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第十一話 二人の味方と強敵

アレクヴェール視点

 

 俺が剣を習い始めたのは、ファルマージャン家の料理人の出した食事を食べられるようになってから、しばらく経ってのことだった。

 

 野犬との一件で俺の体質のことは報告済みで、剣を習うべきであり教えるなら自分が、と師匠のマクシムさんが申し出てくれたらしい。

 旦那様も迷うことなく了承してくださり、まずは俺の体調を整えてからということで、食事を取れるようになってしばらくしてから走り込みから始めることとなった。

 

 師匠かジャックがいつも一緒に走ってくれて、ファルマージャン邸をぐるりと一周するコースを何周かしながら、色々なことを教えてくれた。

 師匠もジャックも元は王家騎士団に所属していて、騎士団を退団後にファルマージャン家に務めることになったそうだ。

 師匠はリアが三歳の頃からで、ジャックは俺がリアに会う少し前かららしい。

 

「いやー辞めて正解だったな。こんな良い職場、他にないって」

 

というのはジャックの口癖だ。

 

 そんな二人からの指導で、俺は徐々に剣の扱いにも慣れていった。ジャックからは乗馬も教わり、騎乗での闘い方なども習った。

 

 二人から一本取れることが増えていき、リアを守るためにも十分な力がついたと師匠に言ってもらえた日は、嬉しくてリアに報告をした。リアも喜んでくれて二人で抱きしめあった。俺は嬉しさのあまりリアを抱き上げてくるくる回っていたら、奥様に見つかって、ほどほどになさいね、と笑われた。

 

 同じ日の夜に旦那様の執務室に呼ばれ、これからは従者としても騎士としてもリアをよろしく頼むよ、と言われ、泣きそうなぐらい嬉しかった。

 旦那様に俺にはリアが全てですとお伝えしたら、リアは婚約者を作りたがらないから、きっと君との将来を期待しているんだろうと教えてもらえた。

 

 そしてリアのためにも、周りに認められるようこれからも努力するようにと言われ、俺は大きく頷いた。

 

 旦那様も奥様も、リアの兄であるゼルシオ様も、それにファルマージャン家で働く人達までも俺達を認めてくれているのに、旦那様の言う『周り』とは一体誰のことだろうと、この時はまったくない分からなかった。

 

 そしてリアが第二王子殿下の茶会に招かれた日、師匠に連れられて王家騎士団の訓練を見学させてもらうことになり、俺は旦那様の指す『周り』が誰なのかをはっきりと認識する。

 

 騎士団の訓練場で俺を待ち受けていたのは、リアを愛してやまない叔父さん……王家騎士団の副団長にして、騎士団最強と名高いサンディ・ブラーヴァさんだった。

 

 実力だけなら団長に選ばれるのは間違いなく彼だろうに、書類仕事をしたくないという理由と、部下の指導は直接自分がするという方針から副団長なのだそうだ。

 

 副団長に会う前に、リアのことをとても大事に思っているという話は聞いていたが、師匠が俺を紹介した途端、すごい圧で睨まれた。

 初めて、人間に圧倒された。

 

「お前か……リアを唆したという不届き者は……」

 

 地を這うような声色に気圧されつつも、ここで引いてはだめだと口を開く。

 

「唆してはいません。リアを好きなだけです」

 

 その言葉に、副団長が音を立てて固まった。

 師匠は片手で顔を覆って、天を仰いでいた。

 ピクリとも動かない副団長をしばらく見ていたら、

 

「……小僧、お前がリアに抱きしめられたというのは、本当か?」

 

と、やけに静かな声で今度は問いかけられた。副団長から真っ直ぐに向けられた視線がやけに突き刺さるようで、この辺りから周りにいた騎士達が恐怖に震えていたそうだが俺はそれどころじゃなかった。

 

 目の前の相手に、リアとのことで負けたくないと思った。

 

「はい。初めて会った日は俺がリアにしがみついていたみたいなもんですけど」 

「初めて会った日……は?」

「おい、アレク!」

 

 師匠が止めに入ったようだが、残念ながら俺は止まれなかった。

 

「今はすがりついたりはしていません。ちゃんと力加減が出来るようになりました。俺が疲れていたりしたら、リアからも抱きしめてくれます。すごく安心します」

 

 膝から崩れ落ちた副団長に、師匠はもはや遠くを見ていた。

 

「……小僧……覚悟は出来ているか?」

 

 一頻り泣いた後、ゆらりと立ち上がるとともに涙を目に溜めながら凄まれて、この人どれだけリアが好きなんだと、より一層対抗心を燃やした。

 

 あれから既に数年経っているが、未だに副団長は俺達のことを認めたがらない。

 リアからも説得はするものの、はぐらかしては逃げていくらしい。大の大人がそれでいいのか。

 

 まぁ、あの日は実力差もはっきりと分かって、新たな目標も見えたし、フォルテスト殿下とも知り合えた。

 

 殿下は有能だ。俺が知り得ない情報を色々と知っているし、剣の実力もあれば権力もある。メロディを大事にしているのが分かるし、リアにも惚れない。

 俺がファルマージャン家の人以外で、何も気にせずにリアに近付いてもいいと思える男は殿下ぐらいだ。

 

 殿下には騎士団への入団を誘われたこともあるが、俺がリアと出会った日のやりとりなどを話したら、きっぱりと諦めた上で報酬は出すので有事の際は手を貸すことを約束させられた。

 将来、リアと結婚するには爵位があった方がいい。

 

 そのためには陛下から報酬として受け取るのが手っ取り早いらしく、そのぐらいの活躍はお前なら出来るし、口添えもすると言われている。

 

 かくいうサンディ副団長も騎士団での功績が認められ爵位を賜った人だ。本当はファルマージャン家の嫡男だったが、本人は学よりも剣だということで、弟である旦那様に半ば押し付ける形で爵位を譲り、自分は騎士団へと入団されたそうだ。

 

 既に副団長となっていた十年前、隣国の国王との会合で陛下の護衛として隣国を訪れた際、話し合いの最中に野盗を引き連れた反国王派が乱入。

 隣国の騎士団との共闘となったが、その場で指揮を奮い、自らも戦力となって出席していた王族の誰にも怪我をさせることなく、見事相手を降伏させた。

 その功績が讃えられ、エルドーレ王国に帰ってきてから爵位を賜ったらしい。

 

 そんな副団長の過去の話を聞かされつつ、有事の約束をさせるということは、近い将来で何らかのことは起こる見通しなのだろう。

 

 それに向けて稽古を続けるのは当たり前だが、リアにだけは危害を加えさせないようにしなければと心に誓う。

 身分は違うが、殿下とは通じ合うところがあると思う。お互いに好きな相手の為なら邪魔者には容赦しないという点でも近しいものがある。

 

 殿下の場合は、その立場から国民にも目を向けなければならないが、彼なら上手く立ち回れると思う。そのぐらいの器量もある人だ。

 

「……まぁ、リアが幸せなら何でもいいんだけどな」

「……でけぇ独り言だと捉えとけばいいか?」

 

 今日は師匠が忙しくて稽古の相手はジャックがしてくれた。その休憩中、ふと思い出して口をついて出た言葉に、俺の横で水を飲んでいたジャックに怪訝な顔をされた。

 

「独り言だ。そういうジャックは……いつも幸せそうだな」

 

 ジャックを見て思ったことを言えば、今度は呆れた顔をされた。

 

「当たり前だろ。雇い主にも上司にも同僚にも恵まれて、好きな馬の世話を毎日出来てんだ。この生活に不満を抱くとこなんて一切ないからな。そういうお前は幸せじゃないとでも?」

 

 そう聞かれて、ふむ、と考える。

 

「いや、リアのそばにいられたらどこでも幸せだな」

「そうだろうよ。さぁてそろそろリア様のお菓子が焼き上がる頃か? いい匂いがしてきた」

「そうだな。そろそろ中に……」

 

「アレク! ジャック!」

 

 可愛らしい声が俺達を呼んだ。

 近付いてくる足音すら愛しくて、振り返った先にいるリアの姿を見て、俺は今まさに幸せだと実感していた。

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