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ワンピースをあげる!

作者: ゆっか

同性から見ても本当に楽しそうに生きている人って見てて気持ちが良いです。

目が回るような人だな。

休憩時間、矢継ぎ早に繰り出されていく敦子の言葉に、うんうん、そうだね、と相槌を打ちつつそう思った。

敦子は明るい。

いつもころころとした気持ちの良い笑い声を、たっぷりとした胸の奥から響かせ、えくぼが出たり引っ込んだりする愛嬌たっぷりの笑顔を誰彼の区別なしに余すところなく注ぐのだ。

そして、実用的に親切。

と、言うのも、敦子の趣味は料理で、作りすぎてしまった品を上手に包んで、近所の人はもちろん、職場の後輩である私にまで配ってくれるのだ。

またそれが美味しいい。

ありがたい人と知り合ったものだ。

この手料理のためならば。

もともと私にはあまり関心なく、少々持て余し気味の敦子の洋服に関する独創的な好みの話も、この趣味こそがあの旨味を引き出す原点なのかもしれない、と、気を引き締めて拝聴することが出来るのだ。

敦子は胸元を引き立たせることがとても上手だ。

それは、ちょっと変わったブローチだったり、小さめのコサージュだったり、ドキッとするほど大きく開いた襟ぐりだったりする。

ペンダントはあまりしないようだ。

あの胸元には小さすぎると判断したのかもしれない。

華やかで、踊るような軽い生命力に満ちている。

小鳥のようとは言い難いが、高く弾む毬のようだ。

ある種の男の人にとっては、まるで太陽のように自然な母性、とまぶしい存在に映るかもしれない。

ただ、時折迸るような思いが先走るのか、仕事の上で結構なミスをする。

敦子がもう済ませた、と思い込んでいた伝票整理や、エクセルの書類づくりが時折中途半端なままであったりする。

上書き保存や更新をしていなかったりすることも稀にある。

しかし、彼女の明るさに救われている職場だ。

そうそうきつく叱責はできない。

「なぜ、フォローしなかった!」

と上の人の怒りの矛先は自然私に向く。

理不尽だ、とは思うのだが、持ちつ持たれつがこの世の習い。

私が敦子から得るものは手料理だけではなかった。

この度のミスではワンピースまでくれることになったのだ。


新しい服。

しかもワンピースである。

まあ敦子独特の趣味に走っているものかもしれないが、もしかすると、あのドキッとするように大きく襟ぐりの開いている奴かもしれないが、お古かもしれないとはいえ、古着の流行っている今、ワンピースが一着増えるということは、この地味そのものの私でも自然と夢心地の気分になってしまう。

今までとは毛色の違ったワンピースを着たら、もしかすると、自分でも知らなかった魅力が引き出されて、誰か殿方と素敵なデートができるかもしれない。

ああそうしたら、人生はもしかすると急展開を遂げて、海辺に別荘があったり、海外リゾートに避暑に行ったり、ことによると、その彼が冒険が好きだったとしたら、一緒にアフリカかアマゾンかインドへ写真撮影の旅に出る運命が待っているのかもしれない。

飢えたように妄想が膨らむのである。

人間、先は分からない。

分かるのは、生きていれば、年々年を取っていくという事実だけ。

ワンピース。

ただうっとりするだけのものではない。

未来を決する重要なアイテムなのである。


「よくよく考えたんだけど・・」

敦子はいつもの早口ではなかった。

遠慮がちに私に告げる。

淡いオレンジ色の壁紙の敦子の部屋で、大きな姿見を前に、差し出される大量のワンピースを一着一着、とっかえひっかえにしていた時だ。

「なんというか。上半身のサイズがあまり合わないのよね。ちょっとこう背筋を伸ばしてくれる?そう。そんな感じに胸を張って」

私は精一杯頑張って見せる。

「うーん」

敦子の口ぶりはやはりはかばかしくない。

首元がレースの襟で絞られた紫のシャツワンピースが差し出された。

「これを。ベルトで締めようか」

なんだか、いつも私が来ている服の感じに限りなく近くなった。

「うん。しっくりくる。これでどこへでも胸を張っていけるわよ!」

敦子はご機嫌だ。

また一つ善い行いをしたという感触があるのだろう。

わたしとしては変身願望が今一つ満たされなかったフラストレーションがあるような気がするのだが、敦子がそういうんだったら、まあこれも私の運命を変える一着の可能性がないわけではないと、なんとなく納得させられてしまった。

懸案事項が片付いた、といった面持ちの敦子は、せいせいした様子で、これも手作りなの、と大きな百合の花のブローチを引き出しから取り出した。

おまけよ、と紫のワンピースを着た私の胸につけようとしたが、ふとその手を止めて右肩につけた。


(了)


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