第十話 その頃、第二王子殿下と従者は
フォルテスト・ノーブルスッド第二王子殿下視点
シトリアが提案した昼食会が開かれた日の授業終わり。
シトリア、メロディそして新たに友人となったミシェルの三人は昼食の間に話し足りなかったことがあると、授業が全て終わった後にまた集まる時間を作った。
「どう思う?」
俺とアレクは暇になったため、中庭に併設された鍛錬場にて剣の手合わせをしていた。
第二王子でありながら王家騎士団に所属する俺が、学園内で遠慮なく剣を振るえるのはアレクぐらいだ。こいつは友人としての贔屓目抜きにして強い。
それに良い具合に人を疑うし、怪しい者は少しだって近寄らせようともしない。非常に良い目を持っていると評価している。それらも含め、今日紹介された子爵令嬢について、アレクの意見を聞いてみようと思って問いかけた。
「どう、とは?」
「今日紹介された彼女だ。悪意は感じ取れなかったが、お前の意見を聞きたい」
「そうですね……リアに悪さはしないとは思いましたけど」
こいつの場合は第一にそれだ。
仮にも王族の俺を前に堂々と言うところが気に入っている。
「そうだな。俺もそう感じた。メロディにとって害にはならないだろうが……」
根本的なところはそこだ。
愛する者が傷付けられる可能性は初めから排除すべきだ。
「商人上がりということで色々なところから情報や伝手が手に入る。それを利用して王族の周りから取り込んでいく、という輩は必ず現れる」
「……」
黙ったアレクを見やると、何か思案顔ではあったため突いてみる。
「率直な意見を言え。遠慮はいらんと何度も言っているだろう」
「……リアから声をかける前は、諦めたような顔をしてこちらを見ていました。けれどリアから声をかけた時にはいたく感動して、なんなら俺を睨んでくるぐらいには、リアに好意的かと」
「何だお前、睨まれたのか」
「リアが長いこと相手の手を握っているから、離すように促しました」
本当に何だそれは、と笑えば、さも当然でしょうというような態度だ。
「良い人だと思いますよ。純粋に、リアにもメロディにも好意的というか……憧れですかね、あの視線は。それにまぁ……リアに何かをするようなら排除すればいいだけですし」
そうさらっと言ってのけるだけの実力が、アレクにはある。
この学園……いや、騎士団を含めてもアレクに敵うやつはなかなかいないだろう。騎士団内では上位の俺ですら運が良くて互角に持ち込めるか、基本的にはそれ以下だ。
初めてアレクと会った日を思い出す。あれは、なかなか婚約者を決めない俺に焦れた母上が、同年代を集めた茶会を王城で開いた日だった。
既に騎士団の入団試験に合格し、騎士として活動をしていた俺は茶会が面倒くさくて仕方がなかった。だから挨拶だけして座っていようと決めたのだが、なんと挨拶を終えた後に騎士団にとんでもなく強い奴が来ている、しかも俺と同年代だとの話が耳に入り、居ても立っても居られなくなってその場を飛び出した。
母上に怒られようが関係なかった。俺は騎士だ。
将来、王位を継ぐ兄のために、その剣を極めるのが俺の役目だと思っている。強い者がいるというなら見てみたいと思うのが当然だろう。
急ぎ到着した訓練場で俺の目に飛び込んできたのは、サンディ副騎士団長と剣を交えているアレクだった。
まだ幼さの残る少年らしい体格ながら、その速さと正確さは確実に自分よりも上だ。副団長の重い一撃には両手で構えて受け止めている辺り、相手の力量を理解し判断して実行する力もある。
こんなやつが一体どこで、と思い近くにいた騎士に尋ねてみたところ、以前サンディ副団長と並び立つと言われていたが、怪我で退団したマクシムの弟子だという。
マクシムとは団に所属した時期は被っていないが、彼は時折王城に来ては後輩騎士へと指導をしているため、俺も知っている。いつか殿下に紹介したい者がいると言っていたが、間違いなくこのこいつのことだろう。
そう推測したところで副団長との手合わせが終わったようで、二人は向かい合わせになり、先程の過程での改善点などを話していた。
俺はその二人へと突き進み、少年の肩に手を置く。
「俺とも一戦してもらいたいのだが」
と強引に誘ってみれば、少年は驚きもせずに俺と副団長を交互に見た後、別の場所へと顔を向けた。
その視線の先にはマクシムがおり、彼が頷いたところで、少年も合意の返事をした。
「名は何という? 俺はフォルテスト・ノーブルスッドだ」
「アレクヴェールです」
「どこの出身だ? マクシムが師ということなら、ファルマージャン家か?」
「いえ、俺はリ……ファルマージャン家の従者ですが、出身は貴族の出じゃないです」
「そうか。俺は王族だが、お前の方が強いだろうが遠慮なく剣を奮え。俺ごと飛ばしてもかまわん」
「分かりました」
副団長から練習用の剣を受け取り、アレクと相対する。
副団長の、始め! という合図を皮切りに、俺達は剣を交わす。
アレクとの一戦はこれまでのどの相手よりも楽しいものだった。完全に夢中になりすぎて周りが見えなくなるほど。
しばらく打ち合った後、一歩下がったところを踏み込まれて、見事に剣を弾かれた。
これは完敗だと思ったのも束の間、その剣が令嬢二人へと向かって落下していた。
抱き合う二人に、周りの騎士が手を伸ばし庇う中、俺の目の前にいたはずのアレクが令嬢達の前に立ちその剣を薙ぎ払った。
その瞬間にアレクの本気はこの令嬢のどちらかのために出るものだと察した俺は、会話が聞こえるぐらいの距離に近付き、彼らのやりとりを注意深く見る。
令嬢たちに振り返ったアレクは抱き合って固まる彼女らのうち、黒髪の方へと手を伸ばした。彼女を支えるように腰へと手を回し、心配そうに顔を覗き込んでいる。
正面のピンクブロンドの髪の方へも目を向けてはいるが、あれは明らかに黒髪の方だな、と把握する。
そういえば、ファルマージャン家の令嬢は黒髪だったなと思い、あれがそうかと納得したところで、なんと令嬢二人がアレクを称賛し始めた。
黒髪の方は自分の従者であれば分からなくもない。しかし、ピンクブロンドの方は最初、驚きすぎて変な方向に興奮したのかと心配になったほどだ。
普通の令嬢であればこんなことはありえない。
剣を飛ばされ、怖い思いをさせた相手を褒めるなど。顔見知りのようだが、平民相手だ。怒りに任せて、クビを言い渡してもおかしくない。
しかし聞けば聞くほど、彼女はアレクを褒め、危険な思いをさせたと謝れば笑って許し、更に彼自身を認めるような言動を取る。
その姿に雷に撃たれたような衝撃が走った。この娘を逃すと後悔すると本能的に悟り、すぐに行動に移した。
自分の婚約者にと切望し、運良く婚約者の決まっていなかった相手を押しに押した。
彼女がメロディ・グラニエ侯爵令嬢だと知ったのは、婚約者になることを承諾してもらった後だったのだから、自分の余裕の無さが笑えてしまう。
彼女を婚約者にと母上に報告すれば、自分が茶会に招いたからだと恩着せがましく言われたが、確かにその通りではあるので礼は言った。
俺はメロディに惚れ込んだが、話を聞けばメロディの親友でアレクの主人であるシトリアもなかなかの変わり者だった。
いくら野犬に襲われるところを助けられたからといって、侯爵令嬢が薄汚れた格好をした野犬を素手で殴り倒すような相手を抱きしめられるだろうか。まぁ……普通ならばありえない。
俺も大概王族らしくないと言われるが、シトリアのそれも貴族令嬢らしくはない。
ただメロディがそんなシトリアとアレクを、自分にとってはなくてはならない存在だと言い切るのだから、この二人もメロディを裏切ることはない。
「シトリアとともに、俺がいない間はメロディのことも頼むぞ」
「分かってますよ。メロディに何かあればリアが悲しむ」
俺がそばにいられない際、メロディを託すのにアレク以上の適任者はいない。
強さ、判断力、そして何よりメロディに惚れない。
「そうだな。では、そろそろ休憩はここら辺にして、もう一戦いくぞ」
はい、と返事をして剣を構える。
こいつの前に立つと自然と血が沸き立つようだなと、俺は口角を上げた。