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第六話 子爵令嬢の憧れ

ミシェル・クララック子爵令嬢視点


 図書室へと向かう途中、廊下の端に見覚えのある二人の姿があった。

 

 シトリア様とアレクヴェールだ。

 

 学園内でも有名なお二人だが、その凄さは見た目の美しさだけではない。

 シトリア様の生家は、建国当初から薬学の分野で国を牽引されている名家のファルマージャン侯爵家。薬学の知識はもちろん、シトリア様はその他の勉学に関しても学年で敵なしで常に試験も満点の才女だ。同じ女性ながら、嫉妬もおきないほどの完璧さに感嘆するほど。

 

 そしてその隣に並び立つのは、従者のアレクヴェール。

 さらりとした肩より少し長い茶色い髪は、シトリア様の瞳の色と同じ髪紐で結われている。彼の特徴はその青緑の瞳だろう。シトリア様の赤紫とアレクヴェールの青緑は、まるで宝石のアレキサンドライトのように対となっている。

 

 そんなアレクヴェールは平民でありながら貴族が通う学園でも成績は優秀者に入る方だった。おまけに剣の腕は周りとは一線を画し、国内でもトップクラス。こちらも向かうところ敵なし。

 

 見た目も中身も完璧すぎるお二人は、密かにファンクラブまであるという噂まで聞いたことがある。

 

 シトリア様は誰にだって優しいが、アレクヴェールはシトリア様とそのご友人方としか話しているところを見たことがない。

 そのため、女子学生は早々にアレクヴェールを諦める。

 

 しかし、シトリア様に優しくしていただいたという男子学生は、彼女に憧れ抱いている者が少なからずはいるようだ。

 アレクヴェールはほぼ婚約者のようなものだが、まだ恋人らしく、彼が平民ということで望みを捨てきれないのだろう。

 

 噂ではシトリア様に関わる重要な人の許可が降りず、まだ恋人なんだとか。重要な人って誰だろうと思うけど噂でしか聞いたことがないから知りようもない。

 

 まぁ、子爵家出身の私なんかじゃ到底お話も出来ないお二人だろうなと諦めてはいる。

 それに、子爵家といってもうちは元々商会をしていて、祖父の代に爵位を買ったため伝統ある貴族のお家の方々からはあまり好意的にとられていない。

 

 面倒くさいなと思うけど、それが貴族社会だ。

 そんな中、平民で自身の従者であるアレクヴェールを堂々と恋人と宣言されているシトリア様のことを、実はこっそりと憧れというか、勝手に応援をしている。

 

 そして何を隠そう。アレクヴェールのつけている髪紐は、我がクララック商会で購入いただいた品だった。

 毎日つけているから、きっと本人もシトリア様も気に入ってくださっているのだろう、とかってに思っている。

 

 今日もお二人はお綺麗だな、なんて考えながら歩いていたからだろうか。距離が近付きつつあったシトリア様と、ばちりと音がするほど目が合ってしまった。

 

 じろじろと見るのは流石に失礼にあたる。

 そしてシトリア様の隣のお方の視線が突き刺さるようで、これは謝らなければと緊張したところ。

 シトリア様は私と目を合わせたままニコリと美しすぎる笑みを向けてくださった。

 

 美女に微笑まれると思考も身体も止まるらしい。その場でピシャリと固まった私に、一歩ずつ近付くお二人。

 目の前に立たれたシトリア様が、微笑みを携えたまま、口を開かれる。

 

「間違えていたら申し訳ありません。ミシェル・クララック子爵令嬢様でお間違えなかったでしょうか?」

「はい! 間違いありません!」

 

 はしたなくも声がひっくり返る。だってしょうがない。どこを見てもキラキラしてて眩しいお二人を前に、ただのしがない子爵家出の私が平常心を保てるはずがない。

 

「私はシトリア・ファルマージャンと申します。こちらは従者のアレクヴェールです。以前、お父様のクララック子爵様からご紹介いただいた商会で髪飾りを購入いたしました。とても丁寧な対応で、届いた品も素晴らしいものでしたわ。是非、子爵様にお礼をお伝えください」

「とんでもございません! こちらこそ、ありがとうございます!」

 

 私が頭を下げると、頭上からふふっ、と小さく笑う声が聞こえた。

 

「頭を上げてください。同級生なんですもの。もっと気さくにお話しましょう?」

 

 その言葉に顔を上げたら。

 何ということでしょう。

 目の前に女神様がいらっしゃる。

 

「あなたがよろしければ、今後、私と仲良くしてくださらないかしら?」

「な……仲良く?」

「ダメかしら?」

 

 こてんと首を傾げた姿は破壊的にかわいい。

 願ってもない申し出にちらりと隣のアレクヴェールを見ると、彼の目線はシトリア様にしか向いていなかった。

 

「あの、私の方こそ、お願いしたいです。私……あまり、友人がいなくて……」

「あら、そうでしたのね。それでは私の友人にも紹介しましょう。皆様、素敵な方々ばかりだから、きっと仲良くなれるわ」

 

 そう言いながら両手で私の右手を包み込む。何とも柔らかいその感触にドキリとしてしまうのはもう許してください、アレクヴェールさん。

 さっきから、シトリア様が話して動く度、彼女の隣から発せられる圧が増しているのは私の気のせいかな……

 私に笑顔を向けているからといって、八つ当たりしてくるのはやめてほしいけど。

 

「今つけているアレクの髪紐もね、あなたの商会から買ったの。私の瞳の色なのだけれど、赤や紫はよくあっても、この混じったような色はなかなかないでしょう? 私もアレクの瞳の色と同じ髪飾りを一緒に買うことが出来て、すごく感謝しているわ」

 

 頬を赤らめて話す姿は恋する乙女以外の何者でもなく。

 握られた手の温かさはプライスレス。

 

「デザインもこちらの希望をすんなりと叶えてくださって。あんなに早くて質の良い品を提供出来るなんて、日頃から子爵様方がしっかりと商会の方々と向き合って取り組まれている証拠だと家族とも話をしていたの」

 

 ご家族の方まで……ファルマージャン家の方々にそう言っていただけるなら、もう爵位をお金で買ったとか言われても、何にも気にならない。

 

「あなたのことも子爵様から伺っていたから、以前から気になっていて……こうしてお話出来る機会がなかなか無かったから、すごく嬉しいわ」

「わ、私こそ……至極光栄にございます」

「もう、そんなに固くならないで」

 

 困ったようにそう言われても、あまりの美人に緊張はとけない。

 すると、これまで黙っていたアレクヴェールが、冷静な声で一言告げた。

 

「リアが手を繋いでいるからじゃないか?」

 

 その言葉に、シトリア様が私からパッと手を離す。あぁぁ……折角お近づきになれていたのに!

 

「そうだったのね。ごめんなさい。つい嬉しくてはしゃいでしまったわ」

「私も嬉しいです!」

 

 くそぅ……アレクヴェールめ……邪魔してきて!

 そして何しれっとシトリア様の手を自分が握っているのよ! あたかもエスコートしますって見せかけてるけど、どう見てもエスコートするにしてはがっちり握りすぎよ!

 

「シトリア様、不束者ですが、どうぞよろしくお願いいたします」

「こちらこそ、仲良くしてくださいませ。アレクのことは敬称なくそのままお呼びください。それに私へも爵位など気にせず、ミシェル様からも声をかけてくださると嬉しいわ。私も見かけたら声をかけますね」

「はい! 喜んで!」

 

 それじゃあ、と手を振ってくれるシトリア様を見送ってその場は別れた。

 廊下を進むがまだふわふわした心地で、先程までの時間が夢のようだ。

 

「……あいてっ」

 

 行き止まりの壁にぶつかり、ここは現実だと思い知った。

 

 図書室で本を借りて帰る途中、ふと窓の外に目をやると、シトリア様とアレクヴェールが学園にある馬車の待合所の方角に仲良く歩いている後ろ姿を目撃した。

 

 アレクヴェールへと顔を上げ、何かを話しながら可笑しそうに笑う横顔のシトリア様。そのシトリア様を、それはそれは愛おしいです、大切です、という眼差しで微笑みながら頷き、時折何かを話すアレクヴェール。

 

「すごい人達と友人になっちゃった……」

 

 誰に告げるでもなく溢れた言葉は、夕方の風にさらわれていった。

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