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一反木綿さんと一緒

虫が湧く。

誰も死なない超軽めホラー。

エセ関西弁、妖怪注意。

お嫌いな方はすみません。


いいねありがとうございます!励みになります!

うわーっ初評価ブクマありがとうございます!

どうしよう!!まだ全然次書けてない!

がんばります!!

「変な男がこのへんウロウロしてるって話、知ってる?」

 さやかが、パンにかぶりつきながら言う。小柄で、色の薄いふわふわの髪の、可愛らしい印象の子だ。

「なんかさ、右腕に包帯ぐるぐる巻きにしてて、陰キャな感じのオッサンだって」

「え、私大学生くらいのイケメンって聞いたけど」

「なんで昼間から高校の周りウロウロしてるの?」

「女子高生狙いの変質者とか?」

「内緒の話なんだけどぉ、上級生の女子が行方不明とか殺されたとか……」

 高校の教室、昼休み。

 机を寄せ合って友達同士でお弁当を広げながらの話題にしては物騒だ。


「行方不明は嘘でしょ。そんなことあったら大騒ぎになってるよ、なんで秘密にするのよ。むしろ積極的にお知らせが来て登下校に先生が見回りに出る案件だわ」

 言いながら私はお弁当の唐揚げを口に放り込む。

「もー、木綿ゆうはさぁ! 『やだー、こわーい』とか言えないのー?」

「まあ、逆にゆうがそんなこと言い出したらキモいんだけどね」

「ぁんだとぅ!」

 私は唐揚げをモグモグしながら怒ったふりをして、そしてみんなで笑う。


 ……夏休み前は、こんなふうにして楽しく過ごしてたんだよな。


 私は、家で一人そんな事をぼんやり思い出していた。


   *   *   *


 父が、死んだ。

 二学期の始め、夏休み開けすぐのことだった。

 母はもとから居ない。親族の話も聞いたことがない。

 なので、私は高校一年生にして天涯孤独の身となった。


 これからどうなるのかと思っていたが、どうやら父は自分の寿命を察していたらしく、私の知らないところでなにやら色々手続きが取られていた。

 誰やら後見人がついているようで、どこやらの役所の人が定期的に様子を見に来てくれるそうだが、基本的には今まで通り自宅に住んで学校に通っていいそうだ。


「ただいまー」

 買い物帰り、誰もいない家に、習慣で声を掛ける。学校はまだ忌引中だ。

 意識して戸締まりをしっかりとし、買ってきた夕飯の材料を台所にドンと置いて、二階の自分の部屋へ上がる。

 ちょっと外に出ただけで汗だくになってしまった服を着替えようとして、ぼんやりと、姿見に映る自分の姿を眺める。

 ちょっと小柄でスポーティな、ショートカットの女子高生。おとうさんは私の入学式の制服姿に、一区切りついたなって喜んでいたっけ。どうせなら卒業式まで頑張ってくれたらよかったのに。


 ……ああ、一人だと家が広いな。


 なんとなく寂しい気持ちにはなったが、考えても仕方がないこと。パンッ、と手を打ち合わせて

「ご飯作ろ!」

 と声に出し、さっさと着替えて階段を駆け下りた。


 後ろから、かさ。と、音がした。


(……?)

振り返ってみたが何もなく、本棚の本でも倒れたかな、とその時は気にしなかった。


   *   *   *


「ゆうー!」

 忌引が明けて初日、教室の前で、いきなりさやかに抱きつかれた。

「ゆうが来たよー!」

  教室に向かってさやかが叫ぶ。待って待って、登校してきただけだよ? 特別なことじゃないじゃん、と思ったのに、クラスのみんなが急に湧き立った。

「ゆう!」

「なんかひさしぶり…」

「元気だったか?」

「バカっ、元気なわけないでしょ!だって……」

「そういう事言うなよ! そっとしとけよ!」

「ゆう、なんか出来ることあったら言ってね」

 みんな次々に声をかけてきた。


 なんて返事していいかわからないのでやめてほしい。

 父が亡くなっているのに、大丈夫だよー、というのもどうかと思うし、悲しみや辛さを友だちに訴えるのは無理。だって、なんか居たたまれないでしょ、お互い。

 とはいえ、ずっと一人で家に居たので、こうやって友だちに囲まれていると、なんだかホッとする。みんなの気持ちがありがたかった。自然に笑顔になる。


 ……カサカサ。


 また、どこかから小さい音がした。


   *   *   *


 どこにいても、虫の這うような音がする。

 父が亡くなった日からずっと。


 カサリ。


 今もまた。


 「ゆう、どうしたの?」

  学校からの帰り道、微かな音に振り向いた私の様子に、さやかが心配そうに声をかけてきた。

「や、なんでもない。なんか音がしたような気がしただけ」

「…………そっか」

 いや待ってほしい、痛ましいものを見るような目はやめてほしい。父の気配を追ってしまってるとか、そういうのではないから。

 でも、変な音がつきまとってるなんて言ったら、それはそれで心配をかける。色々と考えた末、

「……うん」

 とだけ、答えた。

 と、パッ! と顔を上げたさやかが、一人で頷く。

「うん! カラオケ行こう!」

「えっ?」

 突然の提案に驚いていたら、問答無用にさやかにカラオケまで連行されてしまい、結局そのまま日が暮れかけるまでつきあわされた。


「やばーい! もう暗くなっちゃう!」

 二人して笑いながら駅まで走った。そこからさやかは電車、私は徒歩だ。

「ごめんね、ゆう、調子に乗っちゃった。一人で大丈夫?」

「うん、駅からは明るい大通り行くだけだから。まだ7時だもん、全然人通りもあるよ。さやかはおうちで怒られない?」

「いや怒られるー! おかあさんに連絡入れなきゃ……」

 とスマホを取り出しかけて、

「……あとでいいや」

 としまい直す。

 あんまり気を使って欲しくないな……。ちょっと寂しい思いがよぎる。


 ザワザワザワ……ッ


 また、虫の音。

 たくさんの虫が這う音。


 夏だもんな。駅前商店街だし、虫もたくさんいるよな。


 そんな事を考えながら、改札ではるかを見送ってから家に向かった。


   *   *   *


 学校の周りをウロウロしてる変な男については、夏休みを経てしばらくした今もまだ話題になっていた。

 ご近所の人でしょ、みたいにたしなめる声もあったが、まともな話より奇抜な話のほうが面白い。いまや都市伝説のように噂されるようになってしまった。

 多分そのほうが女子高生的に面白かったのだろう、見た目は「ちょっと暗い感じのイケメン」ということに確定していた。男子は、ただの変態のオッサンだろ、と不満げにしていたが。


 噂は、例えば、

「女子高生を狙って殺している連続殺人鬼で、右腕にはその被害者たちの抵抗した引っかき傷がびっしりと付いているので包帯で隠している」

 とか、

「いじめっ子に右腕をナイフで刻まれてからおかしくなっちゃって、もうとっくに卒業しているはずのいじめっ子を探して高校の周りをウロウロしている。包帯の下は膿んでグチャグチャ」

 とか。

 あとは、

「行方不明って言われてた先輩は、妖怪に襲われて怪我をして休んでただけで、あの男が右腕に刻まれた錬金術の陣から魔法を出してその妖怪をやっつけてくれたのだ」

 とか、

「包帯は封印で、右腕には悪魔が住み着いていて、時々『鎮まれ俺の右腕……!』とかやっているのが目撃された」

 とか………。


「ちょっと待って錬金術師なの魔法使いなの妖怪退治屋なの?」

「いろんなマンガがごちゃ混ぜになってない?」

 休み時間にみんなでそんな話でゲラゲラ笑う。

「最後のやつ何、厨二病とか言うやつ? いまどき?」

「オッサンだからやってることが古いんじゃね」

「ひっどい。そういう事言わないの」

 さやかが非難がましく言うが、結局みんなで吹き出してしまった。


 くだらないただの噂話、と思っていたら、その日の放課後、校門を出て少し行ったところでその厨二病の変質者に遭遇してしまった。噂通り右腕に包帯をぐるぐる巻きにしていた。物陰から、じっとこっちを見ていたらしい、視線を感じて目をやったら、バッチリ目が合ってしまった。

 ヤバッ……と慌てて目を逸らし、変質者から逃げるように早足で進む。


 よりによってひとりの日に。

 さやかは委員会の仕事で遅くなると言うので先に帰ってきたのだ。ああもう、こんなことなら図書室かどこかでさやかを待てばよかった。いや、すぐに学校に引き返せばよかったかな。でももう遅い。もうすぐ大通りだしこのまま……。


 またザワザワと虫の動く気配がする。ちょうど行こうとしている道の先だ。

 一瞬躊躇したが、でも、虫と変質者のどっちが怖いかって言ったら、変質者のほうが圧倒的に怖い、と思う。

 ので、そのまま虫の音の方に行く。


 ザワ。


 ……というか、別に虫って怖くない。


 なんで虫が怖いかわからない。


 ガサガサ。ザワザワ。


 一人で家にいるときでも、虫がガサガサ動いている音で寂しくない。


 ザザザザザザザザザザ……


 そう、だから………………


「待て!!」

 いつの間にか変質者に追い付かれ、肩をグイッと掴まれた。

 ハッとすると同時に、周囲に充満していた虫の音が消える。


「…………えっと………。……あ」

 我に返って、私は息を大きく吸い込んだ。

「いやーーーーーっ!! チカーン!!」

「えっ、ちょっ……」

 私は叫びながら変質者の手を振り払い、猛ダッシュで大通りを駆け抜け駅前の交番に駆け込む。

 変質者は、いつの間にか姿を消していた。


   *   *   *


「えーやばーい、先生に言ったほうがいいよ」

 次の日、学校の廊下で、さやかが心配そうに言う。

 交番で振り返ったらもう変質者は居なかったので、警察官には適当に誤魔化してサッサと家に帰った。

「だって面倒くさくなるの嫌じゃん……」

「そういう問題じゃなくない!?」

「大丈夫大丈夫」

 だって、居るから。いつも。

 虫が。


 変に心配されるのに疲れた私は、さやかから目線を逸らして、廊下の窓から外に、見るともなく目をやった。ここは三階なので、外の植え込みの木の、高い位置の枝がまばらに見える。

「……あんなとこに蜘蛛が巣張ってる」

 変質者の話を続けたくなかった私は、話を逸らそうと、木と木の間に見つけた大きい巣を張っている蜘蛛を指さした。


「えっ蜘蛛!? キモ! どこ?」

「そこの木のトコ。大っきい蜘蛛がいる」

「えーっやだー!」

 と言いながらさやかは私の指先を追って恐る恐る窓に視線をやる。

「え、どこ? わかんない」

「ほら、そこ。手を伸ばしたら届きそう」

 窓を開けようとした私を、さやかが必死で止めた。

「やだやだやめてやめて! 怖い!」

 怖いかなあ? 私は手を止め、キョトンとさやかを見る。さやかは、不安そうな心配そうな顔をして私を見ている。


「ゆう、どうしちゃったの? 虫、大嫌いだったじゃん」


「……?」


 なんのことだろう。

 虫は怖くないよ。


「あと。私には蜘蛛は見えないよ? ……大丈夫?」


 何を言ってるの。

 すぐそこにいるじゃん。


 人の頭ほどの蜘蛛が。

 こっち見て笑ってるよ?


 なんだか嬉しくなって、私は蜘蛛に微笑み返した。


   *   *   *


 虫と歩く。


 たくさんの虫と歩く。


 ザワザワ。ガサガサ。


 ふふふ、楽しい。


 家族なんて、友だちなんて居なくても寂しくないじゃん。


 さやかに蜘蛛を否定されてから、異常に心配そうなその態度に嫌気が差してしまって、あんまり学校に行かなくなった。


 家中、床も壁も天井もびっしり虫に覆われていて、それでも更にプク、プクリと湧き出してくる。嬉しいな。もっともっと生まれておいで。


 私はグッと背伸びをする。

 さて、ずっとここにいてもいいのだけど、たまには外に出ようかな。


「冷蔵庫空っぽになっちゃったし、お買い物がてらお出かけしようか」

 と声を掛けると、虫たちも賛成ー、と言うようにざわめく。


 私が外に出ると、虫もゾロゾロ付いてくる。


 飛ぶやつ、這うやつ。

 小さいのから大きいのまで。

 一番でっかいのは二階建ての家くらいある。どこにいたのお前? 面白くなって笑っちゃう。


 ふふふ。


 行きあう人たちはほとんど気にしないで通り過ぎるが、中にはギョッとして逃げる人もいる。遠くから悲鳴も聞こえる。

 見える人もいるんだな。


 どう? 可愛いでしょう? 私の家族。


 ふふふ。ふふふふ。


 私は楽しくて大通りをずんずん進む。


 虫たちは街路樹をバリバリと食べ、民家の庭木の幹にたかり、その木を枯らす。

 毒のようなものを吐く虫もいて、具合が悪そうにへたり込む人たちが出始めた。


 楽しい。


 大きい子が家を踏み潰しながら進む。

 鋭い鎌のような顎を持つ子が、ギャンギャン吠える犬を喰い殺そうと……


「やめろ!!」

 パンっ! という音とともに、私の虫たちが数匹、消し飛んだ。家を潰してた子も犬を食べようとした子も。


 私は声の方を睨む。


 右腕に包帯を巻いた例の変質者が、こっちを睨み返す。

「何をやっているんだお前!」

「……ばんごはんのお買い物に行くだけだよ。なんで私の家族を殺すの」

「家族……家族なのか? これが? 本当に?」

 だからその痛ましそうな目はやめてほしい。なんでみんな私が不幸かのように見るの。こんなに幸せなのに。


 虫たちは私を守るように私の周りに集まってきた。

 大丈夫だよと、みんなに伝える。

 みんなを守るからね。


 私は胸を張り、虫たちをかばうように前に出る。後ろには、ゾロゾロと虫が従う。


「……まるで百鬼夜行だな……」

「真っ昼間やのに夜行とはこれいかに、ですな。ケケケケッ」

「………っ、まだ待て!」

 男は一人で会話をし、包帯をつけた右腕を左手で押さえ、小さく叫ぶ。


「……おにいさん厨二病? そういうのもう流行らないよ?」

「違っ……!」

 動揺したのか、男が纏っていた硬い空気が揺らぐ。虫たちが、止める間もなくその隙を狙って一斉に男に飛びかかった。

「みんなっ……!」

 心配して上げた声の向こうで、ドチャドチャッ! と湿った衝撃音がする。

 男を取り囲んでいた虫の壁が、ぐずりと崩れる。


 男に襲いかかった虫たちは皆、破片と体液になってアスファルトの道路にバラバラと散乱し、広がっていった。


「…………なんで!! やめてよ!!」

 悲鳴のように叫んだ私の声を掻き消すように、甲高い笑い声があたりに響いた。


「もうええやん、隠れとる意味あらへんやろ、もうぜーんぶいだだきますえ」

「待てって……!」

 また男が一人会話を始めた……と思っていたら、右腕の包帯がしゅるりと解けて、一本の槍のように真っ直ぐに私の顔をめがけて飛んできた。

「わ!」

 ととっさに腕を上げて顔の前で交差させたが、包帯はそこで一瞬止まり。

木綿ゆうとは良い名をもらいましたな。うちも同じ字を書きますえ。一反木綿どす、よろしゅう」

 それだけ囁くと包帯……一反木綿はくるりと向きを変え、私の周りをびゅんびゅんと飛び回った。


 いつの間にか、包帯よりも幅広く、とても長くなっている。

 まるで刃物のような鋭さで、くるりと向きを変えるたび、虫たちが散っていく。


 くるり。

 ビシャッ。


 くるりくるり。

 グチャッ、バキッ、ドシャッ。


 赤や青の体液で道路が染まっていく。


「やめて!!」

 飛び回る一反木綿の前に飛び出して虫たちをかばおうとしても、機敏に向きを変えられ、掴もうと手を伸ばしてもスルスルと逃げられる。


 必死に駆け回ったが、為すすべもなく虫たちは消し飛ばされていった。


「もう……やだ……、やめて…………やめてよう」

 道路にへたり込んだ私を見て、変質者……一反木綿を腕に巻いていた男が、

「もういい加減にしろ、一反木綿」

 と声をかけた。

 その頃にはもう虫はほぼ全滅し、小さい虫たちは逃げ惑って四方八方に散っていた。

 右腕を掲げた男のもとに、一反木綿は飛んで戻り元のように細くなりながらくるくると巻き付く。


「はー満足満足」

「もうちょっとあいつの気持ちに配慮できないのか」

「虫がおる限りメンタルは人に戻りまへんえ」

「そうかも知らんが……」

 ぶつぶつと呑気に会話している。

 心の内側から、沸騰するように強い怒りが湧き上がった。


「返せ! 私の家族を、返せ!!」

 へたり込んだ姿勢から這うように地面に手をつき、叫ぶ。同時に、地面からポコポコと虫が湧き出す。それが一つに集まっていき、歪な、巨大な虫になる。


「ありゃりゃ、さすがですな……」

「まずい……!!」


 ふたりが身構えた時、


「ゆう!!」


 悲鳴のような呼びかけとともに、さやかが飛び出してきた。


「……さやか?」

 とっさに虫を避けさせたところに、さやかは飛び込んできて庇うように私の前に立つ。


「この子に何をしてるんですか!」

 男に向かって怒鳴る。怖いのだろう、体がカタカタと震えているのに気がついた。

「けっ、警察呼びますよ! どど、どっか行ってください!!」


「なるほど、虫が見えへんようなら怪しい男がいたいけな少女を襲ってる図ですな」

 一反木綿が小さく呟くのが聞こえた。

「誤解だ!!」

 男は焦ったように叫ぶ。慌ててポケットから手紙を取り出して掲げて見せる。

「俺はその子の後見人だ! 父親から頼まれてる! 自分が居なくなったあと、色々と、なんというか、守ってやってくれって言われていて。あいつの……」

 男は一度言葉を詰まらせ、一息ついてから静かに話を続けた。

「あいつが弱り始めたときからこのあたりは色々危なくて、何度か様子を見に来てはいたんだが……。

 それで、今ここに来たのはその……なんというか……」

「……もしかして、竜巻かなんかでこの辺が壊れてるっていうニュース見て来たんですか?」

「えっ? ああ、そ……、う、か?」

「え……」

 さやかは不審そうな顔をする。

「いや! 詳細はわからんが様子がおかしくて心配して来たのは間違いない!」

「……そう……ですか」

 まだ警戒しつつも、さやかは少しだけ体の力を抜いた。

「……ゆう、ほんとなの?」

「いや……ええと……後見人が付いてるのは知ってたけど、まだ会ったことなくて……。でも、あの手紙はおとうさんの筆跡っぽい」

「そっか」

 ふう、とさやかは今度こそ全身の力を抜いた。

 それから改めて焦ったように私の前に跪く。

「そうだ、そんなことより怪我はない? さっき校内放送で、このあたりで何箇所か家が倒壊してて、竜巻かもしれないから学校で待機するようにって。ゆうん家の近くだってわかったから慌てて走ってきたんだよ! ゆうが無事でよかった…!!」

 私にガバっと抱きついたと思ったらそのまま声を上げて泣き出す。

「がっ、学校に来なくなっちゃって、ラインに既読つくのに返事こないし、ヒック、既読つくから生きてはいるのかなって思ったけど万一のことあったらどうしようって、家の前まで来てみたりしたけど、でもしつこくしても困るかなって、や、や、役所の人が来てくれてるって言ってたから余計なことしないほうかいいかなって、でも心配で、ウザかったらごめん、ても、でも……」

 そこから先は何を言ってるのかわからない泣き声になっちゃったけど、私もなんか涙が溢れてきて、さやかに抱きついてわんわん泣いた。


 虫は、いつの間にか消えていた。


   *   *   *


 あのあと、私はそのまま気を失ってしまったらしく、気がついたら病院のベッドの上だった。


 もう虫はいない。


 あの男の人はいつの間にか一反木綿と共に姿を消し、今どこにいるのかわからない。


「……後見人って言ってたくせに……」


 退院したあと知ったが、あの事件は竜巻のせいということになっていた。何軒も家が壊れたわりに奇跡的に死者も重傷者も出なかった。ただ、原因不明の体調不良で何人も入院し、私もその一人として扱われた。

 それらの入院費用や、損害があった建物や植物の修復費用など、全部賄えるほどの寄付が善意の誰かからあったようで、なんとか早期に復旧の目処が立ったようだ。

 化け物の話をした人も複数いたが、一時的に面白がられたあとはさらりと忘れられていった。

 多分、そのへん全部あの後見人が関わってるのでは、と思ったが、あれから姿を現さないので確かめようがない。


 私はあれから元通りの生活に戻り、自宅から学校に通っている。

 さやかとその家族から、うちで同居しないかと誘われたが、さすがにそこまで迷惑はかけられない。


 それに、あの後見人が、また来るかもしれないしね。あんな怪しいやつ、自宅じゃなかったら入れられない。


 私は、時々、誰もいないときを狙って学校の屋上から空に向かって叫ぶ。


「一反木綿ー! ありがとうー! また遊びに来てねー!」


 まあ、届いてないと思うけど、大声はストレス解消になるし。


「あれ、ゆう、屋上でなにしてたの?」

 屋上への階段の下でさやかと出会う。

「なんでもない、深呼吸してきただけ!」

「なるほど……?」


 そのままふたり連れ立って教室へ向かう。秋の気配が含まれた風が、細く開けられた窓からそっと流れ込んできた。


「……………一反木綿かよ……」

「あんさん名乗りまへんでしたからな」


 風に乗って、どこかから、そんなつぶやきと甲高い笑い声が聞こえてきた気がして、窓の外を振り返ったけど、葉の色を変え始めた校庭の木が、枝をゆらゆらと揺らしているだけだった。



 終わり

 エセ関西弁は作者の不勉強によるものですが、一応設定として、一反木綿は平安時代の京都から九州、大阪、北陸、関東、東北など、全国津々浦々飛び回って良いことから悪いことまでしています。

 と言うことで混ぜ混ぜエセ方言は一反木綿語だと思っていただけると嬉しいです。


 いつか本編の伝奇ファンタジーもお目にかけられたらいいな。


 いいね、ご評価、ご感想もお待ちしております。

 頑張ります!!


 ご訪問ありがとうございました!

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