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悪魔の話を聞きました

 まだ昼には早い時間。孤児院の外に出れば教会に続く小道に沿って立つ背の高い木や手入れをされた低木が、緩やかに高くなる日に照らされ気持ち良さそうに揺れている。

 こんな状況じゃなければピクニックにでも行きたいくらい心地好い爽やかな午前。


 だというのに、土を踏みしめる音が耳に付き、心なしか教会までの距離がいつもより遠く感じる。

 ファレノも私も無言でクーヴェルト助祭の後ろを付いて歩いているが本当は逃げ出したくて堪らない。


 『クーヴェルト助祭は孤児院の前にいた』と子供達が言っていたけれど一体何をしに来たのだろうか。

 本当に私に会いに来たとでも言うのだろうか。だとしたら恐いから止めて欲しい。

 もし子供達が連れてきたのではなく、私達が孤児院を出た瞬間に表でばったりと遭遇していたら私は驚きのあまり失神していたと思う。


 ファレノと手を繋いでいるから何とか逃げ出さずに正気を保っていられるが、緊張からか手汗が酷い。

 それにも構わずしっかりと手を繋ぎ続けてくれるファレノの存在がとても心強い。


 クーヴェルト助祭は教会の裏側から表には回らずに、脇道に逸れて少し行った場所にひっそりとあった扉に鍵を挿し開くと私達を中へと通した。

 この間ずっと無言である。怖い。


 扉を潜るとそこはどうやら祭壇の近くの通路であるようだった。

 後ろで鍵を締める音がする。こんな近道があったのかと回りに目をやっているとそこから更に上へと続く幅の狭い階段を上がるよう促された。


 教会は入り口のホールから聖堂部分は吹き抜けになっており、下から見上げたときは左右に通路が見えていたのでどこかから上に上がれるのだろうとは思っていたがこの階段から行くようだ。


 再びクーヴェルト助祭が先頭に立ち階段を上っていく。先程とは違い初めて立ち入る場所に少しの興奮を覚え、ちょっとだけ好奇心が刺激される。そんな私の様子に気付いたのか振り向いたファレノに呆れの混じった視線を投げられた。何故分かったの?


 気を引き締め直して階段を上りきると下から見えていた通路へと出た。

 通路の端には扉が付いておりクーヴェルト助祭は再び鍵を取り出し開けると今度は私達に先に進むよう示した。

 大人しく進むと今度は梯子が現れた。後ろからは扉の鍵を締める音。これはもう逃げる様な事態になっても逃げられないのでは?


 ワンチャン背中の聖痕が良い仕事をしてくれる可能性もあるけれど。神様、私はともかくファレノは絶対にお守りください。こんなことに巻き込んでしまって後悔の波が背後から大波となって迫り呑み込まれてしまいそうだ。


 まるで悪魔の生け贄に捧げられるメメェになった気分で梯子を登ると屋根裏に出た。

 そこは何ヵ所かで仕切られて建物の左右に振り分けられた部屋がいくつかあり、その内の一つに案内された。


 その部屋は個人の部屋の様に見えた。


 ベッドが一台とその足元にチェストが一台。窓際に机と椅子が一脚、机の上にはランプが一つ。


 鍵を閉める音がし静かにクーヴェルト助祭は室内を奥へ進むと椅子へと腰を掛けた。


「君達ハそこニ座ると良イ。」


 そう言われこのまま立っていても落ち着いて話も出来ないと思い、二人で隣り合ってベッドへと座ると助祭は満足そうに微笑んだ。

 私はここまで気を張っていたからか座った途端に疲れが溢れだしそのまま寝転びたくなった。

 と、その時隣に座ったファレノの手に力が入ったのがわかった。


「ここはクーヴェルト助祭のお部屋なのですか?サニーに用があると孤児院の前で子供達に言ったそうですが、一体どんな用があると言うのでしょうか。」


 と私も気になっていたことを聞くファレノ。しかし彼らしくなく少し緊張しているようだった。きつく握られた手に私も少し力を入れて握り返すと彼はハッとした顔をして一瞬こちらを見た。

 少し見詰めあうと力の緩められた手を、今度はこちらが力を込めて握る。


 そんな私達の様子を観察するように眺めていた助祭は優雅に足を組むと、顎を撫でながら語り出した。


「そうデスね、用、と言いますカ、最終的ナ目的を言うならば私はサニーと生涯離れることなく共に生きていきたいと思っていマス。

 訳を話せバ長くなりマスが、私ハあの時、私を救ったあなたニ私の存在すべてヲ捧げ、共に在りタイと望みマシタ。」


 語らせて頂けるのならお話しましょう。聞いてもらえますか、私の告白を。と静かな口調で私の()を見詰めてクーヴェルト助祭は喋り始めた。





「ある日、私は永遠と生き続けることに、存在し続けることに嫌気が差し、全てを巻き込んで私諸共魔界を消滅させる目的で天界と戦争を始めました。


 今にして思えばとても傲慢な考えでした。ちょっと恥ずかしいですね。


 しかしどれだけ戦おうとも誰も私を消滅させられない。

 初めは少しだけ楽しかった戦争(やり取り)も次第に飽き、私は己の力を半分に分けると、それで分身を作り悪魔王の座に付け私は座を退き、その事を知るものを片っ端から消滅させて(殺して)まわりました。


 私は私の事を知る誰にも干渉されず静かに消滅したかったのです。


 ですが仲間を消滅させ(ころし)過ぎた影響もあったのでしょう、戦争は当然のことですが劣勢となりました。

 しかし私達(悪魔)を滅ぼす気は無かったらしい天界とはそのまま冷戦状態になりました。


 刺激のないぬるま湯のような日々が帰ってきました。

 その頃には私は自ら消滅しようとする気力も無くなり脱け殻状態になりました。

 それからどのくらいの時が経ったのか、その間どの様に過ごしていたのかもはっきりと覚えていませんが、ふと()()()()()()()()だと思い立ち、その気持ちのままねぐらを出ました。

 その頃には私が元悪魔王だと知る者はおりませんでしたので、自由に動けました。


 そしてあなたと出会ったあの場所に一人で行き、久し振りに味わう身体中を破壊されていく、存在を否定され消滅させる痛みと苦しみを味わい束の間生きている実感を楽しみました。

 弱りきった私はあと幾ばくかあの場所に居れば完全に消滅していたと思います。


 そこにあなたが現れたのです。その如何にも生を謳歌しているといった様子は私にはとても眩しかった。

 その美しい金の瞳は下界にある太陽にも例えられる様な輝きを放っていました。

 いえ、瞳だけでなく存在そのものが輝いていました。

 私は最期に美しいものが見れて大満足でした。


 その時焼ける様な衝撃が、静かに消滅しようとしていた私の身に降りかかり(与えられ)ました。

 天界に自生する聖なる木の棒で殴られたのだと吹き飛びながら理解しました。

 あんな虫も殺さぬ様な顔をしておいて消滅しかけの悪魔に止めを刺すとは幼子だというのにその天使の使命に忠実な行動は本当に素晴らしいと思いました。

 存在の美しさも然る事乍ら、こうして天使としての仕事も幼いながらに全うしようとする健気な姿に胸を打たれました。あ、実際に打た(殴ら)れたのは顔でしたがね。ここ笑う所ですよ。


 しかし私は運悪く魔界側まで飛ばされてしまい、吸うつもりもなかった瘴気を一気に吸いある程度回復してしまいました。

 その様子を余すことなく見ていたあなたは私の変態に驚き目を真ん丸にさせていましたね。その時初めて私の胸に可愛いと思う感性、感情が芽生えました。いえ、今にして思えば健気さに胸を打たれたことも初めてでした。


 そして私達は暫く見詰め合い、それにより私はあなたという存在の魂を把握しました。

 どこにいても解るようになるには魂の把握は必須でしたので。


 しかしあなたは天使、私は悪魔。そのままでは寄り添うことは出来ません。あなたの性質上、悪魔には転化出来ないことは既に解っていました。

 ですが、私もどうやっても天使にも神にもなれません。

 ならば私が人間になれば良いのだと思い、そして私は人間にならなれるという確信がありました。


 私が決意を固めていると、あなたは私に笑顔で話かけてくれました。天使から消滅させようとしてくることはあっても、笑顔を向けられたのは初めてでした。

 先程は消滅の手助けをしたというのに、幼さ故の気紛れでしょうか。今度は優しい態度を取り私の心を乱すのです。思えば私はこんなにも心を乱された事もありませんでした。


 私はあなたと出会ってから時が経っていないというのに、あなたは私に初めての経験をいくつもいくつもさせたのです。

 途端に生きる事が楽しく感じられるようになりました。あなたと共に居ればこの生が続く限り飽きることはないだろう事を知りました。


 あなたは最後まで優しく私の事を気遣っていました。」


 どこか恍惚とした表情でそこまで一息で喋るクーヴェルト助祭の言葉が、本当に、一ミリも私には理解できなかった。

 しかし流暢に話していたのは分かった。いつもの片言風の喋りはキャラ付けの為だったのだろうか。一瞬変なことが頭を過った。だが相当呆けていた自覚がある。

 ファレノの様子を窺うことすら完全に頭から消え去り襲いくる怒涛の言葉の数々に途中からは完全に白目を剥いていたと思う。


 この告白にはまだ続きがあるのだ。


「それからの私は魔方陣の研究に没頭しました。何せ悪魔から人間になる、それも私が私という自我を保ったままでならないと意味がない。人間に憑依する形では神や天使に見抜かれ共にいる事を邪魔をされてしまうと思いましたし、そもそもあなたと縁が深いと思われる下界に於いての神域である教会や聖地に立ち入れません。


 頻繁に魔界から下界に係わることで神に目を付けられる訳にもいきませんし、細心の注意を払い実験もしました。あなたとの生活を夢想して行う試行錯誤の日々はとても楽しく充実していました。


 そしてある時突破口を見つけ、最終的にどうなるかは賭けでしたが一か八かで完成した魔方陣を発動させたのです。

 回りの実験体は爆発四散し、私の体も陣の中で消し墨になるのが分かりました。そうして私の実験は失敗し私自身も消滅したと思いました。


 しかしそれならそれで良かった。あなたと共に生きるという目標のための失敗の結果なら、あなたの為に消滅したとも言える気がしたので。ちょっと強引ですかね。恥ずかしいです。


 でも私は消滅することなく次に目が覚めた時には、温かな水の中に転移していました。

 しかし種のような状態の私は身体も機能も性能もまともな状態ではありませんでした。作り出した身体の保管場所として肉体が環境に適合するのか不明でしたから人の身の中を選んでいたのですがそれで正解だった様です。

 しばらくはここである程度人間の身体に成長するまで過ごすことにしました。


 肉体生成中には何故かいた人間の魂と同居する形を取っていましたが、私も身体が出来てくるとお腹が空いてきたのでとりあえずその魂を頂くことにしました。

 人間の魂など食べるのは戦争前ぶりでしたので非常に美味だったと思います。

 その時ふいに天使の気配がしたので私の存在が気付かれたのかと思いましたが、しかしそれは気のせいでした。

 暫く何人かの天使が彷徨(うろつ)いていましたが皆私の存在に気付かずに帰っていきました。

 きっと私の核が成長した人間の肉に覆われ、気配が遮断されたのだと思いました。


 それから少しして私は外に出ることにしました。人間としての機能もある程度整いましたので。

 そしていよいよ外へと出ました。しかしそこは私にとっては毒となる環境でした。瘴気が全く無かったのです。思えば当たり前の事でしたが。私の核にしていた魔物の魔石には力を十全に振るう為には瘴気が必要でしたので少し焦りました。

 仕方がないのでその地にいた人間の魂と肉体を頂いて瘴気の代わりとして力に変えることにしました。


 しかし、その場にいる人間の数だけでは少々心許なかったので少し身体を成長させ人間の沢山居そうな場所を探し、二箇所で同じ方法を取り瘴気なしで暫く生きて行ける力を得ました。



 しかし私も折角人間となったのですから同族は食べたくないと思うようになり、己の肉体を改造、改善しその時以来現在まで人間は食べておりません。

 代わりに食事と言う本来の人間が生きるために必要な手段でもって生きれるようになったのです。


 それから天使に近付くには聖職者になるのが良いと思い修道院に通い助祭となったとき、あなたと初めて会った時のような直感が閃きました。

 それから移動願いを出し何年か経ちましたがこの度漸くそれが叶い、移動して早々にあなたと再開出来ました。

 しかもあなたも人間となっていたのです。こうなれば私達が一緒になるのは最早必然ですよね。


 書庫の前、あの頃の面影を残したあなたは一目見て分かりました。

 差し出した私の手にあなたが触れたとき、感動に心が震えました。触れ合っても互いに悪影響を与えんないのです。もう一時も離れたくないと思いました。

 そしてあの時あなたも気付いていましたね。私があの時の悪魔だと。


 私の容姿はあなたの魂に反応しあなたの瞳にだけ元の姿で映るのです。

 しかしあなたは随分と虚弱な肉体をお持ちのようで度々具合を悪くされていますよね。やはり男の子は幼い頃は虚弱な者が多いと聞きますし、そういうことなのでしょうね。


 そうそう、私あなたに再開したときあまりの可憐さに女の子だと思っていたのですが、確認のために付けた力の珠を使い確認したところ男性器が付いていたので驚きました。

 あなたと子を成すことが出来ないのは些か残念ではありますが、最期の時まで二人きりで楽しく過ごすのも悪くないと思いました。ええ。


 私はあなたが男性だろうが女性だろうが一生を添い遂げると決めていますので、これから宜しくお願いしますね。」


 クーヴェルト助祭は満足するまで喋ったのかその場に沈黙が落ちた。

 私は耳が遠くなった感覚に襲われて平衡感覚が怪しくなり完全にファレノの肩口に頭を預けてもたれ掛かかりぼんやりとしていた。

 考えまいとは思うが、村が、そこで暮らす人々が消えたのは、私のせい、私がふらふら遊びに行ってこの悪魔を気紛れに助けたから、何百という人間が犠牲になったというの、私の、


「今言っていたことは本当ですか?創作だとしても趣味が良いとは思えませんが」

「ファレノにどう思って頂いても構いませんが、私がここにいてサニーがここにいる。それが、全てです。」


 か、神様ーーーーーー!







 __________




「正直参った。お前からの報告を読み今晩にでも呼び出そうと思った矢先にこうなるとはな。」


 いつの間に呼ばれたのか、ここはいつもの魂センター謁見広間で私は神様の前だというのに跪く事すらせずに膝を抱えて座っていた。

 何も考えたくない。私こそもう消滅させて欲しい。魂を八つ裂きにされる位ではとても償やしない。


「実は途中から見ていたのだ、お前の()を通してな。恐らくあちらも気付いていた。まさかあの悪魔が元悪魔王で、歪とはいえ人間になっていたとは思いもしなかった。すまない。」


 神様に落ち度はない。私が余計なことをした結果だ。あの悪魔の言ってた事が本当なら私と遭遇した時彼は消滅を望み、そして叶える寸前だった。私が手を出さなければ、彼は願いを成就し、村人は今も平和に人生を謳歌していたはずであったのだ。

 そんな事実が私を責め立てる。


「全く、あなたらしくないわね、うじうじと。取り込まれた魂を救い出す方法を考えもせずに、傷心した自己に酔い、逃げるつもり?少しは小鳥よりも小ちゃいけど無いよりはマシな頭で考えなさい。」


 軽やかなヒールの音を立てて現れたのは治癒の神様。何故治癒の神様がここに?


「あなたの側で私の可愛い子が祈っているのよ、ずっとね。あの子は悪魔の住処から司祭を使ってあなたを何とか孤児院まで連れて帰ったのよ。あなたはあれから目覚めるのを拒否する様に眠ったままであの子の心に相当な負担と心配を掛け続けている。本当、良いわよね、嫌な事があったからって呑気にふて寝出来る人は。」


 ファレノ、ごめん。無駄に祈らせて、心配をかけて。私はもう目を覚さない方が世の中の為には良いのかもしれない。と、思い始めていたところに辛辣な言葉が心に刺さり少し目が覚めた。

 そして先程の治癒の神様の言葉に引っ掛かりを覚えたのだ。


「悪魔に取り込まれた魂を救い出す事が出来るのですか?」

「そうね、可能だと思うわよ。あの悪魔は魔物の魔石を核にしてるって言っていたのよね。魔石からも生命力に似た力は出ているでしょうからそれを使えるように補助として人の魂を使ったんだとしたら、村三つで総勢六百八十二名の魂なんてまだ使い切れる量じゃないと思うの。

 悪魔が肉体を得てまだ数十年でしょうし。普段は食事を力に変換出来るようになったのよね?」

「そうだな、その可能性はある。問題はどうやって救いだすか、だな。あの悪魔はお前に妙な夢を見ている節がある。それに尋常じゃない執着心を持っている様だから案外お前が生涯を共にする代わりに可能な限り魂を解放するように求めると応えてくれるかもしれんな。」

「あんた、突然馬鹿なこと言うんじゃないわよ!それではこの子を悪魔に捧げるような物じゃない。もっと真面目に考えなさい!」

「分かってる分かってる、冗談だ。私もこいつを見捨てる気はない。」


 神様が冗談めかして仰ったそれは私にとってはとても良いアイデアに思えた。

 出来るだけ囚われている魂をこちらへ解放してその代わりに私が悪魔と生涯を共にする。

 これで少しでも消滅してしまった魂へ、人生を不当に奪われた魂への贖罪になることを願う。


 さあ、救える可能性があるのなら、こんなところで不貞腐れている場合じゃない。


 早く目覚めて話を着けなきゃ。






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