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第十八話 二人の、少し先の未来

アレクヴェール視点


 辺境伯領に来てからたったの三日。俺はリア不足に陥っていた。体は動く。頭だって考えることも出来る。だけど足りない。満たされない。

 こんなの一年だって保つ気がしなかった。そもそも一年と言い出したのはフォルテスト殿下だ。

 

 準備が整えば半年に縮められるかもと言っていたのだから、縮めるしかない。そのためにも、辺境伯の邸内にいる山賊に情報を流しているやつを探し出さなければ。

 

 これは王家騎士団の団長、副団長、フォルテスト殿下と辺境伯領地に行く五人だけが知っている情報だ。

 これまでの山賊達の動きをみると、内通者がいるという線が濃厚だった。しかし今まで捕らえられていないということは、巧妙に隠れているか、辺境伯が目を瞑っているか、辺境伯は仲間を疑っていないか、だ。

 

 どれにせよ辺境伯領に入れば極秘で動いた方がいいだろうと、一番身のこなしが軽い俺に、その任務が課せられた。

 この作戦はフォルテスト殿下が総指揮を務め、その下に隊長として副団長の息子であるルイさんが任命されている。

 

 ルイさんはリアの従兄弟で副団長によく似た顔立ちをしていた。しかし実の父よりもマクシムさんに強い憧れを抱いているそうで、師匠を真似て常に短髪にしている。

 俺が師匠から剣を習ったと聞くと大層羨ましがられながらも、父が迷惑をかけてすまん、とも謝られた。副団長の息子ながらいい人だと思った。

 

 隊長の指示の下に俺達は行動をするが、基本的に俺は好きに動いて良く、そのおかげでこいつかな、というやつはすぐに見つかった。

 上手いこと隠しているつもりだろうが、瞬間に見せる視線が周りの騎士とは明らかに違い、辺境伯への忠誠心ではないことが分かった。

 まさか孤児だった時の経験が生きるとは。そいつの目は、食い物を求める俺に、悪巧みして何かを仕掛けようとする大人と同じ目をしていた。

 

 本当に、俺はリアと出会えて良かった。こんなところでもリアを感じるなんて。リアは俺にとって全てだと思っていたけど、間違いなくそのようだ。ああ、リアに会いたい。

 

 リアに会えない辛さはあるが、今回の作戦の中で最も良かったことは、クララック商会の全面協力を得られたことだ。

 相変わらず物資の質が良く、俺達にとっても存分に利があるし、山賊達の注意をこちらに向けるための知名度としても適していた。

 

 最初に作戦を聞いた時はさすがに危険ではと思ったが、子爵をはじめクララック家一同、そして商人ですらも是非うちを、と手を挙げてくれたそうだ。

 その中には当然ミシェル様もいて、彼女がその理由を教えてくれた。

 

 曰く、隣国への商談を進める中で、辺境伯領からの山越えはずっと課題の一つとして上げられていたそうだ。それを解決してくれて、かつ辺境伯との強い繋がりも持てるともなれば、協力しないはずがない! と言い切っていた。

 

 それに、俺が作戦に参加するのであれば、いざとなっても商人の安全は絶対に大丈夫だとも言ってくれたそうだ。子爵から聞いて、俺は身が引き締まる思いだった。

 クララック商会の安全を絶対に保証するために、移動時の商会の護衛については、王家騎士団で持ち回りで担当することとなった。騎士団の中でも腕の立つ者を、ということで出発前に俺がその候補全員と手合わせした。殿下の言う通りの実力者ばかりで、商会を預けるに足ると判断した。

 

 作戦開始から二ヶ月程が経った頃に、ミシェル様が初めて商会に同行して辺境伯領までやってきた。姿を見た時は驚いたが、まあ彼女ならやりかねないとも思った。

 

 ミシェル様は物資の過不足がないかを一人一人に聞いて回り、各々の嗜好品にまで質問を広げていた。彼女は大人しそうに見えてとんだ遣手だな、とルイ隊長も呟くほどだった。

 

 そして彼女はリアからの手紙を預かってきてくれたのだ。手紙を書いてとお願いしてから届くまでを心待ちにしていたが、リアはリアで悩みを抱えていたことを教えてもらえた。

 どうやらリアは思っていたより頻繁に手紙を書いてくれたらしいのだが、それを毎回出すと辺境伯に迷惑がかかり、かといってまとめて出しても不審物に思われないかと悩んでおり、溜め込んでしまったようだ。

 そこでミシェル様が私にお任せくださいと名乗りを上げてくれて、手渡しすれば問題ないと、手紙を預かることになったそうだ。

 

 受け取った手紙も便箋の絵柄がそれぞれ違っていて、この便箋を悩んでいる時間も俺のことを考えてくれていただろうと思えば、俺自身は喜ばないはずがなかった。

 ミシェル様にはひたすらお礼を言った。彼女がいなければ、俺はリアの悩みも分からなかったからだ。

 

 商会が帰る準備を整えている時に、ミシェル様からもう一つの贈り物を差し出される。

 

「これ、リア様は失敗したからと自信なさげだったものなの。ナタリーさんから編み方を習ったそうなんだけど、自分には難しかったって。でも絶対に喜ぶからお渡ししましょうと、メロディ様と二人がかりで説得したら、帰る間際に渡して欲しいと言われてね。今まで渡したいのを我慢してたのよ!」

 

 そう言って渡されたのは、黒と赤紫のニ色で編まれた組紐で、どちらもリアの色だとすぐに分かるものだった。

 リアはあまり手先が器用ではないことを本人も気にしている。それなのに、これを俺のために作ってくれたのかと思うと一層会いたい気持ちが募った。

 

 好きとお礼を伝えたいのに、手紙の返事を出したら次に手紙を書いてもらえなさそうだったので、俺はつけていた髪紐をほどき、ハンカチに包んでそれをリアに渡してもらうようにお願いした。

 

「必ずお渡しするわ。伝言はあるかしら?」

「手紙とこの組紐のお礼を……すごく嬉しかった、ありがとう。大事にするし毎日使う、と。あと、好きだっていうのは帰ったら直接言うというのも」

「ふふふ。ちゃんとお伝えしておくわ。アレクヴェールも、くれぐれも体には気をつけて。商会で準備出来るものは何だって準備するから、次までに考えておいて」

「承知した。仲間にも伝えておく。手紙も髪紐も、本当にありがとう」

 

 ミシェル様は手を振って帰っていった。

 リアからの手紙は、俺の心配が半分と、帰ってきたら俺としたいことが半分。最後に、好きという言葉を添えて終わっていた。

 これに返事をするな、なんて酷なことを言うと思いながらも、俺は無意識に手紙の好きと言う文字へと唇を寄せていた。

 

 作戦の決行日は辺境伯領に来てから半年と少し過ぎた日に決まった。俺が目をつけていた騎士が内通者で、そいつをつけていたら山賊の拠点も分かった。

 これまで逃げ遂せているのが慢心に繋がっているのか、拠点が全部で三箇所あることも、そのうち一箇所で必ず話し合いが行われることもすぐに把握出来た。

 

 何度か見張っていると、十歳くらいの子供が中にいることが分かった。その子供がある夜、一人で外に出てきたかと思えばそこら辺の木の枝を拾って素振りをし、息が切れたあたりで木の枝を捨てた。

 そしていきなり木登りを始め、スルスルと登っていき木の枝に座って唐突に泣き始めた。

 ごめんなさい、という言葉ばかりが聞こえた。

 

 その姿が、リアに出会えなかった自分のように見えた。

 

 いや、泣いて謝れるだけこの子供の方がいい。俺はたぶん泣いて謝るなんてしなかっただろう。弱い者が悪いんだと、奪うばかりの道を歩んでいたかもしれない。

 俺はリアに出会えたから、まともであれた。

 

 だから、もしもこの子供が助けを求めるなら……繋いでやろうと思った。

 俺はその日、フォルテスト殿下への報告書にその子供のことを書いて提出した。あとは殿下が決める。俺はあの場から連れ出すだけだ。

 

『あなたを幸せにする権利を私にちょうだい』

 

 俺は十分すぎるほどの幸せをもらった。 

 目を閉じれば、最愛の人の笑顔だけが思い出された。

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