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第八話 侯爵令嬢の親友と同志と待ち人

メロディ・グラニエ侯爵令嬢視点

 

「おかえり、二人とも。ごめんね、私の分まで借りてきてもらっちゃって」

 

 ありがとう、と図書室から帰ってきた親友とその従者に、謝罪と感謝の言葉を伝える。

 

「気にしなくていいのよ。メロディの分はこれね」

 

 渡された本を受け取って、鞄へとしまう。

 どうやら図書室への往復の間に、二人に……いや、特にリアにとって何か良いことがあったようだ。

 

「リア、何か良いことがあった? 何か楽しそう」

 

 私の質問に、どこかそわそわとしていた彼女は満面の笑みですぐに答えを返してくれた。

 

「そうなの! 以前、髪飾りを作ってもらったクララック商会のミシェル子爵令嬢様とお会いできて、友人になってもらっちゃったわ」 

 

 うふふ、と本当に嬉しそうに手を口元に当てて笑うものだから、私もつられて笑ってしまう。

 

「同級生だったわよね? どんな方だったの?」

 

 その髪飾りのことはよく覚えている。

 リアだけでなく、アレクまですごく嬉しそうにしていたから、よほど理想的な色合いになったのだと思って実物を見てみたら二人の色彩そのものだったのだ。

 それから毎日、アレクの髪紐はリアの瞳の色をしている。

 

「とても素敵な方だったわ。ねぇ、アレク」

「リアが可愛かったから見惚れていたな」

 

 この男は話す度にリアを褒めないと気がすまないらしい。

 リアと私、メロディ・グラニエは幼馴染で、リアの従者のアレクとも小さい頃から知っている。

 私は侯爵家の出身だけれど、アレクとはお互いに呼び捨てにしているし、言葉遣いも気にしていない。他の人の前ではアレクもきちんと私を貴族令嬢として対応するからそれで良いと思っている。

 だからアレクも気兼ねなくリアへの惚気を私へと話すのだろう。毎回なのに照れているリアが可愛いので私も止めはしない。

 

「いいわね。今度、私にも紹介して」

「もちろん! きっとメロディもすぐに仲良くなると思うわ。また会えたら中庭で昼食をお誘いしてみようかしら? お弁当を作っていくから、皆で食べるのなんてどうかしら?」

「わぁ、嬉しい! それ大賛成!」

 

 その提案は願ってもないことだ。何せ、リアとアレクの料理の腕前は侯爵家のシェフ直伝で、とても美味しいものを作ってくれる。

 喜んでいる私の正面、リアの隣では若干の不機嫌なオーラを醸し出すアレクがいた。

 

「アレクは何が食べたい?」

「早起きしすぎなくても作れるものなら、何でもいいよ。最近眠いから、あんまり朝は早く起きたくない」

「アレクも手伝ってくれるの?」

「うん。そうしないと、リアが張り切りすぎるだろ」

「じゃあ、それまでに何を作るか考えないとね」

 

 うん、と返事をして、リアの手を握る姿は子供のようだ。自分以外にリアの時間を取られるのが嫌なのだろう。リアはそれを母親のような優しい顔つきでアレクの手を握り返している。

 本当に、この二人はずっと変わらない。

 

 私とリアが初めて出会ったのは、お互いに記憶にないほど小さな頃だった。母親同士が仲が良く領地も近くだったため、幼い時からお互いの邸を行き来し、遊び相手として過ごしてきた。所謂、幼馴染である。

 

 リアは小さな時から賢くて優しく、どんな子よりもリアと遊ぶことが楽しくて私は好きだった。得意なことは全然違うのだけど、なぜか波長が合った。それはリアもそうだったように、私たちはお互いを親友だと認めていた。

 

 そんなある日……あれは七歳の時だった。

 私はいつものようにリアの邸を訪れて遊ぼうと声をかけようとした時、初めて見る少年がリアとともに、その手を握って立っていた。

 

「……こんにちは。初めてまして。メロディよ」

「…………」

「ごめんね、メロディ。この子はアレクヴェールというの。私の従者としてここに住むことになったから、仲良くしてほしいわ」

 

 挨拶も出来なければ、主人の手を握って、その後ろに隠れるようにしているなど従者としては失格だろう。

 ただ、縋るようにリアにくっついている様子と、それを少しも困っていないリアの様子が面白いと思ってしまった。

 

「アレクヴェールね。私はリアが大好きだから、これからもリアと一緒にいるわ。あなたもリアと一緒にいたいと思っているのなら、長い付き合いになるのだし、自分の名前ぐらいは自分で言いなさい」

 

 挑発的な物言いに、ムッとした顔をするアレクヴェール。

 しかしすぐに彼は応戦してきた。

 

「……アレクヴェールだ」

「アレクッ……!」

 

 彼が自己紹介したことに感動するように、リアの目は一瞬で涙ぐむ。うん、これならすぐに仲良くなれるだろう。

 

「よろしく、アレク。私はメロディ・グラニエ。リアの幼馴染なの。リアが大好きな者同士、仲良くしましょうね」

 

 小さく頷いたアレクに、やっぱりリアは泣きそうになっていた。

 

 聞けば、数日前に出掛け先で野犬に襲われそうになったリアを助けてくれたのがアレクだったそうだ。

 家もなく家族もいないというアレクをファルマージャン家に連れ帰り、リアの従者として暮らすことになったのだという。

 

 しかしここで問題が発生。

 

 アレクは人からもらった物が食べられないことが判明。これは以前に、彼が善良そうな大人からもらった物を食べた際に腹痛に苦しめられたことと、その様子を見ながらその大人が笑っていたことで、他人からもらったものは信用できなくなったのだそう。

 

 そこでリアがどうしたのかというと。

 彼女自らが厨房に立ち、シェフに教わりながらアレクのご飯を作ることにしたそうだ。

 

 もちろんリアも同じものを食べる。だから最近はサンドイッチばかりだとリアは笑っていたが、アレクは申し訳無さそうに俯いていた。

 申し訳ないと思うのであれば、きっとその内に食べられるようになるだろう。しかし、少しでも早く改善出来るようにするならば……

 

「アレクも一緒に作ればいいのよ。二人で作ればその分早く終わるのだし。リアもアレクの作ったものを食べてみたくないの?」

「食べてみたいわ!」

 

 その日から、本当にアレクも一緒に作ることになったのだと、リアの母であるリゼット様から聞いた時は思わず笑ってしまった。

 よほどリアの役に立てるのが嬉しいのだろう。アレクはめきめきとその腕前を上げていった。

 

 それから次第にアレクの警戒心も薄れて三人で会うのも十回を超える頃には、ファルマージャン家の人々と同じようにシェフが作ったものを食べ、私がおみやげに持っていったお菓子を躊躇なく口にするようになった。

 

 そしてもう一つ、大きく変わったことといえば。

 ずっとリアにくっついて私達の話を聞いているか、小さな返事くらいしかしてこなかったアレク。

 それが徐々にリアの後ろから隣になり、返答もしっかりして、会話が繋がるようになり、アレクが従者らしくお茶の用意をしてくれるようになってきた頃。

 

「メロディは砂糖の追加はどうする?」

 

と、初めて私の名前を呼んだ。

 驚く私に不思議そうな顔をしたアレクが、次の瞬間には見るからに取り乱していた。 

 リアが号泣していたのだ。

 

「……ふ、ふたり、が、仲良く……なって、嬉しい……」

 

 ぐすんぐすん泣くリアとオロオロするアレクを見て、

 

「こういう時は、ハンカチの一つでも渡すのよ」

 

と教えたところ、アレクがハンカチを常備するようになったのだと、後日リゼット様から聞いた。

 やっぱり私は笑ってしまった。

 

 私とリアが幼馴染で親友ならば、私とアレクはいわば同志だ。

 リアを中心に繋がった縁で、お互いに彼女になくてはならない存在だと理解している。

 だから受け入れたし、大事にも出来る。

 

「メロディも希望があれば教えてね!」

「ええ、思いついたら早めに言うわね」

 

 楽しみね、とまだ例の彼女を誘ってすらいないけれどはしゃいでいるリアが可愛い。またそれを見つめるアレクも幸せそうだ。

 

「さてと……リアもアレクも、こんな時間まで付き合わちゃってごめんね。さすがにそろそろ来ると思うから先に……」

 

と、言い終える前に、教室のドアが私の待ち人によって開かれる。

 

「メロディ、待たせてすまない! と……あぁ、シトリアとアレクがいてくれたのか。二人もすまなかったな、遅くなった」

 

 息を切らせた様子に、急いできてくれたのだと分かり、ほんのりと嬉しさが込み上げる。

 

「予定もなかったですし、私がメロディを一人にしておくはずがありませんわ」

「そうだな、ありがとう。また頼む」

「いつでも喜んで承ります」

 

 それでは、お先に失礼いたしますね、と礼をして、私には手を振ってリアとアレクは教室を去った。

 残されたのは私と、遅れてやってきたもうお一方。

 

「何だ、やけに皆楽しそうだったな」

「分かります?」

 

 私の鞄をさらっと持った相手から差し出された手に自分のそれを重ねる。

 

「リアが新しい友人を連れてきてくれるそうですよ」

「そうか。日は決まっているのか?」

「まだですね。近いうちにはなると思います。昼食を誘ってお弁当を作るんだと張り切っておりましたから」

「お、それはいいな。是非俺も呼んでくれ」

 

 このお方もまた、リアとアレクの手料理を楽しみにしているお仲間だ。

 

「希望があればお伝えしておきますよ」

「肉」

「言うと思いました」

 

 くすりと私が笑うと、満足そうに頷く相手を見やる。私が自分を理解しているということが嬉しいらしい。

 そういえば新しい友人は子爵家のご令嬢ということだけど……この人を前にすると緊張するでしょうね。

 まぁ、どうにかはなるかしら。

 

「そういえば、最近アレクと手合わせをしていないからか、体がなまってしかたがない。その日の授業後にでも相手をしてもらおう」

 

 それはまた賑やかな一日になりそうだ。

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