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食い意地が張っていたらしい

 さて、無事に用を足した私は元の部屋へと戻ると院長先生に背中の具合を診てもらっていた。

 皮膚に残された肉の盛り上がりや引き攣った痕は、今後も定期的に治癒の祈りを捧げれば成長と共に綺麗な状態に戻るだろうとのことだった。


 そして今日は昼過ぎに教会を訪れるように言われた。

 今の私は名前も年齢もはっきりとしないので、洗礼を受けた事があるのかを確認したいそうだ。


 洗礼は通常身寄りのない孤児でも出生記録簿から神官に情報が行き、教会前で告知され年に一度、子供が七歳になる年に執り行われることになっている。そして洗礼を受けることにより神々から加護が与えられる。


 従って、私も加護が与えられていれば少なくとも七歳以上であることの証明になり両親がいなくても加護を与えた神の名において孤児でもその地で住民登録や身分証明書の発行が行える、ということらしい。

 因みに出生記録簿は赤子が産まれればその地にある教会で保管されている記録紙に自動的に『誰と誰の子、何時、何処にて誕生』と一行、記されるそうだ。


 それを聞いて、そういえばそういう仕事の部署もあったと思い出す。

 誕生の神様の元に配属された天使は担当の夫婦が割り当てられ、新しい命が誕生するまでを見守り無事に産まれるとそれを記録するのだ。途中で魂と肉体が分離してしまった場合は魂の案内人がその魂を迎えに行き、神界の魂センターへと運ぶ。腹の中に残った肉体は産み出されても記録簿には記されない。

 人間社会を影で支える数多ある天使の仕事の一つである。


 話を元に戻そう。


 私は治癒の祈りの効果の大きさからいって、まず何らかの神の加護は受けている筈だと言われた。

 加護されていると言うことは、日々の祈りで神と人の間に道が出来ている状態になり願いが聞き届けられやすくなる。

 私の場合は加護が付いているとすればコネ的なアレで元上司、導きの神様の加護だったりするのだろうか。

 院長先生は、私の頭を優しく一撫でするとファレノに施設内の案内をするよう言うと教会へと向かわれた。礼拝の時間が近いらしい。忙しい時にお手間を取らせてすみません。


 そして部屋に残されたファレノは私に着替えを渡してきた。そう、ここまで私はずっと寝巻き姿だったのだ。


「これに着替えたらさっきの包みを持って出ておいで。背中、院長に診てもらって問題もない様だし一緒に食堂で食べよう。じゃあ、部屋の外で待ってる。」


 と言うと彼は部屋を出て行った。


 静かになった部屋に一人。

 昨日からの怒濤の展開に正直心身ともに疲れていたが、それでも居場所が確保出来、親友確定の人物に出会えたことで高揚した気分がそれを上回る。


 手元の服へと視線を落とし、広げて見ればそれはファレノも着ていたような濃い灰色の丈の長い服だった。きっと汚れが目立たない色なんだろうなと思いつつ、そっとベッドの上に置いて着替えを始める。


 寝巻きとして着せられていたものは肌着としてそのまま着ておき、下着が着替えの服と一緒に渡されていたので先ずはそれを履く。それは太腿までの丈のズロースだった。ずり落ちないように腰のところを紐で結ぶ。

 そう私、実はこれを履くまでずっとノーパンだった。

 そして、ズボンが見当たらない。この服は胸の辺りで切り返しのあるデザインでスカート丈が足首近くまである。ははーん、これ女性用の服だ。

 丈は長いが一枚で着れる服というのは着慣れた形態なのである意味有難いけれど、ファレノが私の性別を勘違いしている可能性が浮上してきた。

 子供だと男女の区別が付きにくいし、仕方ないか。

 上半身しか露出してなかったしね。


 緩めの靴下を履きブーツに足を入れると靴紐を締め上げ着替え完了である。贅沢を言えば髪の毛を纏めるものが欲しい。

 尻まで長さのある薄い金色の髪は緩くうねり癖のあるもので、天使だった頃から変わりない様だ。しかし長い、括りたい。

 ふと室内に置かれていた机に私が天界で使っていた髪紐が置かれていることに気が付いた。

 さっと手に取ると髪を編みお団子のように纏め上げた。


 さて、彼を待たせているのでさっさと部屋を出た。


「お待たせ、遅くなってごめんなさい。」


 扉を開くと部屋を出てすぐ横に彼は腕を組んで立っていた。

 私は手に持った包みを落とさないように扉を閉めると空いている方の手で彼の手を取った。


「あ、おいサニー、手」


 彼は少し赤くなり慌てて繋がれた手を離そうとするが、私は別にいいじゃないかと言わんばかりの視線を向け口に笑みを浮かべた。

 彼は短く息を吐くと観念したのか手を振り払う事もなく食堂へと案内してくれた。


 通りすがりに複数の子供達から好奇の目を向けられたが、それぞれ担当する作業があるのだろう。短く挨拶だけ交わして賑やかにその場を去っていくのだった。

 そうして食堂に辿り着くと彼は厨房の方へと入っていった。好きな所に座って良いそうだ。


 食堂は皆が集まる場所だけあって私のいた部屋(あれは客室だそうだ)四つ分くらいの広さがあった。大きな四角いテーブルが四つと、それと同じだけ長い背もたれのない椅子がそれぞれのテーブルを挟んで置いてある。


 厨房に近いテーブルに腰を下ろし彼が戻るのを待っていると数人と連れ立ってファレノは戻ってきた。

 一緒にいた彼、彼女らはどうやら朝の食事当番の人達らしい。

 こちらに差し出されたトレイの上には湯気のたつスープの入ったカップがあり、一つ受け取り礼を述べると皆はテーブルにつき軽く自己紹介を始めた。よろしくお願いします。

 そして静かに神様に祈りを捧げ始める。私も見よう見まねで、しかし一瞬どなたに祈ろうかと思ったが結局導きの神様に向けて祈りを捧げた。


 さて、いよいよお待ちかねの包みを開けるとパンに野菜や肉が挟まれたものが二つあり、ファレノの方を見れば手に持って食べていたのでそれに習った。

 大きく口を開け頬張れば、それはとても美味しくて夢中になって咀嚼した。口の中が幸せで満ちている。

 身体が小さくなった分、口も小さくなっているので中々食べ終わらずいつまでも感動を味わえた。

 その事だけは縮んだ甲斐があったと思った。


 思えば受肉してからも、いや、それ以前からも含めて初めての咀嚼と嚥下を伴う五感を刺激される食事であった。

 味付けられた動物の肉、心地良い歯触りの野菜、穀物の芳ばしい香りがするパン。どれも初めて味わうものばかりだった。


 天使の頃の食事と言えば神様から頂ける神気と呼ばれた無味無臭で何だか煌めかしいものを全身で浴び、吸収する事だった。それは一度与えられればしばらくの間は餓えや渇きが無くなり気力が湧き出る効果を持っていた。

 因みに長く生きる天使は沢山の神気を浴びているのでその分だけ身体が大きく丈夫に、強く逞しくなったりする。外見はそれぞれ所属先の神様の影響を受けて凛々しくなったり可憐になったり足されたり引かれたり様々だ。尚、性別はないし排泄もしない。


 私も天界では幼児姿からスタートし青年の姿にまで成長した所で、受肉からの幼児体型へと逆戻りという仕打ちを受けたのだ。そりゃあ打ちひしがれるってものだよね。


 もぐもぐと咀嚼しながらつい一昨日までの自分の姿を振り返り懐かしむ。ふうむ、それにしても美味しい。このピリッとしたものは何なんだろうかもぐもぐ


 その時隣に座っていたファレノの指先が膨らんだ私の頬の上を滑っていった。


「お腹が空いていたんだろうけど、口の回りが大惨事になっている。」


 もっと落ち着いて食えと軽く笑いながら汚れを掬い取るファレノに続くように、回りで一緒に食事をしていた先輩方がこちらをつついてきた。


「サニーはすっかり元気いっぱいだな。俺な、実はあの時あの場に居合わせたんだ。一時はどうなることかと思ったけど、もう普通に食事出来ているんだもんな。本当驚きだよ。」

「そうねぇ、回復して良かったわぁ。ファレノちゃん夕方から付きっきりでお祈り頑張ってたものねぇ。」


 からかう口調でファレノに話しかける先輩もその視線は優しく労るようなものだった。

 そうこうしている内に食事が終わった先輩が私の頭を撫でてくる。


「ああ、私、サニーが段々ミルクを必死に飲む子ヌヌコに見えてきたわぁ可愛い。はあぁ食べるのも何か下手だし必死過ぎ、可愛い。あ、これも食べてみる?」


 少し頬を紅潮させ撫でる手が止まらない先輩。それでも私の咀嚼は止まらない!


「レオナ、サニーが食べにくそうよ、ハウス!」

「まあ、その例えは分からないでもないけどな。しっかり食べて大きくなれよチビ」


 わははと周囲で先輩方が賑やかに盛り上がっている中で、レオナ先輩に差し出された食べ物をしっかり受けとると私は感謝の言葉を伝えた。

 それは片手に納まる大きさの黒い粒だった。


「サニー、それはこうして皮を剥いて食べるの。ピウォーネンという果実でこの領地の特産品の一つよ。一房に沢山の実が生るのよ。

 とても瑞々しくて甘くて美味しいの。近所のおじさんの果樹園で育てられていてね、奉仕活動で行くとたまに貰えることがあるの。」


 と、言いながらレオナ先輩はそれの食べ方を実演しながら教えてくれた。

 言われた通りに皮を剥き口に含むとこれまた美味しくて感動したのだった。




 _________




 賑やかに朝食を楽しんだ後、先輩達は厨房へ戻り洗い物や夜ご飯の仕込み作業をするとの事で解散となった。

 食事当番は十歳から十六歳の年齢の子で構成され二部交代制。朝の当番は調理と洗い物と夜の食事の仕込みをする。夜の当番は調理と洗い物と翌朝の仕込みをするといった具合。

 私も大きくなったらやるのだろうか。わくわくが止まらない。


「じゃあ、サニー。司教様の所に行くまで少し時間があるから孤児院の周りを見て歩くか?何か思い出すかもしれないし。外に出るのが怖いなら室内で出来る事をしてもいい。」


 どうする?と聞いてくるファレノに外に行きたいと伝えた。


 二人してマントを羽織、フードを被るとファレノは孤児院の出入り口で名前の書かれた木札を引っくり返した。私の分はまだないけれど、行動を共にするよう言われているので彼の札で外出を伝えられる。

 他の子達の札も七割が外出を示していた。今日は奉仕活動の日であるらしい。残りの子達は手伝いに来てくれている修道者の人と洗濯をしたり掃除をしたり簡単な読み書き計算を習ったりする様だ。


 孤児院を出て低木の間を道なりに進むと教会の裏手に出た。そこからそのまま進み表の方に回ると、開け放たれた入り口の方へと目をやれば幾人かが中に駆け込んでいく姿が見えた。


「サニー、司祭様はまだ仕事中だからまた後で来よう。それで、実は最初にサニーが倒れていた場所がこの近く何だけど、気分が悪くなったりはしていないか?」


 私を見詰めるファレノの黒い瞳が心配そうに揺れている。だが申し訳ないくらいに何ともないので、大丈夫とだけ言葉を返す。

 いつか真実を打ち明ける日が来るのだろうか。わからないがそれを思うと少し気持ちが落ち着かなくなった。


「怖いとか無理だと思ったらすぐに言えよ、引き返すから。」


 ファレノはまるで慰めるように頭を優しく二、三度撫でると私の手を取り「さあ、先ずはパン屋だな」と言い歩き出す。おお、パン屋!レッツゴー!



 教会の前には少し広めの前庭が広がっておりそこから道に繋がっていた。乾燥しているのか時折風に吹かれ砂埃が舞っている。馬車も通るので注意を促された。

 その道を挟んだ反対側には何やらお店が建ち並んでいた。ファレノは左右を確認すると私の手を引き道を渡ると、左方向に進み何軒かの店の前を通るとパン屋はあった。近い。

 お昼に近い時間だからかお店はお客さんで賑わっていた。するとその中に見覚えのある服装をした女の子が働いているのが見えた。そう、今私が着ているものとお揃いの濃い灰色のワンピースである。


「孤児院にはここのパンを仕入れているんだ。奉仕活動でお手伝いをしているお店だよ。女の子によく依頼がくる。」


 ほうほう。お店の邪魔にならない場所から中を窺えば食事用のノーマルなパンから少し凝った形をしたものも置いてある。パンの中に果物が乗ったものや肉が編み込まれた様な物もあり正直見ているだけで楽しい。ここずっと張り付いて見ていたい。何なら一種類ずつ食べてみたい。

 そして、そこから漂う焼きたてのパンの匂いとかもう堪らない。

 深呼吸を繰り返しその匂いを胸一杯に満たしながら、引きずられるように次の場所へと案内された。


「この細工物のお店は女の子に人気だ。孤児院出身の女性も働いている。

 身近に就職先が見付かるのも奉仕活動の成果なんだろうな、きっと。」


 ふーん、と話を聞きながら次に、また次にと奉仕活動先を色々見て回った。一番印象に残ったのはお肉屋の隣にあった料理屋だった。

 刺激的な香りに満腹だった筈の私のお腹はこれ食べないの?と問いかけてくる程引き付けられた。

 ここが奉仕活動を募集するなら私は何がなんでもお手伝いさせてもらおうと心に決めた。


 そうこうしている内に昼も過ぎ、軽く間食を済ませてから私たちは教会へと戻ることにした。





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