お母さんの背中じゃ低すぎるんだ
夕方が嘘だったみたいに君が穏やかな顔をしているのが私は嬉しい。
カーペットの裏も、戸棚の中も、浴槽の底も覗いた君を見た。
昼間にもきっと思いつく限りのあらゆるところを探したのだろう。その度に涙を滲ませ、夜を待ちわびたのだろう。
「お父さん、お月さまとって」が君の口癖だった。
毎夜の散歩の砂利道で、広い背に揺られ、天を指差し、甘えた声でねだっていた。
父親は苦笑いで「いつか」と答え、君が「いつかっていつ」と尋ねれば「いつだろうね」と言葉を濁した。
その「いつか」は昨日であった。
白い服を来た父親が白い煙になって青空へ登り、そうして夜には自分のためにガラスの浮き玉みたいに縛られた月を持ち帰る。
そっと紐を解けば、少しひんやりした温度の月が手のひらで不思議に輝く。
滑らかな手触りがくすぐったくて、あわや落としてしまうかといったタイミングで父親が手を差し伸べる。
そういう風に君は考えていた。
夜になっても帰ってこない父親を探し、見つからず、父親の手にあるはずの月が図々しく夜空に浮かんだままなのをきつく睨んだ。
「どうしちゃったのかしら。『月になりたい』だなんて」
母親はベッドから半分以上落ちかけた毛布を君に掛け直す。
そうして私がちょっと瞬きをした隙に開け放されていた窓を閉め、カーテンも引いてしまった。
月なんて淋しいものだ。
煙は私のところまでは登ってこれない。人は私を取り巻く星になれない。
カーテンに隠された君の寝顔を、私は見ることすら適わない。
月になりたいなど、言うものではない。
久々に以前使っていた携帯の電源を点けたところ、発見。
数年前に学校の授業で書きました。