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19.決着と別れ。ダゴって何

あっさり決着。しかし禍根が残りまくり…

 領主館は以外と質素なもので、田舎の少し大きなお屋敷と言った風情だった。

 表から見る限りは怪しいところのない至って普通のお屋敷で、ここに本当に悪魔が潜んでいるのかと思う程だった。



 館に到着後、マカーさんがあれこれと手配してくれて、病床に臥せっているルイスさんの父母兄弟に皆で見舞う事が出来るようになった。


 マカーさんはお屋敷までの案内が終わったので通常業務に戻ると言い、その場でお別れした。


 屋敷内は全体的に重苦しい気配が満ちていたがそこで働く人達は誰も彼もが気にならない様で平然としていた。


 照明が灯された玄関ホールは明るい筈なのに私は何故だか薄暗い洞窟の中にいるような錯覚に襲われながら、メイドの一人に案内され三人と一匹で後に続いて二階への階段を上がっていく。


 一歩上がる度に背筋に悪寒が走り鳥肌が立った。


「キュン」


 と一声、クーさんが小さく鳴いた。

 ええ、いますヨ。とでも言っているのだろうか。



 大きな両開きの扉の前で止まると案内してくれていたメイドがノックをし、中からお世話をしているのであろうメイドから返答を受けゆっくりと扉が開かれた。



 部屋に入った途端に、死臭とでも言うのか独特の臭いが鼻に突いた。

 足音を敷物で消されながら静かにベッドへと近付くと、枯れ木のように痩せ細った老人が横たわっていた。


 その姿を目にしたルイスさんから息を飲む声が聞こえた。

 彼は膝を着くと震える声で話し掛けた。


「父様、お久し振りです、ルイスです。」


 返事はなく弱々しい呼吸音が二人の間で聞こえてくるのみだ。


「一緒に来ている私の先輩の修道者の方に治癒の祈りをしていただきますので、簡単にくたばらないで下さいね」


 ファレノも簡単に挨拶をしてから膝を着くと早速お祈りを始めた。

 領主に向けられた彼の掌からは暖かな光が溢れ出し、その清浄な光に触れた箇所から淀んだ気配が去るのがわかった。


 私は領主付きのメイドが少し離れた場所に待機している事を確認して、部屋に目を走らせた。


 窓があるでろう場所には分厚いカーテンが掛けられ冷たい外気と外の明かりを遮断しており、暖炉では小さな炎が揺れ、冷えた寝室を優しく暖めている。


 この部屋にはこれと言った怪しい点はなく、クーさんも大人しい。ここではないのか。


 一通りお祈りを済ませたファレノがこちらに目をやりどうするのか問うように見ていたので首を横に振り応える。


「領主様は今後も継続的に聖水を飲み治癒の祈りを受ける事で徐々に回復していくと思いますが、こちらの教会に使えるものは居ないのですか?」


「それが…」


 ファレノがメイドに問えば、司祭が治癒の祈りを使えるが一月前に出掛けてから帰ってこないという。

 聖水は助祭が作れる筈だがここの所様子がおかしく、司祭の事もあり中央の教会に問い合わせした所だという。

 王都とは距離がある為まだ連絡が着かないのだろう。


 幾分か顔色の良くなった領主の顔を見たメイドが喜びに顔を綻ばせている。



「他の方も診てみますので案内をお願いします。」


「はい、こちらです」


 と、またぞろぞろと部屋を移動する。

 やはり廊下に出ると雰囲気がおかしい。次に案内されたのは第一夫人の部屋だった。

 彼女もまた、干からびたようになっており苦しそうに呼吸を繰り返していた。

 ルイスさんは少し焦れた様子で治癒の祈りを受ける第一夫人を見詰めていた。


 ある程度回復を見せた所で再び部屋を移動する。


 次は第二夫人の所だった。

 ルイスさんが一歩入った所でクーさんが小さく鳴いた。この部屋に、悪魔が居るのだ。


 ファレノにもそれは伝わり緊張が走る。

 相手に気付かれないように何事もない風を装い夫人に近付くと、部屋の温度がぐっと下がったのを感じた。


 暖炉には火が揺らめいているのも関わらず吐く息が白くなり、メイドも困惑を隠せず表情が強張っていた。

 どうやら相手は隠れる気が無いようである。


 こん、こん、こん


 ベッドの天蓋からノックの音がする。メイドが短く悲鳴を上げその場にへたりこんでしまった。

 ファレノは彼女に危険が及ぶといけないので手を貸して部屋の外で待っていてもらう様にしていた。


 クーさんだけは平然と天蓋を見上げるとノックのした方へと飛びかかっていった。

 しばらく暴れる音がして、ふいに静かになった。


 ルイスさんは母親の元で庇うような体勢を取って天井を凝視していた。


 暖炉の薪がはぜる音が聞こえたとき、飛び降りてきたクーさんの口元には古ぼけた人形が咥えられていた。

 ピクリとも動かないその人形に着せられた服が無惨にもあちこちが破れ、より雰囲気を醸し出していた。


「クーさん、それが悪魔の本体?」


「ヴヴヴ」


 違うらしい。え、怖っ。じゃあどこに?


「ふ、ふ、おひさしぶり、です」


 ベッドの中から聞こえてきた声にそちらを見れば、ルイスさんが驚愕に目を見開いていた。

 第二夫人の干からび割れた唇が僅かに血で濡れている。喋るのも久し振りなのだろう声は随分としゃがれたものだった。


「う、母さん…?」


 夫人は寝たきりだったのが嘘のように身体を起こすとルイスさんを煩わしげに払い除けた。


「あぁ、げほ、おまえが、このおんなのむすこ、だな」


 バカなヤツだ帰って来たのかと言うと、クーさんの方へと視線を移した。


「ここなんじゅうねんか、なきあがげかいに、いきたがっていた、りゆうをさぐっていた。ちょうどこのおんなに喚ばれて、ここにきて、あそんでひまをつぶしていたけど、きょうりかい、した」


 待って待って待って、よばれて来た?ルイスさんのお母さんがこの悪魔をここに召喚したっていうの?何故


「な、なんで、母さんが悪魔を…」


「悪魔と会話するな、ルイス」


 混乱した様子のルイスさんをファレノが支えながら注意する。惑わされ憑かれる事もあるので悪魔との会話は危険なのだ。

 クーさん事はこの際棚に上げておく。


「おうがなぜ、ここにもいるのかわかんない、けど、ぐひぃ、うける。そこのおまえ、おれがぁここにきたのはな、おまえのせいだ。おまえがこ」


「クーさん!お願いします!」


 よからぬことを話そうとする口は早々に摘んで仕舞おうね。

 第二夫人に向けてクーさんを投げつけそのふわふわの胸毛が顔面にヒットした。

 その近距離でクーさんが激しく吠えた。


「がっ、なぁ、なぜ」


 クーさんが一吠えする度に夫人の輪郭がぶれ、黒い霧が立ち込める。悪魔が身体から追い出されようとしているのだ。このまま向こうの世界に返してしまいたいので私も全力でヤってやる。


「クーさん私もヤるよ!うぬあぁっ!煌めけ私の聖痕!」


 クーさんとルイスさんのお母さんにしがみついて必死で神様に助けを乞う。ぐぬううう聖痕パワー!

 背中が熱くなり光輝くと黒い霧が霧散していくのが見える。


「ばかな、こんなところに、か」


 悪魔はそれ以上話すことが出来なかった。

 黒い霧となった端から私から発される聖なる光に強制的に浄化され掻き消えていく。


『くそぉ、おぼえてろ…!』


 捨て台詞を残して悪魔は完全にあちらの世界に旅立ったようだ。

 静まり返った寝室ではファレノが素早く第二夫人に治癒の祈りを捧げていた。


 意識が戻り落ち着いたら何故悪魔を呼び出したかなど事情を聞かなければならない。

 他の兄弟への影響も確認しなければ。


 悪魔は去ったがやることが沢山残されていた。






 と、あれから一週間が経った。


 行方不明になっていた司祭も衰弱した状態で教会に隣接する墓所から見付かった。

 誰かに暴行を受け棺に閉じ込められ、怪我は自分で治したものの身動きが取れず飲まず食わずでいたと言っていた。

 今も大事をとって療養をしている。


 操られていた助祭は完全に回復し、教会の機能を正しく保持するためにシンボルの浄化に努めていた。


 どうやら悪魔は領主一家で遊ぶ邪魔をされたくなくて教会を機能不全にしてから、一家に手を出し始めた様だった。

 享楽を優先しがちな悪魔としては回りくどい手を打ったものだが、クーさんの前では無意味だった。強い。

 しかし、これでクーさんが悪魔界に敵対する立場になったことがナキアさん以外の悪魔に知られてしまった事になる。

 姿は違えど王だともバレていた様子だったから悪魔界にいるクーさんの半身の立場も今後は危うくなるかもしれない。

 うっ…これ以上は考えたくない。



 領主一家の面々も徐々に回復していったが、第二夫人だけは治癒の祈りの効果が薄く今も危険な状態が続いていた。


 悪魔を呼べる程だった事も合わせて考えれば信仰の対象が悪魔寄りになっている様だ。

 神では駄目だと思わせる何かがあったんだろう。

 彼女の髪は元は薄い茶色だったと聞いたが今は焦げ茶色のそれになっている。

 ルイスさんはそんな姿になった母親に付きっきりで看病を続けていた。


「私が、こんな姿で産まれてしまったから…」


 悪魔を追い払った翌日に、ルイスさんは震える手で自身の髪をかきあげ、表からは見えない内側に生えていた黒髪を見せてくれた。

 身体も一部は色が濃い部分があるらしい。


 修道院に入るまでは母親に匿われるようにして暮らしていたと聞いた。

 父親もルイスさんを居ないものとして扱っていたと。


 これから父親が母親をどのように扱うのか、それだけが気掛かりだと言っていた。悪魔を呼び領主家に牙を向いた形になるので無罪放免ということにはならないだろう。


 このまま儚くなってしまったら、果たして彼女の魂はどちらに導かれるのだろうか。


 ベッドに横たわり弱い呼吸を繰り返す彼女を見詰めそう思った。


 それから三日後にルイスさんの母親は旅立たれた。

 クーさんいわく、天使が迎えに来ていたそうだ。すんでの所でルイスさんの存在が母親の心を救ったのだろうか。結局悪魔との関係などの真相は死と共に葬られてしまった。


 葬儀は領主家で執り行われたが、その場でルイスさんは領主家とは今後一切の関わりを絶つと告げられていた。


 こうしてルイスさん家の騒動は終結した。






 という訳で帰りは領主家の馬車ではなく、乗り合い馬車で帰ることになった。

 教会側から依頼があったわけでもなく、半ば勝手に首を突っ込んで解決した形になったので領主様から旅費を出してもらえただけ儲けものと言うことらしい。


 マカーさんだけは見送りに来てくれ、ルイスさんと熱い抱擁を交わしていた。


 教会の人達には凄く感謝されたし、帰る頃には心なしかレックス助祭とメルク助祭が良い雰囲気になっていた。

 同じ部屋で気絶し、同じ教会のシンボルを浄化しあう中で育まれた何かがあるのだろう。二人とも結婚適齢期ですし…背中が泣いてますよレックス助祭



 早朝の馬車内で毛布をしっかり敷いた長椅子に腰掛け今回の出来事に思いを馳せる。

 ルイスさんの母親の魂が悪魔に捕られなかった事が唯一の救いだったな、と。それに身体の一部に悪魔的特徴を持って産まれる人は決して少なくはないのかもしれないとも。

 環境により直ぐに天に還されるか、育てて教会預かりになるか、はたまた育った子が親諸とも悪魔信仰者になるか。


 どの道、神を信仰する身でそういう特徴を持つ者を産み育てるというのは生半可な事じゃないのだろう。


 ファレノも、もしかしたら辛い過去があるのだろうか…


 隣に座るファレノに目をやると気付いた彼は優しく微笑んでくれた。

 どうか彼が終生幸せであることを神に祈った。





「キャウワウ、キュン」


 レトルバーリ男爵領を出発してから二日が経った。

 現在、時刻は夕暮れ。

 次の馬車の乗り換えを行う為にブルーズ男爵領で一泊し、翌早朝に出発する予定で宿屋に部屋を取り晩ご飯まで時間があるので皆で観光している所だった。



 クーさんが物言いたげに鳴くので一行から少し離れて、聞いてみればここに例のB級グルメのお店があるらしい。

 ここの細い路地を入った所にお店があるようなので皆を呼び寄せそちらへと移動した。


 表通りから一本道を挟んだそこは少し雑多な印象を受けたが人で賑わっており美味しそうな匂いをさせたお店が一軒建っていた。


「いらっしゃい、安くて美味しいダゴ焼きだよ~!一つ買っていったって~」


「サニー、突然呼び止めたと思えばこのお店で食べたいの?もうすぐ晩ご飯の時間だよ?」


「チビなのに量はいっぱい食べるんですね、あなた」


「ああ、美味しそうな匂いですね。一つ買って皆で食べましょうか。」


「お兄ちゃんまいどおおきに!」



と、ダゴ焼きなるものをリア充助祭マネーで購入。

舟のような形をした薄い器に、丸く焼かれ茶色のソースと木くずみたいなのと緑の細かい何かが乗った美味しそうな匂いのするそれを前に唾液が口中に広がっていく。


「これは一口で食べるのが礼儀です。大きく口を開けて、一気にどうぞ」


にやついた表情のルイスさんを訝しみつつ言われるままに一口で頬張ると、熱いカリカリの表面を口のなかでどうにか噛み破ると中から更に熱々のどろっとしたものが溢れ出て私は口が閉じられなくなった。


「アッフアフ!あふいんえすへお!」


「うわ~馬鹿正直にいったなぁ。ははっ、ほら」


そう言いながらルイスさんは水を差し出してくれた。


「こら、ルイス。サニーが火傷するだろ……」


そう言って治癒の祈りを受けながらどうにか咀嚼して飲み込んだ。


「すっごく美味しい!あっついけど美味しい!あとファレノありがとう」


過保護なファレノ例を言い皆でわいわい言いながらダゴ焼きに舌鼓を打った。

結局一つでは物足りなくなり追加でもう一つ買ってもらって皆で食べた。


落ち込んでいたルイスさんも大分と元気を取り戻した様で安心しながら買い食いを継続して宿へと戻った。



翌日の夜に到着予定のダブフェ子爵領は観光地化が進んでいるらしく、そこにクーさんが楽しみにしていた『おんせん』があるらしいと宿の部屋で聞き、期待に胸を膨らませ就寝した。








次回、男だらけの温泉回

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