転生前夜
プロローグ
雨が静かに降っていた夜。
仕事終わりに冷えた缶コーヒーを片手に、いつもの部屋に戻る。
パソコンには今日の作業履歴、トラブル対応、ログの解析――そこには、確かに俺の痕跡が残っていた。
名前は記ノ宮 悠、27歳。
エンジニアとして働いてもうすぐ一年。
まだ駆け出しだけど、ログを追って不具合の原因を見つける仕事は性に合っていた。
誰かの「これ、動かないんですけど…」に向き合って、静かに解決に導く。
目立たなくても、裏方でも、役に立てる実感がある。
──はずだった。
今日もお礼はなかった。
急な仕様変更、ミスの押しつけ、目に見えないプレッシャー。
やっと直したのに「そもそも設計がおかしい」と言われた。
何度、手直ししても“失敗した人”の扱いは変わらない。
「……俺、なんでこれやってるんだっけ」
ひとり言のように呟いて、椅子の背もたれに深く沈む。
部屋に響いているのは、エアコンの音だけ。
スマホの通知は止まったまま。誰かと話したのは、いつだったっけ。
PCに保存されたログだけが、俺の一日を覚えていた。
作業時間、ファイル名、実行順、ミスの原因まで全部記録されている。
“結果よりも過程に意味がある”って誰かが言ってたけど、
その過程を見てくれる人は、どこにもいなかった。
履歴書には空白があっても、俺のログには努力が残ってる。
それを誰かが読んでくれたら――そんな空想にすがる夜。
呼吸が浅くなる。
視界が静かに暗くなる。
頭の奥で何かが切り離されたように、意識がふっと途切れた。
──そして、目を覚ました。
ふわっとした感覚。温度も重さも、違う。
薄暗い部屋。柔らかい布団。
小さな掌が視界に入って、思わず固まった。
「……俺、子供になってる?」
身体は小さく、声も高い。でも、記憶はしっかりある。
これは――転生。だけど、ただの異世界じゃない。
掌に浮かぶ模様。青く光る文字列。
見慣れないけど、不思議と読めた。構文だ。
動き、思考、選択。俺のすべてが、そこに刻まれていた。
「魔導式ログ認証完了。記録官クラウ=セヴァン、適性確認」
耳元に響いたのは、優しい声。
白い服を纏った女性が静かに頷きながら言う。
「あなたの記録には、真実を見抜く力があります。
この世界で、痕跡を救いに変えていけますように」
俺――クラウ=セヴァンは、この世界で“記録官”として生きていくらしい。
エンジニア時代に見続けてきた履歴やログが、今度は誰かを助ける力になる。
やっと、記録が意味を持つ世界に来たのかもしれない。
なら、この手で読もう。
目に見えない痕跡に、誰かの叫びが残っているなら。
それを拾って、言葉にして、誰かを救っていきたい。
──俺の痕跡が語る物語は、今、始まる。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
初回ということで、物語の導入を丁寧に描いてみました。
主人公・クラウ=セヴァンが手にした「痕跡を読む力」が、これからどんな事件や人々の想いに触れていくのか――少しでも興味を持っていただけたなら嬉しいです。
ちなみにこの作品は、一部構成やアイデアをAI(Microsoft Copilot)と一緒に練りながら作っています。
自分では気づかなかった表現や構成が浮かぶのは面白く、執筆の新しい可能性を感じながら進めています。
もしよければ、感想やご意見もお聞かせください。
クラウの記録が、読者のみなさんの心にも届くような物語を目指して、次話も精一杯書いていきます!