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第十四話 侯爵家当主からの激励

ファルマージャン侯爵家当主視点

 

 トントントン、という控えめなノックの音に返事をする。

 

「アレクです」

「入っていいよ」

 

 失礼します、と執務室へと入ってきた青年は、愛娘の従者であり騎士であり、恋人でもあるアレクヴェールだ。

 

「申し訳ございません、旦那様。遅くなってしまいました」

 

 私の執務机の前まで静かな足音でやってきたアレクは、理想的な角度に上半身を折り、謝罪の言葉を述べる。

 私はそれに頭を上げてと笑って返した。

 旦那様とよばれたのはこの私、プラート・ファルマージャンである。ファルマージャン侯爵家の現当主であり、シトリアの父親だ。

 

 シトリアとともに学園から帰ってきたアレクを早々に呼び出したのには、とある理由があったからだ。

 

「遅れても構わないよ。いきなり呼び出したのはこちらだからね」

 

 私の机の前までやってきて、今度は

 

「申し訳ございません。ありがとうございます」

 

と返答した彼に、机の上に置いてあった封筒の束を渡す。

 

「……これは?」

「開けてごらん」

 

 一番上のものを手に取り、中身を取り出して三つ折りとなっている紙を開く。

 内容を確認し終わったアレクはすぐにそれをまた封筒の中へとしまった。

 

「何か分かるね?」

「……縁談の申込書でしょうか」

「その通り」

 

 アレクは封筒の束をどうしていいのか悩んでいるようで、手の中にあるそれらを見つめながらも複雑そうな顔をしている。

 

「私としてはね、それらは全てお断りを入れるつもりだよ」

 

 そう声をかけると、ホッとしたように息をつき小さく頷いた。

 

「そうしてください。俺はリア以外とは結婚も何も考えられません」

 

 うんうんと頷いて、アレクに微笑んでみせる。

 

「私もそれは理解しているつもりだよ。ただね、これを見たリアが、アレクにも確認を取ってから断ってほしいと言ってきたんだ」

「リアが……?」

 

 信じられないというように呟いた後、口元に手を持っていき、何かをじっと考え込んでいるアレク。彼の答えが出るまで私はいつまでも待つつもりだった。

 しかしその時は思ったよりもすぐに来た。

 

「俺のことを大事に想ってくれているからですね」

 

 口元においていた手をおろし、まっすぐに立つ姿はまさに立派な騎士だ。

 迷いなく私を見つめるところも、彼の評価を上げる要因であるなと思う。

 

「どうしてそう思ったんだい?」

「釣書がくるほど周りからも認められている、と俺に知ってほしかったんじゃないでしょうか。恐らくこの方々は学園生だと思います。俺が平民ということを知った上で、それでも良いと思ってくれる人がこれだけいると」

 

 全く。この子達は親の手すら煩わせてはくれないようだ。

 私は観念したというように、アレクへと手を差し出し、封筒の束を返してもらう。

 それを机の上に置いて、椅子の背もたれへと背を預けた。

 

「流石だなぁ。リアも同じことを言っていたよ」

 

 彼が平民であることは紛れもない事実だ。爵位という色眼鏡はどうしても外せない貴族も多い。アレクが受け入れられるのは貴族社会では一部かもしれないが、目に見える証があるかないかでは心持ちも変わるだろう。

 

 まぁ、そもそもこの子は周りからどう見られてても気にしないところはあるけれども。それはそれは、これはこれだ。

 

「私はリアの婚約者はアレク以外考えられないと思っている。いや、私を含めたこの家の者全員、かな」

 

 妻や息子、それに従者たち。幼い頃から支え合ってきた彼らを我々は見守ってきたつもりだ。

 お互いに励まし合って敬い合う彼らに、私達も心を洗われるようで、我が家の雰囲気は日に日に良くなっている。

 そんな彼らに感謝するとともに、私は親として出来ることを伝えるべきである。

 

「リアへの愛情は申し分ないし、学園での成績を見ても君は優秀だ。しかしあくまでもそれは学園の中だけ。社会に出ればそれがひっくり返ることもよくある。あるいは、故意にひっくり返されることも、ね」

 

 それは彼らからすると汚い世界になるだろう。しかしそれが現実であり、リアが侯爵家の娘として、アレクが平民として産まれてきた以上は逃れられない。

 だからこその助力を。私達が彼らに与えられることなど僅かなのだから。

 

「アレク、まだまだ力をつけなさい。理解者を増やすも良し、協力者を増やすも良し。何も仲良くするだけがそうではないことは分かるね?」

「はい」

「君は既に私達の息子だ。今更他の家には渡さないし、君には今後もリアを幸せにしてもらわなくちゃ困るんだから」

 

 それまで動かなかったアレクが、息子、という単語に下唇を噛んだ。

 それは決して悔しさからくるものではないことは分かっている。

 

「文句をつけさせないほどの実力が君にはあると思っているよ。その上で、平民である君が建国当初から続く侯爵家の娘を妻にするための行動を。そのために私達が出来ることはいくらでも手を貸そう。お金の心配もしなくていい。娘と息子の幸せのためなら、何だって出来るのが親だからね」

 

 私はそう言って立ち上がり、アレクの前まで歩き足を止める。真剣な表情の彼の肩に手を置き、微笑みかける。

 

「リアを今まで以上に、愛してあげてくれ。そしてあの子と、あの子が愛する君自身を大切にするように」

「はい……! ありがとう、ございます」

「もしかすると一番の壁は私の兄かもしれないがね。そこも頑張っておくれ」

 

 ビキッと固まったアレクが面白くて、つい声を出して笑ってしまった。

 

「さあ、時間を取ってしまって悪かったね。夕食までにリアと話をするかな?」

「……そうしたいです」

「もちろんだよ。ただし、婚約前だから部屋の前にはマクシムかジャックを待機させておくこと。それと夕食には遅れないようにね」

「承知しました」

「それじゃあ、今日はありがとう。何かあればいつでも言っておくれ」

 

 はい、と返事をしたアレクはもう一度私へと礼を述べて頭を下げ、部屋から出ていった。

 

「……随分と成長しましたな」

 

 部屋の隅に佇んでいたのは、我が家で最高齢となる執事長のポールだ。父の代から世話になっている彼には、邸の主である私ですら頭が上がらない時がある。

 今日は、明日のスケジュールの確認にポールが部屋へと来たタイミングで、アレクがやって来たのだ。

 アレクも入室直後にポールには気付いていたが、ポールが挨拶は不要だと合図を出したため、軽く会釈だけをして終わっていた。

 

「彼を指導してくれた皆のおかげだよ」

「いえ、旦那様のご指示があったからこそです」

「彼はリアの命の恩人だからね」

 

 そう言いながら笑ってみせると、ポールの口元もわずかに緩む。

 

「それに……あんなにもひたむきに愛されてはね。あの子以上に、リアを想ってくれる子はいないだろう。我が娘ながら、とんでもない逸材を連れてきたものだ」

「仰る通りかと」

 

 初めて見た時は、こんなにもか細い子がどうやって、と思ったが。

 

 マクシムや一緒にいた侍女たちの話からも、アレクの生まれつきの力は間違いないものだろうということはすぐに理解した。

 食事も食べられるようになってきた頃から始めた剣の稽古でその才能を伸ばすことが出来て良かった。幼い頃から剣技に優れた兄の稽古を近くで見てきたからこそ、アレクがいかに特別であるかはよく分かる。

 

 それにリアが熱心に教えたことで文字の読み書きの習得も早く、グロワール学園にも入学するだけの学力まで身につけてしまった。

 まさに超人とでも言えるアレクだが、その想いがリアへと向けられていることは疑いようもなく……もちろんリアの矢印も常にアレクへと向けられているのだが。

 

 貴族であれば家の繋がりを求めて婚姻を結ぶことも多いが、あれほどまでに想い合っている姿を幼い頃から見ていると、さすがに引き離すという選択肢は生まれてこなかった。

 

「貴族ではなくなったとしても、あの二人はお互いを支えながら生きていくんだろうね。リアも十歳の頃から一人で着替などを出来るようになっていたのだし。その心積もりは出来ていることだろう」

 

 私の言葉に同意するように頷いたポールは静かに机へと近寄り、封筒の束を手に取った。

 

「それでは、こちらの方々には丁重にお断りのお返事をさせていただきます」

「ありがとう。助かるよ」

「とんでもございません。また夕食の時間になりましたらお呼びいたします」

 

 よろしく、と部屋を出ていくポールへと声をかけ、私はまた仕事を再開する。

 娘と息子の成長を喜びながら取り組めば、筆はいつもよりも速く進むようだった。

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