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第十九話 受け継ぐ者

山賊? ランスロ視点

次話が、最終話です


 ここ最近で、一番大きな取引があるらしい。

 

 そんなことを告げてきたのは、辺境伯のとこの下っ端騎士だ。下っ端だけど、貴族の良いとこ出なんだって。だから無駄にプライドが高いと裏で言われているやつ。

 

 何が楽しくて山賊になんか手を貸すのかと思えば、自分の実力はもっと高いはずなのに、辺境伯からの評価が低いことに納得いかないんだと。

 いや、そりゃこんなところでそんな話してるようなやつ、低評価に決まってんだろ。しかも、辺境伯の娘の婚約者は自分の方が相応しいとかなんとか。

 実力認められてない時点で負けてるし、山賊に情報売るようなやつだから、そもそも同じ土俵にすら立てないんだと思うけど。

 

 あほらし、と思ってその場を抜ければ、背中側からはおっさん共の汚い笑い声。

 あーあ、本当。何で俺、こんなとこにいるんだろ。俺まだ十二歳だぜ?

 世間の十二歳ってさ、もっとワクワクしてるんじゃないの?

 親に捨てられ、親戚をたらい回しにされて最終的に売られた俺は、今じゃ山賊の下っ端だ。面倒見てくれるような優しい人達から捕まっていって、もう周りには俺を心配してくれる人はいなくなった。

 

 誰か……誰でもいいから。捕まった後でもいい。

 山賊みたいに奪うような悪いことじゃなくて、もっと楽しいことを教えてくれる人はいないかな。

 

 そう思って、何度も夜を明かしたけれど。

 

 目の前の人は、人間じゃないくらい強くて恐ろしかった。

 

「この化け物があああ!!」

「おい! 手加減なんかするな! 全員でやれ!」 

「邪魔だ! どけ! お前ら、とっとと倒せ!」 

 

 怒号が飛び交い、剣と剣がぶつかる音がする。でも倒れていくのは山賊の一味ばかり。

 一人、また一人と地面に伏していく。

 その誰もが苦痛に顔を歪ませて、皆それぞれ腕やら足やらが違う方向に曲がっていたりはするが、死んでいない。

 確実に狙って、そうしているのだと分かるほど、力の差は圧倒的だった。

 

 呻く声の方が大きくなって行く中で、取り囲まれていたはずのとんでもなく綺麗な顔をした騎士の周りには、立っていられるようなやつは誰もいなかった。

 残って怪我をしていないのは俺一人となった時、騎士が俺の方へと歩いてくる。

 

「あ……あ……ごめん、なさ……」

 

 恐怖で上手く発音出来なくて、泣きながら謝る。

 

「ごめ、なさ……殺さない、で……俺、まだ、たくさん、やりたいこと……」

 

 山賊に売られてからも、俺は人に手を上げたことはない。

 殴られたのはしょっちゅうだけどやり返さなかったし、山賊たちが襲った人達にも俺は手を出さなかったし、誰のものも盗ってない。

 武器の練習はした。護身用だったけど、逃げ足早いし高いところもへっちゃらだったから、木の上に逃げ込んで人に剣を向けたこともない。

 

 そうしたら堂々と主張出来ると思ったんだ。俺は悪者じゃないって。

 でもだめだった。

 いざ懇願する相手がいても、なんの言葉を出てこないみたいだ。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい……ごめん、なさい……」

 

 蹲る俺の目の前に、騎士の靴先が見えた。

 もうダメだ、俺はここで終わるんだと思ったら、頭の上から声が降ってきた。

 

「正直に言え。お前は何か盗んだり、人を傷付けたりしたか?」

 

 最初は言われている意味が分からなかった。ガタガタ震えるばかりで、相手の言葉が脳に届かなかった。

 

「聞こえてるか? お前は、何か悪いことはしたか?」

 

 今度こそ、はっきりと聞こえた。

 だから俺は、顔を上げて涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔で答えた。

 

「何も……何もやってない! 誰からも物を取ってない! 人を殴ったり斬ったこともない! ずっと木の上に隠れて……あ、でも、おっさん達が盗んだ……ものは、食べたり、飲んだり……した」

 

 騎士が片膝をついて、俺の顔をじっと覗き込む。すごく綺麗な目の色をしていて、俺はそこから視線を外せなかった。

 

「そうか。よく手を出さずに耐えたな」

 

 淡々と話しているのに、今まで聞いた中で一番優しい人の声だった。

 

「俺はアレクヴェールだ。お前の名前は?」

「ラ……ランスロ……」

「ランスロだな。ランスロ、お前は一度、王家騎士団がここの山賊と一緒に捕縛する。ただし、王都に着いたらフォルテスト殿下がお前の話を聞いてくれるはずだ。フォルテスト、という名前は覚えておけ」

「……はい」

「お前が素直に答えたら、きっと悪いようにはしない人だから安心しろ。俺に話したように、正直に何でも言ってみろ。あの人なら何を言っても大丈夫だ」

「フォルテスト……でんか」

「そうだ。ここまでよく頑張ったな。もう少しだ」

 

 笑ってないのに優しい眼差しに、俺はこれまでとは違う涙が流れて止まらなかった。

 十二歳にしてはガリガリだろう俺をヒョイと担ぎ上げ、そのままアレクヴェールさんは外へと出る。

 

 俺達が話している間に騎士がたくさん周りにいて、おっさん達を縛り上げてた。その中に、辺境伯の下っ端騎士もいて、何かを喚きながら縛られていた。

 

「アレク、ヴェールさん……っ! 俺……俺、ちゃんと話します。だから……あの……また、会えますか?」

「お前が会いたいと思えば会えるだろうな」

 

 その声は苦笑交じりだったのに、俺は泣いていたのでアレクヴェールさんの表情を見ることは出来なかった。

 

 

「さて、ランスロと言ったか」

 

 山賊の全員が捕まった後、王都まで連行された一行は、それぞれに尋問を受けると聞かされていた。

 俺は王都に着いてすぐ、やたらと柔らかそうなソファのある綺麗な部屋に通された。

 

 そこに座っていたのは、アレクヴェールさんとはまた違ったかっこいい男の人だった。

 開口一番に俺の名前を呼んで、にこやかに話しかけてくれた。はい、と返事した俺は座るように言われて、フカフカそうなソファに恐る恐る座った。予想通りのフカフカで、沈み込みすぎてびっくりした。

 

「俺はフォルテストだ。この国の第二王子で、王家騎士団にも所属している。今回、お前達を捕まえる作戦を立てたのは俺だ」

「アレクヴェールさんから、フォルテスト殿下が話を聞いてくれるって」

「その約束だな。珍しくアレクヴェールから頼まれたので、俺が直々に話を聞くことになった」

 

 二人の仲の良さが伝わってくるようで、俺は思わず聞いていた。

 

「あの……アレクヴェールさんも……王子様なんですか?」

 

 俺のその質問に、はぁ? と口をあんぐりと開けるフォルテスト殿下。

 

「あいつが王子なわけあるか。お前は見る目がないな」

 

 さっきまで笑っていたのに、今度は俺のことを信じられないという顔をして見てくる。王子って……こんなに気さくなのかな……

 

「まぁ挨拶はここら辺にして。早速だが、お前のことを話してもらうぞ。なぜあの山賊たちといたのか、生い立ちから全て話せ」

 

 気を抜きかけたところで、フォルテスト殿下が表情を真剣なものへと変えた。その目は俺がどんな嘘をついても見透かすかのように、厳しく鋭い視線だった。

 

「王子という立場は気にするな。話しやすい話し方でいい。お前がこれまで経験したこと、考えたこと、何を話してもいい。俺はお前の全てを受け入れるし、否定もしない」

 

 鋭いのに、優しい。どこかで見たと思えば、アレクヴェールさんと同じだった。

 俺は、ポツポツと話し始めた。

 いつの間にか泣いていた俺の横には、いつの間にか殿下が座っていた。その温かくて大きな手で頭を撫でたり背中をさすったりしてくれて、最後まで俺の話をちゃんと聞いてくれた。

 

 それから俺は、フォルテスト殿下監視の元、王家騎士団の雑用係として働かせてもらうことになった。住む家もなかった俺は、騎士団の寄宿舎の一室に住まわせてもらっている。

 俺からすれば夢のような生活だった。

 何をしても楽しかった。料理も掃除も洗濯も、馬の世話も剣や防具の手入れも何だってした。

 本当に楽しかったんだ。誰かにちゃんと教われる環境がとても幸せだと思えた。

 

 仕事の合間などに、殿下や騎士団の若い人達から剣を教わることもあった。皆びっくりするくらい強くて、俺なんかは全然歯も立たなかった。

 俺はてっきりアレクヴェールさんも騎士団の人だと思っていたら、まさか侯爵家の従者だったなんて、驚くを通り越して絶句した。

 何であんなに強いのに騎士団じゃないのかフォルテスト殿下に尋ねたら、それは会った時に直接聞けと返された。次に会えるまでに、もっと強くなりたいと思った。 

 

 剣では負けっぱなしの俺だけど、騎士団の人達に負けない特技があった。木登りだ。

 最初は殿下の興味本位で、城にあったそこそこの高さの木を登ることになった。あんまりにも俺がスルスルと登り降りするため、どこまでいけるかやってみた。

 結果、俺のあだ名が猿になりかけた。

 断固拒否した。

 

 アレクヴェールさんとは、まだ正式に顔を合わせてはいない。

 まだ俺はちゃんとした人間にはなれてないと思う。せめてもう少し立派になって、アレクヴェールさんの前に立っても恥ずかしくない人間になったら、あの時のことをちゃんとお礼を言いたい。

 

 実は式典の給仕係をさせてもらった時に、こっそりその姿を遠目から見たことはある。

 相変わらずかっこいいアレクヴェールさんは、とても美しい女性……シトリア様と一緒にいた。二人はお似合いすぎて、周りの給仕係もため息をついて見つめていた。気持ちは分かる。

 

 おまけに、フォルテスト殿下と婚約者のメロディ様もすっごく綺麗だから、まさに四人揃って美男美女が仲良く話していたりすると、会場の視線を集めまくってた。

 

 シトリア様とメロディ様のことは、フォルテスト殿下や騎士団の人から教えてもらった。殿下はメロディ様の惚気ばかり話すけど、夜会でのアレクヴェールさんも相当だ。

 アレクヴェールさんのシトリア様を見つめる視線があまりにも優しくて、彼女を愛しているのは明らかだった。

 俺もいつか、あんな風に誰かを愛せるのかな、なんて大人なことを思わなくもなかった。

 

「ランスロ! 早く次のお料理、持ってきちゃって!」

「分かりました!」

 

 今は自分のことで精一杯だから。

 いつか、その時が来るまで。

 俺は俺を信じてくれた人のために、頑張りたいと思った。

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