げていた。
枝の隙間から覗く空は、驚くほど穏やかで、さっきまでの激戦が嘘のようだ。
(……終わったんだな)
胸の奥に溜まっていた緊張が、ゆっくりとほどけていく。
「……ご主人様」
セラの声が、すぐ近く。
振り向いた瞬間――
彼女が、ぴたりと固まった。
「どうした?」
「いえ、その……」
セラは俺をじっと見つめたまま、少し言い淀んでから、はっきりと言った。
「随分と、かわいらしくなりましたね……?」
「……は?」
その一言を合図にしたかのように。
「かわいいー!!」
ヴェントの声が弾けた。
「え、え……?」
「……小さい……」
アクアが、両手で口元を押さえ、目を潤ませている。
「か、かわいすぎます……」
「待て待て待て。話が見えない」
「ご主人様」
セラが一歩前に出る。
「念のため、ご自身の姿を確認なさいますか?」
「……できるのか?」
「は、はい……!」
アクアが慌ててうなずき、両手を前に出す。
「み、水を……少し……」
ぱしゃ、と空中に水の膜が張られた。
簡易的な水鏡。
そこに映っていたのは――
(……子ども)
短い銀髪。
華奢な肩。
整った顔立ち。
どう見ても十歳前後の少年。
「これが……俺?」
現実を飲み込むより早く。
「問題ない」
低く落ち着いた声が、背後から降ってきた。
ごつり、と大きな手が肩に置かれる。
「…お姉ちゃんが守ってあげる。」
「テラ!や、やめろ!」
肩に置かれた手を振り払おうとするが、子供の力では敵わない。
というかテラの力が強すぎる。
「いいんじゃなくて?かわいいのは事実なのですから、ぞーんぶんに甘えてくださいまし!」
ルミナがからかうように言った。
「待ってください」
即座にセラが前に出る。
「“お姉さん”は私です。常識的に考えて」
「……身長が足りない」
テラは一切悪気なく言った。
「関係ありません!!」
「え、えっと……」
アクアがおずおずと手を上げる。
「わ、わたしも……その……お世話、します……」
「はいはい」
ヴェントが肩を組んでくる。
「私って面倒見いいでしょ?周りのこともよく見てるし~、お姉さんといえば僕だよね?」
「……騒がしいですわね」
ルミナがため息をつく。
「ですが、ご主人様を導けるのは、落ち着いた大人――つまりわたくしですわ」
「はぁ?!」
イグニスが腕を組む。
「お前に務まるかよ!姉貴分は俺だ!」
「……多数決?」
テラが首を傾げた。
収拾がつかない…
ここはガツンと止めなければ
「ストップストップ!!そんなどうでもいいことはあとで考える!今はこれからどうするかを……」
「どうでもよくないです!!」
真っ先に噛みついたのはセラだった。
「ご主人様の安全と精神衛生に直結する重大案件です!」
「そうそう!」
ヴェントも即座に乗る。
「お姉さんポジションは人生に影響するからね?」
「……守る役割は重要」
テラが真顔でうなずく。
「あと身長も重要」
「そこ! 身長関係ない!!」
セラが叫ぶ。
「で、でも……」
アクアが小さく手を握る。
「お世話する順番は……大事……」
「当然ですわ」
ルミナが胸を張る。
「ご主人様の教育係はやはり大人なわたくしに――」
「大人…ねぇ」
「イグニス!どこを見て言ってますの?!だ、大事なのは精神ですわ!!テラ!無言で横に並ばないでくださる?!」
普通の精霊状態が恋しくなるほど騒がしい…
でも悪くはない。前世の学生時代を思い出す。
「……わ、わかった! どうでもよくないのは認める!」
俺は両手を上げた。
「でも今は優先順位があるだろ!」
その言葉に、セラが深く息を吸い――
きっぱりと言った。
「…わかりました。それでは、まずは街へ向かいましょう。そこなら危険も少ないはずですし、安住の地を見つけるという当初の目的に近づけるかもしれません。」
一瞬の沈黙。
「……一時休戦」
テラが言う。
(休戦って何だよ……)
こうして、火種を抱えたまま、
俺たちは街へ向かうことになった。
しばらく北へ歩くと、緩やかな丘の先に――
石壁に囲まれた街が姿を現す。
(……あれが)
高い外壁。
行き交う人々。
白い煙が、あちこちから立ち上っている。
人の営みの匂いが、風に乗って届いた。
「……街ですね」
セラが静かに言う。
「大きい……」
アクアが目を見開いた。
「これが人里か」
イグニスが肩を鳴らす。
「思ったより立派じゃん」
ヴェントが楽しそうに口笛を吹く。
「…すごい」
テラが短く評価する。
「あそこの門から入るみたいですわね」
ルミナが顎を上げる。
俺は無意識に、自分の服の裾を握りしめていた。
(……本当に、行くんだな)
「いいか、みんな」
俺は振り返る。
「できるだけ静かに。目立たず、騒がず――」
全員の視線が、
ゆっくりとテラへ向いた。
「……努力する」
その一言が、
なぜか一番信用ならなかった。




