鍔割れ姫の地獄唄
鍔割れ姫の打ち首は、閻魔事、閻魔事、阿弥陀の外。
山猪見上げる仇花は、姫の頸巻く数珠玉で、瞳小さく赤い花、お次の刎ねるはどこへやら。
龍打ち、鵺打ち、クジラ打ち、家族の仇も打つなれど、父の勇まし、母の愛、おぶった妹弟のぬくもりが、記憶の箱から抜け落ちて、心の洞に失せた模様。
漆黒帷子、左前。ささらマントル、青ゲット。裏地の赤は花崩れ。今宵は影を祟っ斬る。その影、満つ月照らしたる、己の足より伸びる影。月影、頸で果てるけど、鍔割れ姫の素っ首は、珠の血数珠がつなぐなり。
ひとり斬ったら、千僧供養。ふたり斬ったら、万僧供養。腕を纏う鱗の花は、列なし浄土を目指さんと、姫の体を這いのぼる。姫の頸まで上るころ、鱗の花は色あせて、灰と消えゆき、地獄へ墜ちる。
雷より怖い上段は、三十三の死人胴を、エイヤと一度に貫ぬき割った。裂帛一閃抜き打ちは、空を斬り捨て、悟りを墜とす。童女の喉と悪党の頸、突けば、どちらも血を流す。
斬って斬ってまた斬って。餓鬼の水腹ふくれ腹。斬ったら葡萄酒流れ出し、血に肥え、飢え肥え、涙に肥えて、谷に牡丹が咲き乱れ、落ちた花々、川面を覆う。餓鬼一匹でこの美緋なら、相国入道の腹斬れば、くそたれ哀れこの世界、花に望まれ、金閣寺。そいつはさぞかし美しかろ。
斬って斬ってまた斬って。五十嵐掃部の詰め腹首。エエジャナイカの馬鹿踊り。新政府軍の嘘年貢。誰ぞが腹を切るならば、鍔割れ姫が御介錯。掃部、匕首で腹をかき回し、姫は介錯首皮一枚。首はなくとも掃部の大き手、己が臓物抜き出して、赤熊かぶりの薩長に、勇者の肝を投げつける。姫が接吻した胃の腑より流れるは、恨みに黒ずむ流血と、朝に食った白粥に、掃部の好物浜焼き鯖。
斬って斬ってまた斬って。ひとつ目入道の生臭さ。摩天楼底破れ寺。ハレとケ、陽と月、目を貫ついて、坊主の絶鳴、耳塞ぎ、イヤホン流すは酔詩人。二百階建てビルの群れ、空飛ぶ車のボンネット、ハーフ・ブーツで蹴り飛ばし、空を舞う舞う辻斬り風が、鵺の蛇の尾、斬り飛ばす。
発砲スチロル電子基板、商業目的ホログラム。改造人間売春婦。三十三色ネオンの乱心。鍔割れ姫の刀錆。角膜売人の打ち首映る。姫の好むは遊戯場。愛刀傍ら立てかけて、ガンシューティングにうつつをぬかし、ゲームオーバー理不尽ならば、百円玉群れコンテニュー。巾着袋の小銭が尽きれば、堪忍袋の緒が裂ける。抜刀一撃真っ二つ。爆ぜるゲーム機キノコ雲。今日も一軒出禁を食らう。ほとぼり冷めるその日まで、姫は裏路地怪異を辻斬る。
都心の底のスラムの底で、地獄の裂け目が溶鉱炉。落ちる姫には蜘蛛絲いらず。燃える谷山、血の川沸いて、珠が砕けて、石の塔。鬼の酷業、限りなし。亡者の煮炊き。針の山。馬頭牛頭見慣れて、その案内、閻魔のもとへ通される。
閻魔大王、テントのなかで、キャンペーンデスクに前のめり、地獄の図面を引いている。新たな地獄の曲がり角。ケバブ屋台に亡者を吊るし、薄切りにして芥子をそえて、鬼の口にて噛ますべし。閻魔、眼鏡を箱に入れ、地獄珈琲を嗅ぎながら、白く小さな鍔割れ姫の、赤い瞳へ、穏やか優しく微笑んだ。
「大王よ」姫は問う。「我はどれだけ斬ればいい?」
閻魔大王、首ふって、魳の歯を見せ、苦笑い。
「まだ足りませんよ、鍔割れよ。あなたに地獄は温すぎる。とはいえ、極楽は臨めません」
「我はなして、斬るのやら?」
「始めは家族の仇ですが、そのうち父母の顔忘れ、次に地獄のために斬りました。ところが、それも忘れてしまい、いまは斬るそのものに魅せられ、哀れあなたは、血に酔い憑かれ、迷い刃に怪異を殺ける。哀れあなたは人の世で、ただひたすらに斬るでしょう。ですが、鍔割れのお姫さま。あなたに鬼を貸しましょう。その鬼、小さいこと穀粒のごとし。目にも見えぬその鬼は、あなたが何かを斬るたびに、カタナの鍔に疵を入れます。疵がつながったその日には鍔が割れ落ち、奏楽が尽きることでしょう。そのときこそ、あなたは息をつき、阿弥陀如来の本願を知ることでしょう」
馬頭牛頭にせかされ、鬼たちにおされ、鍔割れ姫は常世へ戻る。サイバーパンクの見上げた空に、歪む満つ月浮き遊ぶ。お次の刎ねるはどこへやら。見えぬ鬼連れ、亡者を探せ。売人、怪異、石地蔵、介錯町の電子侍、スエーデン鋼のミサイルに、一万並べた瓶の頸。刎ねた頸、みな、月まで飛ばせ。鬼よ、励んで鍔を割れ!
鍔割れ姫の地獄唄。七・五の口調も乱れに乱れ、乱唄世迷い、文字を追う。
鍔割れ姫の打ち首は、閻魔事、閻魔事、阿弥陀の外!