魔法暴走事件
冤罪と魔導ログの邂逅
村の練習広場で、魔法が暴走した。
大きな音とともに、木製の魔力障壁が吹き飛び、隣の畑まで焦げた土が広がる。
目撃者は多かったが、爆心地にいた少女――セリナ・アルヴェントがその場にいたという事実だけが先に処理された。
「またお前か!前にも魔力暴走しただろ!」
苛立った大人たちが声を荒げる。
セリナは唇を噛みしめ、地面を見つめたまま何も言わなかった。
銀色の髪が揺れ、わずかに震えている。
クラウは離れた場所から、その様子を見ていた。
村の人々は、セリナの“制御困難体質”を以前から問題視していた。
魔導適性は高いが、魔力制御が不安定。負荷をかけると構文が乱れる可能性がある。
それが、“暴走”と見なされる理由だった。
でも、何かがおかしい。
爆心地の魔力痕跡は、セリナの構文型とは違う種類の波動を持っていた。
「……干渉されてるかもしれない」
クラウは静かに掌を開く。
記録構文が展開され、目には見えない魔力流のログが浮かび上がる。
【魔力痕跡:構文型第2階層/発生時刻 08:03】
【セリナ所有構文:第3階層型・認証記録あり】
【波長差分:−0.17単位/混線軌道あり】
数字が示すのは、“異物の干渉”だった。
爆発の中心には、セリナ以外の魔力が混ざっていた。
しかも、それは低出力で構文の妨害を意図的に仕掛けたような形跡があった。
クラウは記録構文をさらに展開する。
眼前に現れる透明な構文盤に、人物の行動軌跡が記されていく。
セリナは、慎重に魔法練習をしていた。
途中で別の構文がすり寄るようにして交差していた。
クラウは息を止める。
「誰かが、セリナの魔法に干渉した……」
記録官として確信したその瞬間、彼はセリナのもとへ歩み出た。
「セリナさん、少し話せますか?」
小声でそう言うと、彼女は肩を強張らせながらも頷いた。
二人は人気のない物置小屋の裏へ回る。
「……どうして、みんな……」
セリナの声は震えていた。
「前にも注意されたし、失敗したことあるから……私が疑われても仕方ないって、そう思ってたけど……」
「君、今日は構文練習ちゃんと記録してたよね?」
セリナは目を見開いた。
「……見てたの?」
「うん。あと、構文の波長が君のとは違ってた。
誰かが干渉してた可能性がある。今、それを調べてるところ」
「でも、私なんか……」
「記録は、嘘をつかないよ」
クラウは静かに笑った。
「それに、俺は君の痕跡をちゃんと読める。
もし記録が君を守ってくれるなら、それを信じる。俺は記録官だから」
セリナは、何かが溶けるように小さく息を吐いた。
それから数時間後。
クラウは記録盤を元に、村の記録係に解析結果を提出した。
干渉の構文主は、別の少年だった。
嫉妬からセリナの魔法を乱す構文を無言でぶつけたのだという。
故意ではなかったが、結果として暴走の原因になった。
村の人々は驚き、セリナに謝罪した。
記録官候補のクラウも、正式に“記録特性を持つ者”として魔導省への申請が進められることになった。
セリナは、クラウの隣で微笑んだ。
「ありがとう、クラウ。……私、自分のこと嫌いになりかけてた」
「俺も。自分の記録なんて誰も読まないと思ってた」
二人は、痕跡で繋がった。
その記録は、誰かを傷つけるためのものじゃなく、救うためのものになった。
クラウ=セヴァンとして生き直した人生が、初めて“誰かのために意味を持った瞬間”だった。