第二話 落ちた先、伯爵令嬢が見たもの
とある伯爵令嬢視点
気が付けば、とんでもない美形の男性に抱えられ、階段から落ちるところを助けらていれた。
「……お怪我はございませんか?」
丁寧な口調に、少し低めの声。
ふわりと揺れる茶色い髪は一つに束ねられ、宝石のように綺麗な青緑の目に見つめられて体が硬直する。
整いすぎているその顔立ちは、近くで見れば嫉妬するほどにきめ細かい肌をしていた。
昨晩の夜更しがたたり、眠くてぼーっとしたまま歩いていたら、階段を踏み外してしまった。
そんな私を空中でがっしりと抱き込み着地を決めてみせた美男子は、このエルドーレ王国内でもトップクラスとも言われる剣技で、入学早々に学園の有名人となった同級生のアレクヴェールだった。
「だ、大丈夫です……ありがとうございます」
緊張でたどたどしく答えれば、丁寧な動作で地面へと降ろされ、いやらしさの欠片も感じさせない目つきで全身をチェックされる。
「お怪我がなくて何よりです。では俺はこれで」
スッと一礼をして踵を返す彼。その後ろ姿に、私は思わず声をかけてしまった。
「あ、あの!」
「はい?」
自分にかけられた声だと察した彼が振り返る。
いつも無表情ではあるが、少しも恐さを感じないのは助けてもらったからだろうか。
「大怪我をしてもおかしくないところを助けていただきましたから、何かお礼を……」
クラスも違えば接点もない私は、この機を逃せば彼に話しかけるタイミングなんてない。
純粋に感謝からくるお礼をしたいという気持ちと、あわよくば少しでもお近づきになりたいという邪な気持ちが入り混じり、つい引き止めてしまっていた。
しかし、私の思惑は無惨にも彼の次の発言によって打ち砕かれる。
「それならば、全てシトリア様へ。俺個人へはけっこうです」
彼の口から出てきた名前に、自分の顔が引き攣るのが分かった。
そうだ。
そうだった。
彼に何かをするには、『とあるご令嬢』と仲良くなるしかないんだった。
「あ……はい。分かりました。お引き止めして申し訳ございませんでした」
「いえ。それでは、失礼します」
再度礼をして、今度こそ彼は私の元から足早に離れていった。
廊下の先で一人、優雅に佇む麗しいご令嬢。
彼の敬愛するシトリア・ファルマージャン侯爵令嬢の元へ。