転生と違和感
冤罪と魔導ログの邂逅
雨の音が、もう届かない。
目覚めた瞬間、クラウは自分が“変わってしまった”ことを理解した。
天井は見知らぬ木造。
肌に触れる布団はふんわりと優しくて、体が妙に軽かった。
起き上がったクラウは、まず掌を見た。
小さかった。骨がまだ軟らかく、手のひらはふっくらしている。
鏡を覗けば、そこには5歳くらいの男の子が映っていた。黒髪で、少し鋭い目つき。
――でも、間違いなく自分だった。
名前はクラウ=セヴァン。
そう言えば自然に浮かぶようになっていた。
だけど、記憶の中にはもう一つの名前がはっきり残っている。
記ノ宮 悠。27歳。日本のエンジニア。
ログを解析し、故障原因を見つけるのが得意だった。
誰にも認められなくても、記録を残すことが唯一の誇りだった。
社会に置き去りにされたような暮らしの末、静かに意識が途切れた夜。
それが最後の記憶のはずだった。
でも今、別の世界で生まれ変わっている。少年として。
「ここは……どこだ?」
窓から差し込む光は柔らかく、外には緑が揺れていた。
鳥が鳴いている。遠くには、水路のような魔導流が光って見えた。
扉が開くと、優しそうな女性が顔を覗かせた。
「クラウ、起きたのね。おはよう。体、重くない?」
「……うん。大丈夫」
言葉は自然に出てくる。
違う世界の言語なのに、頭が勝手に理解してくれる――これは魔導式翻訳の効果らしい。
クラウは静かに頷きながら、彼女に連れられて村の中心へ向かった。
*
この村――リネイルでは、子どもにも魔法の基礎を教える文化があるらしい。
木の棒に魔力を通す練習。光を灯す構文。動きを記録する術式。
日常の中に魔法が溶け込んでいた。
他の子供たちは楽しそうに術式を試していた。
クラウも見よう見まねでやってみる。
すると、その瞬間。
掌が、青く光った。
「おお、クラウにも魔導印が!」
村の記録官が駆け寄ってきて、クラウの手を見つめた。
模様は網のように広がっていて、中央には文字に近い構文が刻まれていた。
クラウは目を細める。
その模様が――何か“記録装置”に似ている。
前世で何度も見たログ形式。
操作履歴、エラー原因、アクセス経路。
それらに酷似した印が、自分の掌に刻まれている。
「……魔導印じゃない。これ……記録構文だ」
その瞬間、模様が淡く動き、浮き出るように文字が現れた。
【魔力認知:安定/発動記録:1件/構文分析:進行中】
クラウは息をのんだ。
他の子供たちの魔導印には、この表示は出ていない。
魔法適性のある子は模様が浮かぶだけ。
でも、自分だけが“記録として読める”状態になっている。
「……俺にしか見えてない?」
その夜、クラウは布団の中で静かに掌を見つめていた。
何が刻まれているのか。
この違和感は何なのか。
魔法社会に溶け込もうとすればするほど、“記録官”という役割が掌に染み込んでいくような気がしていた。
村の人々は優しい。
けれど、魔法が使えない者には冷淡で、適性の違いが生き方に直結するらしい。
その線引きに、クラウは曖昧な恐怖を感じていた。
もし、掌の記録が誰かの誤解を解けるなら。
もし、他人の痕跡を読めるなら。
「……俺が、やるしかないのか」
掌の構文が、かすかに光った。
それは魔法ではなかった。
それは、記録だった。
自分が生きていた証。
そして、これから誰かを守る力になる“痕跡”。
転生は、始まりにすぎなかった。
記録官クラウ=セヴァンの物語が、静かに動き出す。