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これでよかったのかしら

 


「はっ、ここは…?」


 目線で見回しよく見れば二段ベッドの天井、つまり今私は一段目に寝かされているの様だ。左側の腹の辺りに僅かな重みと温もりを感じる。

 視線をそちらへ向けるとそこにはファレノの姿があった。祈りの途中で寝てしまったのかベッドにもたれ掛かる形で眠っていた。その肩には誰かが掛けてくれたのであろう毛布が掛かっていた。手にも温もりがあることから繋いだままなのだろう。


 起こすのが忍びなく暫くファレノの顔をじっと見る。すると薄暗がりのお陰か、彼の目の下の隈や唇のひび割れが見てとれた。


 私はどのくらい寝ていたのだろうか。こんなにも親友に負担をかけてしまって。この逃避癖も直したい所だ。


 もう夜が明ける時間のようでカーテンで囲まれたベッドの中も段々と明るくなってきた。今日、もう一度あの悪魔(クーヴェルト助祭)と話をしなければ。

 例え今日が無理でも明日でも明後日でもいい。兎に角一日でも早く話をして決着を着けないと。でもその前にファレノに私の事を話しておきたい。彼にとっては荒唐無稽だったであろうあの話をどう解釈したのかは分からないけれど。


 でも今は彼が目覚めるまでもう少し待っていよう。




 __________





 繋いでいた手に力が一瞬入り次いで断続的に緩やかに握られる。どうやら目が覚めたみたいだ。


「おはよう、ファレノ。」


 ファレノは緩慢な動作で起き上がるとその黒の瞳が私の瞳と合わされる。しばらく緩く瞬きを繰り返し彼の意識がはっきりした時、良かった、と一言洩らした。


 心配をかけたことを謝り、ファレノのお祈りで目が覚めた事の礼を伝えた。

 まだ朝も早い時間なのでもう一度、今度はファレノに横になって寝てほしくて、私の隣に来てもらうと二度寝を促した。やはり疲労が溜まっているのかファレノはすぐ眠りに落ちた。


 そうして私はこの後起きてからの事を考えながらファレノを抱き締めて再び眠った。






「お、お前ら、また」

「こら、駄目だって、静かにしなきゃ。よく寝てるんだもん寝かせてやりなよ。」


 人の話し声がする。これは、ベックとマーディンかな。私は半分微睡みながら話に耳を傾けていた。


「嫉妬は見苦しいぞベック。いい加減諦めろ。」

「違うわ!誰がこんな糞チビ」

「しーっ、静かにだよぉベックにいちゃん」


 おお、オリバー。優しくて賢いねぇ。


「どうやら僕たちが寝ている間にサニーの意識が戻ってたっぽいね。こんなにファレノにしがみついちゃって」

「相変わらずベタベタすんのな、こいつら。妹がサニーのこと子ヌヌコみたいって言ってたのが何か分かる気がするわ。」


 ふん?レオン先輩、妹いたんだ。子ヌヌコ、ってまさかレオナ先輩が妹?ああ思い返せば、見た目とか似てる気がする。あ、


「う、るさい。サニーに障ったら、どうするんだ」


 寝惚けて私の胸元で身動ぎしながらクレームを入れるファレノ。ちょっとは寝れたかな?

 そちらに目線をやると眉間に盛大に皺を寄せたファレノが片眼を薄く開けていた。私は両腕で緩く囲っていた彼を解放しつつ挨拶をした。


「おはようファレノ、おはようございます先輩方とオリバー」

「サニー!目が覚めたのぉ、良かったぁ!ファレノ、良かったねぇサニーがやっとお目覚めだよぉ!」


 オリバーが満面の笑みで寝癖の付いた頭のままファレノと私の間に突っ込んできて、その小さな両腕をいっぱいに広げて私達をまとめて抱き締めてくれた。可愛い。ただ、ファレノが若干苦しそうだ。おっと、


「夢じゃなかった。良かった、サニー。」


 今度はファレノが私とオリバーをまとめて抱き締め返した。

 三人だと狭いベッドの上でしばし団子になって体温を分け合う。幸せだな。これは失いたくない

 クーヴェルト助祭との話し合いがどう転がるか分からないけど、神様、私頑張ります。


「サニー、身体は大丈夫?動けるかい?後で院長先生にもご報告に上がらなきゃいけないな。しかし、目覚めて良かったよ。しばらく無理はしちゃ駄目だよ。」

「はい、ご心配おかけしてすみませんでした。ありがとうございます。マーディン先輩」


「けっ、虚弱野郎が、もっと鍛えろ。ひょろひょろしてっからしょっちゅう倒れんだよ!」

「あ、はい。ご忠告どうも、ベック」


「でも鍛えた方が良さそうなのは分かるな。ストレッチとランニングから始めるといいんじゃないか?」

「そうですね、様子を見て始めたいと思います。ありがとうございます。レオン先輩」


 何だかんだで皆に迷惑をかけてしまって、そんな自分が情けなく思いつつ喜びも感じてしまう。私もここの家の子、家族なんだなって。

 そう思えば思う程絶対に失いたくない気持ちが膨らむ。


「今日はゆっくりして、体力を取り戻そう。さあオリバー、朝の用意をしに行かないと。今日はお使いに行くんだろう?」

「そうだった!じゃあサニー、今日こそ一緒に寝ようねぇ」


 そう言うとオリバーは先輩方の後を追って朝の支度をする為に部屋を出て行った。

 そして、ファレノと部屋に二人きりになってどう会話を切り出そうか考えていたその時、私を後ろから抱えるようにして座り直した彼が聞いてくれるか、と前置きをし一呼吸おくと語り始めた。



「あの時な、サニーが一通りクーヴェルト助祭の話を聞いていた時だ、話の途中からどんどん顔色が悪くなっていって俺にもたれ掛かるようにしていたんだけどな、そのまま気を失ってしまって。

 冗談にしても気持ちのいい話じゃないし、クーヴェルト助祭にどういうつもりかと聞いてもはぐらかされるし。

 でも彼はそんな状態のサニーを渡せ、置いて帰れと言うし。その時の何ともおぞましい雰囲気で、彼の話は創作ではなく本当の事を言っていたんじゃないかって気がして、このままサニーを置いて帰る事は絶対に出来ないし離れてはいけないと思った。

 そんな時、サニーの背中が熱を持ってうっすらと光出したんだ。それにクーヴェルト助祭が一瞬怯んだ。

 そこで急いでサニーを背負って部屋を出たんだ。鍵は内側からなら開けることが出来たからな。で何とか聖堂まで出たところで追い付かれて揉めていた所に司祭様が帰ってこられたんだ。

 で、そのままクーヴェルト助祭をお任せしてここまで何とか帰って来れた。翌日から何度か彼はここを訪ねて来ていたみたいだけど、俺腹が立っててサニーはあなたのせいで倒れたと詰ったらとてもショックを受けた顔をして、それ以来まだ姿を見ていない。それが一昨日の話だ。サニーは三日と少し寝たままだったんだよ。」



 ファレノの足の間に座らされて、二人で毛布にくるまった体勢で後ろからゆっくり話した彼は話すにつれ緊張を滲ませていた。

 ああ、彼は話の真相を知りたいのだと思った。

 だから私は話すことにした。元から話そうとは思っていたからいい機会だ。私も緊張を覚えながらゆっくりと話し出した。



「前に、私が話せるときが来たら話すって言ってたと思うんだけど、今がその時だと思う。信じられないならそれでもいい。でも聞いてくれると嬉しい。


 私ね、ここに来る前は天界で天使をやっていたんだ。私が最初に所属したのは恋愛の神様の所で、その次に導きの神様の所で働いていた。でも私は昔から自分本意で勝手気儘にしていたものだから、翼を没収されてここに来たの。人間として生きて色々と学んでこいって言われて。

 それからファレノに出会って私は今までの自分を振り返ることが出来た。その有り様はとても酷くて恥ずかしかった。私が仕事と思ってやっていたことは人の幸せを壊すような事ばかりだった。

 これが今までの私。

 それで今回の騒動の原因も私。恋愛の神様の所にいた時に好奇心の赴くままに行動し、禁足地に足を踏み入れ消滅を望んでいた悪魔をそれとは知らずに助けてしまった。

 その悪魔は最初は黒い丸い毛玉みたいな見た目で可愛かったんだ。魔物の赤ちゃんか何かかと思った。ところがそれは魔界の領域に入った途端に膨らんで、破裂したと思ったら大きな大人の悪魔の姿になった。


 私は自分がやったことが恐ろしくなりそれを当時の神様(上司)にも誰にも伝えずに放置した。

 そして今回知った事だけれどその時の事が原因で何故か執着された結果、村三つ分の村人が犠牲になった。

 私がクーヴェルト助祭を恐れていたのはね、私から見た助祭の姿が、瞳の色と髪の色があの時の大人の悪魔のそれと同じだったから。

 何故教会(こんなところ)にいるんだって。」


 言っている内に声が、身体が、震えてきた。いざ口に出すと自分がやった事の罪深さに吐き気を覚えた。ファレノが何も知らずに頑張って癒してくれていた私はこんなにも酷い事をしていたのだ。


「ここに来て最初に神様に呼ばれた時は夢を見ていると思っていたのだけど、現実で、たまに事情聴取のように天界に呼び出される事もあった。でもそうなると場合によって眠り続けてしまうみたいで、前に寝込んだときがそれで。でも今回は、別で。

 私は突然突き付けられたあまりにも重い罪に現実逃避をして天界に引きこもった。

 でもそうしているとね、ファレノの祈りで来てくださった治癒の神様にすごく怒られたの。私の可愛い子に心配をかけるなって。逃げずに悪魔に取り込まれた魂を助ける事を考えろって。

 それで目が覚めた。私にいつも真摯に向き合ってくれたファレノに何も話さずに、自分の罪に向き合わずに逃げていたらいけないって。だから戻ってきた。今まで、色々と黙っていて本当にごめんなさい。」



 私の長い自分語りにじっと耳を傾けてくれていた彼の反応は怖かったが全部話した。

 沈黙の時間が永遠にも感じられたとき廊下の方から皆が戻ってくる賑やかな話し声が聞こえて来た。


「サニー、また後で二人になったときに話そう。」


 とファレノは短くそう言うと慎重に私から身を離しベッドから出ると皆と入れ違うようにして部屋を出て行った。

 私は血の気が引いていくのが分かったがどうしようもない。

 自分のしてきた事の結果だ。どう転がるも腹を括らなければ。

 それからどうにも座っているのが辛くて横になり毛布を頭から被ると滲んだ涙を拭った。




「あれ、こいつまた寝てんのかよ。脳ミソ溶けるぞチビ」

「あーあ、ベックはまたそんな風に言う。心配してるなら素直にそう言いなよ。」

「うるせえ!ほっとけ」

「そうだよ。それにまだ本調子じゃないんだよ、そっとしておこう。サニー、何か欲しいものとかやってほしいことがあったらファレノに言うんだよ。今日も付き添ってくれるからね。それと、サニーのご飯は後で彼が持ってきてくれるから、食べられそうなら食べてね。」

「サニー、大丈夫?早く元気になってねぇ」


 毛布を被ったままで暫し黙っていると、マーディン先輩は何かを察してくれたのか、それぞれに話しを振って今日は何をやるかなどの話をしてからそのまま皆連れ立って部屋を出て言った。


 詰めていた息を吐くと忘れ物があったのか足音をたてて誰かが部屋に戻ってきた。

 しばらく室内をうろうろしている気配があり、私の寝ているベッドが軋む音がした。

 私は壁の方を向いていたので誰が何をするつもりなのか少し不思議に思っていると、小さな呟き声が聞こえてきた。


「早く元気になれよ、サニー」


 ベックだった。

 彼はそんな意外な一言を私に投げ掛け私の肩の辺りを一撫ですると気が済んだのか、今度は静かに部屋を出ていった。

 彼にまで気を使われるとは何だか非常に居たたまれない。

 毛布から顔を出して暫しぼうっとしていると再び扉の開く音が聞こえた。

 ファレノが戻ってきたのだと思い、少し緊張しながら身を起こすと部屋の入り口へと目をやった。



 そこにいたのはクーヴェルト助祭だった。



 絶句した。

 ファレノは?思えば戻ってくるにしても遅くはないか、まさか。

 血の気が引き頭が真っ白のなって何も考えられない。

 いや、しかし、ここでまた逃げるわけには行かない。ファレノの身の安全の確認を先ずはしなければ。それも刺激しないように然り気無く、だ。


 クーヴェルト助祭はゆっくりと室内に入りながら言う。


「やあ、サニー。どうにも私は君を困らせてばかりで悪いネ。どうしても直接伝えたくて、来てしまったヨ。」


 私は震える両手できつく毛布を握り締めながら彼の様子を伺う。彼は優雅に歩き私の元まで歩くとベッドに腰掛け嬉しそうに言葉を紡ぐ。


「ああ、見れば見る程に美しい。その警戒している様子も実に愛らしいデス。けれども私としてはあなたにはもっと笑っていて欲しいのですけどネ。」


「すみませんクーヴェルト助祭。所でこの部屋に来るまでの間にファレノを見掛けませんでしたか?ご飯を持ってきてくれるらしいのですが一寸前に部屋を出て、まだ戻ってこないのですけれど。」


 私は思い切って口にした。あくまでもご飯を取りに行ってくれてるのを待ってる体で、自然に知りませんか?と聞くような感じで。ごくり


「さて。食事を取りに行ったのならば食堂に居るのではないですカ?」


 ぬう、これは知っているけどはぐらかされているのか本当に知らないのか、どっち?


「あの、部屋を出てから大分と時間が経っていて、」


 不意にクーヴェルト助祭がこちらへと手を伸ばしてきて意図せず身体が跳ねる。

 ゆっくりと差し出されるそれは避けようとすれば出来ただろう。しかし何故だろう、動けない。

 まるでニョロに睨まれたゲロンの様だ。


 瞳を逸らすことすら出来ずにいれば、頬を撫でるように手が触れそのまま首へと降りていく。

 毛布の下は肌着だ。

 首へと降りた手は更に下へと向かい、毛布の合わせ目を割り私の心臓の上までくると鼓動を確かめるようにそこで動きを止めた。


「は、な」


 私の口からは意味のない言葉が漏れでる。


「凄い勢いで動いています。やはり、私が恐ろしいですカ?悪魔だから」


 視線を合わしたままそう問う彼の赤い瞳の奥に寂しさや悲しみといった感情が見えた気がした。

 そう言えば彼は私が寝ている間、訪ねて来ていたと聞いた。そして、こうなった原因は彼にあると言われてショックを受けていたって。


「正直に、言うと、恐ろしくて仕方ありません。それはあなたが悪魔だから、だったから、というのもありますが、大勢の人間を手にかけ、その身に取り込んだという事が恐ろしい、のです。」

「そうだね、しかしそうしなければ私は死んでしまっていたからネ。」


 だから仕方がないと言わんばかりに述べる彼が、人間の命を軽く見ている彼が恐ろしい。

 しかしこの話の流れなら聞けるかもしれない。


「あの、あなたが取り込んだ人間の魂は、まだあなたの中に残っていますか?」

「うん?そうだネ。いくらかは無傷で、いざという時の為に取っていますけれど」


 彼は眼を細めながらそう言うと、私の言いたいことなどお見通しと言わんばかりに言葉を続けた。


「あなたが解放を望むのであれば、それを叶えることは吝かではありまセン。しかし、それでは私があなたの側に居続けることはいずれ出来なくなるでショウ。そうなれば全てが無駄になる。ですので、あなたがそれに代わるものを私に与えると言うのならば、可能でしょうネ」

「そ、れは、私の魂と引き換え、という事でしょうか」


 緊張に身を固くしていた私が導きだしたその答えは考えうる最悪の形であり、それと同時に懸念が胸に押し寄せる。それでどれ程の魂が解放されるかは分からないが、しかし、しかし、私は簡単に自分のそれを差し出すことは出来ない。考えが堂々巡りする。


 その時、私の胸元に置かれていた掌が脇腹へ回されそのままの勢いで背へと伸び次の瞬間には私はクーヴェルト助祭の腕の中にいた。

 後ろからすっぽりと包み込まれた私は目を白黒させていると毛布から露になった胸元から下半身にかけてクーヴェルト助祭の手が滑り落ちていく。


「あなたの魂を手に入れたとして、私と一体になってしまうとそれは私の理想とはかけ離れたものになってしまいマス。ですので、あなたの魂を丸々頂くのは私の本意ではありません。

 私は本当はあなたと子を成せれば良いと、夫婦(めおと)になり寄り添って生きてみたいと思っていまシタ。それはとても幸せで甘美な事のように思えたからデス。しかし、残念ながらそれは叶いそうもありまセン。」

「う、わっ」


 反射的に下半身に伸びるクーヴェルト助祭の手を両手で握りその侵攻を防ごうとするも止まらない。

 そのままそれに添えられ緩く撫でられる。


「しかし、私はどういった形でもあなたと共にありたい。

 そこであなたと私の願い両方を叶える為に、提案があります。

 私は淫魔の類いではなかったのでこちらの方から力を頂くのは得意ではありませんが、ここから(いずる)ものは生命(いのち)の源とも言えるものですのでゆくゆくは、成長したらと言っておきましょうかネ、こちらから()()()()()()()()()()ことで余力の確保をさせてもらいマス。それまでは、そうですね、この美しい髪や魂の一部を頂ければ村人達の魂は解放しても良いでショウ。いかがデス?」

「本当ですか、それで、本当に村人達の、魂が救えるのですか?」

「ええ、準備に少し時間が必要ですが可能デス。私も多少無理はしますがそれくらいは飲みマス。あなたとこれからを共にあれるのならば、惜しくありませン。」


 興奮に声を弾ませ語る彼の声に嘘はないと思えた。

 しかしこれで彼を信じてしまうのは危ういことだろうとも思う。一部とはいえ自分の魂も持っていかれるのだ。しかし、全部じゃない。この人生を全うするくらいは残るだろう。何せ彼は私と共にあることが願いだと言うのだ。それならば直ぐに死ぬことにはならないし、ファレノとの生活も捨てなくて済み、村人達の魂も解放される。


「一つ確認させて欲しいのですが、村人達の魂は、あなたの中に残されている分全てが解放されるという事でいいんですね?」

「ええ、本来は魔術を完成させる為に多少は必要ですが、それは私の核から力を捻出しまショウ。あなたはこれ以上村人の魂を消費する事を望んでいないでしょうからネ。特別デス。」


 それならば、良いだろうか。継続的に私から何かを提供しなければならないようだが、それ以外は無理なことを要求されている訳じゃない。失った村人の魂達への贖罪になるかは分からないが、現状出来る償いは彼に囚われた魂の解放なのだ。

 ならばもう答えは一つしかない。


「では、私からは魂の一部と髪、成長後月に一度、継続的に力をあなたに与える。あなたは、あなたの中に残っているすべての村人達の魂を解放する。という事でお願いします。」


 クーヴェルト助祭の方を振り返り瞳を見ながら確認する。

 表情の乏しい彼は相変わらずその顔に変化は見られないが、その赤の瞳の奥には確かに歓喜の色があった。


「それでは、契約締結(やくそく)ですネ。私は暫く教会から離れますが準備が整いましたら必ずあなたの元に戻りマス。」


 次に会うときが楽しみデスと言い残しクーヴェルト助祭は静かに部屋を出ていった。


 暫く扉見詰めて呆けていれば再び音を立ててそれは開かれた。ファレノだ。

 ファレノも扉を開けてこちらを見て呆然としていた。


 私は先程ファレノが部屋を出ていったときの事を思い、気まずかったがその手にトレイがあることに気付き本当にご飯を取りに行ってくれていたと知った。

 しかし、なかなか中に入ってこない彼の様子がおかしくて心配になりベッドから出ると彼の元へと向かった。

 その時自身に違和感を覚えた。いやに頭が軽い。


 ファレノの前へと立つと彼も私の頭を見ていた事に気付いた。

 その視線に促されるように何気なくそこへ手を伸ばすと、うん、短い。

 尻まで長さのあった髪の毛が顎の下辺りまで短くなっていた。え、クーヴェルト助祭、私の髪の毛って前払いだったの?それは聞いてない。


「サ、サニー、髪の毛どうした?いや、ちょっと待て。一旦落ち着きたい、座ろう。」


 ファレノは早口にそう言うと窓際の机に向かって一直線に歩いて行きトレイをそこへと乱暴な音を立てて置いた。

 ファレノはまだ部屋の入り口で佇んでいた私に向かい勢いよく歩いてくるとそのまま手を引きベッドへと押し付けるように座らせた。

 そして私の両肩を掴むと繰り返し深呼吸をしだした。


「ファ、ファレノ、大丈夫?」

「おま、サニー、また何か暴走したな?今度は何をした?」


 あ、これは駄目なやつだ。ファレノの目が座ってらっしゃる。


「包み隠さず正直に言え。俺に言ったところでどうなるものでもないんだろうけど、今日ならどんなことでも受け入れられそうだ。さあ。」


 早く言えと迫る目が怖い。でも受け入れてくれるつもりなのだと思うと申し訳ないけれど嬉しくて、一から十まで包み隠さず何が起きたかを正直に喋った。



 結果、ファレノがベッドに撃沈してしまった。



「小さい子にそんな風に触るな変態セクハラ糞野郎っていや、サニー本人ももっと危機感を持てって話だけどってか魂の一部って何、んで成長後何を捧げるかわかってんのか?わかってないんだろうなぁ、はぁ~あの糞悪魔、絶対分かってないのを分かっててやったな。しかもちゃっかり継続的にだと?ふざけやがって…」


 等々くぐもった声が呪詛のように聞こえてくる。何か大変な物を差し出さないといけないんだろうか、とひやりとした。成長したら某かの力が手に入りそれをどうにかして渡すものだと思っていたんだけど。どうしよう。

 ファレノに持ってきてもらったパン粥を椅子に座って食べながら彼の様子を伺いながらそう思う。


 軽くなった頭は実は快適なのだけれど呪詛の内容にそれも含まれていたので、ファレノにとっては惜しむものだったようだ。

 もしかしたら今夜の報告の時神様にも怒られたりするのだろうか。でもあれ以上のいい条件で魂の引き渡し方法があっただろうか。うーん。


「サニー」


 ファレノの考えが纏まったのか、はっきりとした声で名を呼ばれた。食べ終わった食器を机に戻し彼の元へと行く。


「はい、何でしょうか」

「何で敬語なんだよ。サニー、今度あの悪魔に何か話を持ちかけられたらその場で決めずに神様と相談してから答えるようにした方がいい。神様へは直ぐに無理ってときは司祭様でも俺でもいい。兎に角誰かに相談してから答えないとこの先サニーの本意ではない、無体を強いられる事になるかもしれない。もっと自分の事を大事にして欲しいんだ。」


 今回のことだと魂の一部や成長後の取り引きの事が要相談事項だと言われた。


「そもそもあのク、悪魔もやり方が嫌らしい。流石のやり口だなって思ったよ。ほんの五分程の隙を突くなんてな。」

「え、五分程だった?もっと長い時間、ずっとファレノが戻ってこないからもしかして何かされたんじゃないかって、心配していたんだけど…」

「何らかの術でもかけられたのかも知れないな。何にしても油断できない相手だ。サニーもよくよく気を付けて、次に神様に会うことがあれば聖痕のあの光の発動の仕方でも教えてもらえば一時的にでも追い払えるようになるんじゃないか?」


 それはそうだと素直に思い、頷くと覚えておくことにした。

 それからちょっと信じかけていたクーヴェルト助祭を警戒対象に戻したり、ファレノと一緒に司祭様に話を通しに行ったり、その日の夜に神様への報告をした直後に呼び出されお叱りを受けたり聖痕の事を聞いたりした。



 それからは何もない平和な日々が続き一週間後、教会の方ではクーヴェルト助祭が一時帰郷した事になっていた。







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