第十三話 デート中の二人
シトリア視点
ほんのちょっとのざまぁありです
アレクの馬に乗せてもらい、ジャックの案内で朝からクララック商会が手掛ける市場へと遊びに来た。
今日行くことをミシェル様に話せば、それはそれは喜んでくださって、
「馬の面倒はこちらでみますから!」
と申し出ていただき、ジャックもそれはありがたいと、市場の手前でクララック家の御者の方に我が家の馬を預けた。
ミシェル様とは、昼食後に会う約束をしているため、朝は私達三人だ。
出発前にジャックから、
「俺のためにもアレクと思う存分デートして来てください」
と言われ、それには素直にお礼を言った。
俺のため、というのはジャックは市場に出ている全ての馬関連のものを見るのだと意気込んでいて、特に商会おすすめの職人の品というものが楽しみで仕方ないらしい。
一人で回り歩いた方が身軽とのことでジャックとは昼食の待ち合わせ場所を決めて分かれることとなった。
彼は馬を預けた後もクララック家の御者の方と話が盛り上がっているようで、もしかしたらおすすめのグッズなどを教えてもらっているのかもしれない。
市場はクララック領で一番大きな通りで開かれている。一直線のその道で、道の両端に数多くの商店が自慢の品を所狭しと並べていた。
屋台のところもあれば、地面に敷物を敷いてそこに並べているところもある。お花や果物などのお店は屋根がなく、衣服やアクセサリーなどのお店には屋根がついているところが多い。
右を向いても左を向いても違う色とりどりの景色に私の心も踊るようだ。
飾られているどれもが素敵な品ばかりだが、特に商人達の活気のある姿がこの市場を盛り上げる一番の要因だろう。
明るく陽気な声で品物を勧めたり、親身に話を聞きながら一つずつ丁寧に説明をしたり、好みに合わせてアレンジを加えたものを提供したり……購入した誰もが満足そうに笑いながらお店を離れていくのがその証拠だ。
かくいう私も、既に皆へのお土産と称して押し花のしおりをたくさん買ってしまった。押し花に使われている花がこの国ではなかなか育てられない品種のもので、珍しさと花自体の美しさから、見つけた瞬間に手を伸ばしてしまっていた。
それらはアレクが持ってきてくれた鞄に入れられ、私の片手はアレクにしっかりと握られている。
最初は腕に手を回していたが、手を握った方が足を止めたい時に力を込めてくれるだけで分かるから、とのことでこのスタイルになった。
行き交う人々にぶつかりそうになりながらも、それも醍醐味の一つだとアレクとぴったりくっついて歩く。普段からエスコートでも手を繋いでいるが、今日はこの雰囲気も相まって、気持ちは高揚する一方だった。
一直線とはいえ、商店も人も多いと一度では全てを見て回れないため、まずは片側のお店だけを見ていこうということになった。人の流れになるべく逆らわないように進みながら、気になるお店の前で足を止めては、商人の方とお話をする。
話をした商人の方からは子爵様やミシェル様をお慕いしているということが伝わってきて、ついミシェル様の話で盛り上がってしまったりもした。
そんな風に過ごしていると、気付けばお昼も近付いてきていた。私はアレクとともに、ジャックとの待ち合わせ場所へと向かう。
ジャックはあれから見かけなかったけれど、この人混みであればどこかではすれ違っていたかもしれない。
そう思いながら歩いていたら、少し人の波が少なくなってきたところで前方から歩いてくる男女のうち、男性の方がこちらを見てその表情を歪め、足を止めた。
私は見たことのないお二人だったが、明らかに男性はこちらを睨みつけている。女性の方は男性に話しかけているが、動かない男性に困ったような様子だ。
「……リア、ごめん。ちょっと面倒くさいことになるかも」
アレクがそう言いつつも、大きくため息をついた。
「知っている方なの?」
「親戚」
また一つ息を吐き出したアレク。それにつられるように、私は眉間にシワを寄せる。
アレクの親戚と聞くと、私はどうしても好意的には受け取れなかったが、どうやら相手もそのようである。
しかし厳しい目つきでこちらを見ながら微動だにしない相手の隣を通り過ぎなければ、ジャックとの待ち合わせ場所には辿り着かない。
「アレクはこのまま進んで平気?」
「俺はなんともないよ。リアは俺が守るから安心して」
私を見てにこりと微笑むアレクに、私も同じよう微笑み返す。
手を繋いだまま、私達は歩を進める。私と男性の間にアレクがいて、アレクは自然と私より半歩前を歩き、私を隠してくれている。
もう数歩で横を通るとなった時、アレクの親戚が忌々しげな声色でアレクへと話しかけた。
「お前……アレクヴェールだな?」
「……お久しぶりです、イジドール様。すみませんが、急いでいますので失礼します」
「はぁ!?」
一息に告げたアレクの返答を予想していなかったのか、驚きの声とともにアレクの腕を男性が掴む。
「お離しください」
「捨てられたお前が何偉そうに女なんか連れてるんだ。お前みたいな汚いやつの隣を歩かされる彼女がかわいそうだとは思わないのか?」
アレクを傷つけようとする相手の言葉に内心でふつふつと怒りかこみ上げてくる。
そんな私とは対象的に、アレクは平然としていた。
「ちっとも思いません。それより手を離していただけませんか? 人と約束をしているので早く行きたいのですが」
淡々と答えるアレクを斜め後ろからちらりと見上げる。普段、私には見せない冷たい視線に少しだけドキリとした。
不謹慎にもこんな時に何を考えているのよ、と自分を叱責して前を向けば、イジドール様と呼ばれた男性の後ろで立っている女性は、ちらちらとアレクを見ては頬を赤くしている。
それに少しずつではあるがイジドール様から距離を取りつつすらある。
彼はそれには気付かず、まだお話を続けられていた。
「折角、我が家が拾ってやったのにな。暴れまわって家中めちゃくちゃにされたなぁ」
わざと通行人に聞かせるように大きな声で話すところも、私には好ましくない。
「その節は大変ご迷惑をおかけしました」
「死に損ないの化け物が。どっかで野垂れ死んだと思っていたのに図々しくも生き延びやがって」
その言葉はあまりにもひどく、私は思わずアレクの手を強く握った。
それでも、アレクの様子は何も変わらない。
「お前みたいなやつ、生きているだけで迷惑だとは思わないのか?」
一度少し力を込めて握り返されたけど、それ以降はにぎにぎとまるで私の手で遊んでいるようだ。
アレク……? と思って見上げたら、私へと顔を向けたアレクが美しく笑い、私の心臓が今日一番高鳴った。
「死に損ないの化け物でもいいと言ってくれる方に出会えましたから。俺の全てはその人に捧げると決めていますし、その方が笑ってくれるならどんな俺だっていいんです」
穏やかな声は、イジドール様ではなくまるで私に語りかけているようで、より一層ドキドキしてしまう。
「幼い頃は力の加減も出来ず、申し訳ありませんでした。旦那様方にもお詫びをお伝えください。それと、俺は幸せになったとも」
「だ、誰がそんなことっ!」
「それより、良いんですか? エスコートしていた女性、どこかに行きましたけど」
「はっ!? おい、どこに……」
そこでやっと彼女がどこかへと行ったことに気付いたようで、イジドール様はキョロキョロと周りを見回す。
代わりに市場に来ていた人達が何の言い合いだ? という風に少しずつ集まってきていた。
「早く追いかけないと宜しくないのでは?」
アレクの言葉に余計に顔を歪めて、彼はチッと舌打ちをした。
「あんな女どうだっていい。おい! アレクヴェールの後ろにいる女! その男は化け物だぞ! いつかお前も怪我させられて傷でも残されるんじゃないか? そうなると婚期を逃すかもなぁ。あぁ、いや、既に今の時点でそんな孤児の平民といる時点で、女としては終わってるのか。かわいそうになぁ」
矛先が私に向いたようで、ここぞとばかりにアレクの横から顔を出す。
「お言葉ですが……」
私がすぐに口を開いたことが意外だったのか、イジドール様の肩がびくりと跳ねた後、私の顔を凝視しているようで居心地はあまり良くなかった。
「アレクは私を傷つけませんし、もしも何かで怪我をして傷が残ったとしても、アレクはその傷ごと私だと受け入れてくれるはずです。なので、私はなんの心配もしておりませんわ」
貴方様の心配もご無用です、と微笑んでみれば、イジドール様が息を呑んだ。どうしたのかと思ったところに、不服そうな声でこちらを見て答えたのはアレクだった。
「その通りだけど……俺がリアを傷つける訳が無いし、何なら今すぐにだって婚約も結婚もしたいのに、止められてるぐらいだ」
「そうね。早く皆に認めてもらいたいわね」
アレクに賛同すれば、アレクは困ったように眉間を指で抑えた。
「皆というより、あの人一人だけなんだけどな……」
「ふふふ。でも、恋人同士のデートもとても楽しくて私は好きよ」
「うん。俺も」
眉間から手を離し、アレクは私の頬をするりと撫でた。
「じゃあ、行こうか。ジャックが待ってる」
「ええ、そうね。イジドール様、失礼いたします」
「失礼します」
別れの挨拶をして、彼の隣を通り過ぎる。
しかしその直前、イジドール様はハッなってまたもやアレクを逃さないというように腕を掴んだ。
「待て! おまえっ……」
彼が最後まで言葉を口に出す前に、アレクがスッとイジドール様の耳元へと口を寄せる。
「…………」
周りの喧騒もあり、小声で話す内容は私には聞き取れなかったが、少しするとアレクは顔を離し、もう一度私に向かって行こうか、と促す。
アレクの耳打ちの後、俯いてしまったイジドール様に軽く会釈をし、私達はジャックとの待ち合わせ場所へと急いだ。
「さっきは何て言っていたの?」
「早くしないと、婚期を逃すのはそっちですよって」
相手からすると余計なお世話だろうが、何も反論してこなかったから、思うところがあったのかもしれない。
「答えは聞かなかったけど、まぁ納得しただろうな」
それもそうね、と頷いて、私は頭を昼食のメニューへと切り替えるのだった。
この子に何かしたら、あんたも、あんたの家も、潰すことくらい半日だってかからないよ?
ちゃんと化け物になった俺から、逃げ切れると思う?