第二十話 元侯爵令嬢の侍医と王家騎士団の副団長補佐は、お互いへの愛が止まらないようです
シトリア視点
最終話です
「リア、迎えに来たよ」
その声に振り向けば、最愛の旦那様が戸口に立っていた。
「ごめんなさい、片付けに時間がかかってしまって」
急ぎ手元の書類を片付けながら謝れば、
「ゆっくりでいいよ。俺はリアを見てるだけで楽しいから」
と、本当に苦のない様子で言ってくれる。
ありがとう、とお礼を言いながら片付けを進めれば、いつも片付けなどの手伝いをしてくれているランスロから声がかかる。
「この書類はフォルテスト殿下に提出する分ですよね? 俺、この後に殿下のところにも行くのでお預かりしますよ」
にこにこと人好きのする笑顔が可愛らしい。本人が、雑用はお任せくださいと宣言してくれていることもあり、書類の受け渡しなどはお願いすることも多かった。
「面倒をかけてごめんなさいね。お願いしてもいいかしら?」
「もちろんです! 俺にお任せを!」
私から書類を受け取って、どんと胸を叩く姿にお礼を言う。
意気揚々と出ていく彼は、扉の近くの壁にもたれていたアレクとは嬉しそうに話をしていた。二人は兄弟のように仲が良く、微笑ましい関係だと思う。
ランスロはアレクのことを尊敬していると公言していて、妻である私には特に親切にしてくれている。アレクもランスロのことは特に目にかけていて、休みの日などにランスロを家へと招待することもあった。
私にとってもかわいい弟のようで、姿を見かけるとつい口元が緩んでしまうが、アレクと話を終えたランスロが私へと元気に手を振ってきたので、思わず笑いながら手を振返した。
私達のやりとりを見るアレクの眼差しがとても穏やかで、ささやかな幸せを感じる毎日だ。
辺境伯領での山賊討伐作戦の早期成功により、アレクはその成果を認められ、この国で初めて騎士爵を賜ることとなった。
陛下からの労いのお言葉と、騎士爵授与のお話を受け、次にアレクが取った行動は副団長の叔父様に私達の婚約を認めさせることだった。
陛下の御前で叔父様も否を押し通せず、泣きながらも承諾してくださった。会場にいらっしゃった騎士団の方々からは私達への祝福と、叔父様へのからかいの声が大きくて、フォルテスト殿下の
「無礼講だ!」
の一声に、笑い声の溢れた会場となった。
そしてその後も、私とアレクは学園に通った。アレクは騎士団への入団を何度も誘われてはいたけれど、卒業までは絶対に入団しないとして、頑として首を縦には振らなかった。
そして学園を卒業後、すぐに結婚した私とアレクは、それぞれ王城に務めることとなった。
私は侍医として、アレクは王家騎士団の副団長補佐として。
アレクの入団してすぐの昇格は、特例扱いされている。在学中も何だかんだと騎士団に駆り出されては成果を上げてきたために、入団後に新米騎士として扱うのはやめてほしいと、同期入団となる騎士達からの声も大きかったそうだ。
副団長だった叔父様も、もういい加減に腰を落ち着けろという陛下のお言葉によって団長となり、副団長にはフォルテスト殿下が選出された。この二人だったからこそ、アレクも副団長補佐になれたのだと思う。
私とアレクは、今はファルマージャンの領地を離れ、王都に家を借りて二人で暮らしている。
元々料理はお互いにでき、掃除や洗濯などの家事もアレクが器用にこなすために、私はアレクから色々なことを教わりながら生活を始めた。
二人で、と言いながらも、王都に買い物に来たついでと言ってジャックが食材などを買ってきてくれたり、騎士団の稽古の帰りにマクシムが家の手伝いをしてくれたり。侍女のナタリーは、アレクが夜勤に出なければならない日は必ず泊まりに来てくれたりと、ちゃんと自立出来ているかはあやしいのだけど。
「リア様は侯爵家のお嬢様なんですよ? 普通、輿入れの時は侍女の一人や二人は連れて行くもんなんだから、気にしない気にしない。それに、この時間を取り上げられたらマクシムさんとナタリーさんは泣きますね。あと旦那様と奥様も、俺達の報告を心待ちにしてますから。俺は来るなと完全に拒否されるまでは気ままに来ますけど」
とジャックが夕飯を一緒にした時に言っていて笑ってしまった。
大人になったつもりでも、まだまだ私達は手のかかる子供なのだろう。
ジャックにありがとうと言うと、皆さんにもお伝えしておきますね、と言ってくれた。
そして私達と同じく、メロディも卒業後にフォルテスト殿下と結婚した。合同結婚式にするか? という殿下からの提案をアレクが丁重にお断りして、私もメロディもそのやりとりが微笑ましくて笑ったのは良い思い出。
そんなメロディは既に一児の母である。フォルテスト殿下にそっくりなかわいい男の子を出産し、初めて抱っこさせてもらった日は感動しすぎて泣いてしまった。
フォルテスト殿下は臣籍降下して公爵になることが決まっているが、殿下は王国の太陽と呼ばれ国民にも慕われているために、ご子息の誕生にしばらくは国中がお祝いムードでいっぱいとなった。
王太子殿下にもご子息がお二人いらっしゃり、王城は今、とても和やかな雰囲気に満たされている。
私は侍医としてメロディや赤ちゃんの様子を診させていただいているので、子供を抱いてとても幸せに微笑むメロディに、いつもいつも涙ぐむぐらい感動してしまう。
メロディからは、赤ちゃんよりもリアの方が泣いてるわ、と笑われてしまうのだけど。
そしてミシェル様はクララック商会の女主人見習いとなり、婿養子を取ることが決まっている。お相手は伯爵家の三男様で卒業間際に縁談が決まった。お相手からの熱烈な申込みがあったのだが、爵位としては自分の方が低いのに婿養子なんて申し訳ないと恐縮していた。
なんとそのお相手というのが、辺境伯領への作戦で選出された五人のうちの一人だった。私達よりも五つ年上で、辺境伯領でのミシェル様の細やかな気配りや、その仕事ぶりを見て好意を抱き、自分には継ぐ爵位もなく身軽だから、ミシェル様のために婿養子となり商会をお護りしたいと申し出られたそうだ。
アレクもフォルテスト殿下も、彼のことは正義感の強い良い人だと言っており、ミシェル様にも前向きに検討してみては、とお勧めしたりしていた。
人の縁とは不思議なものですね、と言えばミシェル様も大きく頷いていらっしゃった。
様々な人が繋がり合い、愛を育んでいる。
私とアレクも、あの川辺で出会わなければ、こんな風に二人で過ごす未来はなかったのだろうか。
「……ねぇ、アレク、あなたは今幸せ?」
もう寝る寸前、寝室のベッドに並んで横になり、アレクの腕の中で尋ねた。
唐突な質問だろうにアレクは迷いもせずに答える。
「リアといられるなら、どこにいても何をしてても俺は幸せだよ」
私の髪を一房手に取り、毛先へとキスをする。その仕草に愛しさが込み上げて、私はアレクの胸の中へと顔を埋めた。
「リア?」
頭を撫で、そのまま背中へと手の平が降りてくる。優しくなぞられて、温かい腕に包み込まれる。
「私ね、初めてアレクに会った日に、宝物に出会えたと思ったの」
「宝物? 俺が?」
これは本当に驚いているアレクの声。表情を見なくても分かるのは、私達の歴史故。自信だってある。アレクはきっと、私の方が宝物だと言う。
「俺よりもリアの方が宝物だ。俺にとっても、ファルマージャンの人にとっても、他にも色々。皆、リアのことが好きで、大切にしている」
やっぱりと思ってふふふと笑えば、少しだけ腕の力が強くなった。
「俺には宝物以上のものをくれた。こんなにも人を好きになれるものなのかと、毎日毎日信じられないぐらいだ」
「私だって、そう思ってるわ」
私も背中に手を回して、ギュッと抱きしめる。
「愛してるよ、リア。これからも俺と一緒にいて」
頭から額、目元、頬と下がり、唇へと。
ほら、私にとっては宝石よりも価値のある美しい瞳が愛おしそうに見つめてくれる。
それだけでこんなにも幸福が体中に広がっていく。
「……実はね……宝物が増えたの」
私も同じようにキスを返して、最後に一言、とびきりの言葉を送る。
「愛してるわ。アレクも……アレクとの、子供も」
そう言ってアレクの片手を私のお腹へと導く。
アレクは呆然とその手を見つめながら、掠れた声で呟いた。
「俺との……子供……?」
「ええ。今日、医師長に診ていただいたの。間違いないって」
瞬きすら忘れていそうなアレクの顔中にキスをする。
「三人で、たくさん幸せになりましょう。私を愛してくれて、守ってくれてありがとう。これからも、ずっとずっと私のそばにいて、アレク。愛してるわ」
「俺もっ……俺もリアを、リアとの子供も、愛してる。ありがとう……俺を愛してくれて、受け入れてくれて。誰よりも、何よりも、リアを愛してる」
涙とともに、感謝と愛を。
ともに支えあって、生きていきましょう。
私だけの宝物。
何があってもあなた達を離さないわ。
END
最後までお読みいただきありがとうございました!
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