第九話 二人の良き理解者
シトリア視点
教室を出て馬車へと向かいながら、アレクとお弁当の話をする。おかずは何にしようか、デザートはいるか、など色々と話題はあるが、そのどれもがメロディの好きなものに偏ってしまう。
メロディは小さい頃からの友人で、幼馴染で、親友。
絵本を読むことが好きで運動があまり得意じゃない私と、活発な彼女ではあまり遊び相手にならないのでは、という母達の心配をよそに、私達はお互いのペースを尊重しながら遊ぶことができた。
追いかけっこの後は花冠を作って、絵本を読んだ後はかくれんぼをして……
彼女が私に合わせてくれたところが大きいだろうが、すぐに私達はお互いになくてはならない存在となっていた。
それにメロディは、家族と我が家で働いてくれている人達以外で、初めてアレクを紹介し、受け入れてくれた人だ。
アレクが初めて名前を呼んだ友人でもある。
二人が仲良くなったことに、涙ながらに喜んだのが懐かしいな、と思っていれば、アレクがそういえば、と話を切り出した。
「その日は殿下も来るんじゃないか?」
殿下とは、先程メロディが待っていた人物。この国の第二王子……フォルテスト・ノーブルスッド第二王子殿下。
なんと、メロディの婚約者。
メロディはとっても可愛くて、小さい頃から色々な家のご令息に、僕の婚約者になってください、と告白されることが多かった。
ピンクブロンドの緩いウェーブのかかった髪に、蜂蜜色の瞳。小さなお顔に、小ぶりな唇が赤く色づき、お花の妖精かと思うくらい可愛い。
彼女の生まれたグラニエ侯爵家の領地は、国内でも有数な果物産地を管理している。その味も品質も王家のお墨付きで、王家にも提供されているほどのものだ。
家柄も良く、彼女の見目に惹き寄せられるように近付いてくる人に関しては、基本的に縁談はお断りをさせていただいていたそう。
そのメロディがなぜ、フォルテスト殿下の婚約者に選ばれたかと言えば、私達が十二歳の時、フォルテスト殿下と同年代の子息令嬢が集められ、お茶会が開かれることになったことがきっかけである。
殿下は私達より一つ歳上で、メロディも私もご招待いただいたため、出席させていただいた。
アレクも従者として一緒に登城したが、私の叔父である王家騎士団の副団長への顔合わせも兼ねて、騎士団での訓練に参加させてもらうことになった。
アレクの師匠であるマクシムが、元騎士団所属であり叔父とも旧知の仲だったことで実現したことだった。
正直、私はアレクが怪我をしないか心配で、お茶会どころではなかった。
お茶会の間もメロディが励ましてくれてどうにか過ごせたくらいで、彼女に申し訳なく思っていたが、どうやらフォルテスト殿下は最初の挨拶をしてからすぐに場を離れたため、普通のお茶会とあまり大差なかったらしい。
メロディとしてはあまり声をかけられたくなかったからちょうど良かったと笑い、お茶会が終わったらすぐに私達は騎士団の訓練場まで向かった。
そこで、アレクと手合わせをしていたのがまさかのフォルテスト殿下だった。
王家に受け継がれる輝く金色の髪に、王国の太陽と呼ばれるその燃えるように赤い瞳で、彼は笑いながら剣を振っていた。
対するアレクも、殿下の剣を受けながら楽しそうにしていて、私は心配とともに、殿下もアレクを受け入れてくれていると嬉しさが込み上げてきていた。
二人の周りには騎士団の人達も多く集まり、声をかけながら二人を応援している。
ふいに殿下が一歩下がった瞬間、アレクがぐっと踏み込んでその勢いのまま殿下の剣を弾き飛ばした。
練習用の剣のため切れることはないが、放物線を描いた剣が運悪く私達の方へと飛んできた。
私もメロディもお互いを守るように抱きしめ合って身を縮こまらせることしか出来なかった。
その剣の軌道を追ってアレクが即座に駆けてきて、剣が当たることは彼によって防がれ、アレク以外にも周りにいた騎士団の人達が庇ってくれようとしていたのは、目を開いてから知った。
顔を上げた私とメロディはお互いの無事を確認した後、はしたなくも興奮したままアレクを褒め称えた。
途中でメロディを危険に晒したことにハッとなり、私とアレクが謝ると彼女は怪我もしてないのだから気にすることはないと笑ってくれた。
メロディは剣の手合わせを間近で見たのは初めてで、アレクに、すごかった、アレクはとても強いのね、と拍手までしていた。
そのメロディの姿に惚れ込んだのがフォルテスト殿下だ。
アレクを褒める私達の元へとやってきて、私達が慌てて挨拶の礼を、と思ったところ、殿下はメロディの両手を握って彼女へと熱心に語りかけた。
殿下曰く、普通の令嬢ならばこんなことになれば怒るだろうに、それを何ともないといった風に笑い、剣を飛ばした本人を褒めちぎり、称賛までしている。
しかも相手は平民だと聞いているのに、全く偏見もなく、純粋に相手を評価できる正当な心の持ち主だとメロディを絶賛した。
「俺の婚約者になってくれ。君以外、考えられない!」
と宣言され、私も周りも唖然。
メロディは何度も目を瞬かせ、顔を真っ赤にして、最終的には小さく頷いた。彼女からすれば、容姿を褒められることは多かったが、そうでない部分を見てもらえたことが嬉しかったのだそう。
その時から、私達は四人での関係が続いている。
「殿下が来られるなら、殿下の食べたいものも聞いておかないとね」
フォルテスト殿下は、自身の兄である王太子殿下を尊敬しているため、自分は騎士として国を支えるのだと小さい頃から剣の稽古を始めたそうだ。
今ではアレクの良き稽古相手であり、恐れ多くも良き理解者でもある。
アレクの剣の腕前を国内トップクラスだと言ったのも殿下だった。騎士団に入らないのを残念がっていたけど、アレクから私とのなれそめを聞いて、それならば有事の時によろしく頼むと納得いただけたそうだ。
「どうせ肉って言うと思うけど……」
小さく呟くアレクに、私は苦笑する。
「どうせ、なんて言わないのよ」
「前にメロディから野菜も食べろと叱られたって言ってた」
そんな気安い話もするのかと、アレクと殿下の関係性を微笑ましく思う。
それに、メロディと殿下の仲も相変わらず良好のようだ。
殿下の婚約者に決まってから、王子妃教育を受けているメロディは忙しそうではあるが、弱音を吐かない。私もアレクも全力で応援し、何でも言ってと言っているが、持ち前の明るさで乗り越えようと頑張っている。
フォルテスト殿下もそれを分かっていて、今日のように出来るだけメロディとの時間を作るように努められ、彼女を大切にしているのが伝わってくる。
私にアレクが必要なように、メロディにもフォルテスト殿下は必要なお方だ。
二人が少しでも気が休まる場所を作れるなら、お弁当なんていくらでも作るわよ、と気合を入れると、アレクからは
「張り切りすぎて早起きして、無理しないように」
なんて言われてしまった。