大変なことになっている
※この話の最後の辺りで子供が暴力を振るわれる表現があります。
苦手な方は薄目でやり過ごして下さい。
あれから三ヶ月が過ぎ、寒い季節を迎えた二の月の頭。
ここらでは珍しく雪が降り積もった。積もったとは言え十センチに満たない程度だが孤児院の皆は大騒ぎであった。
あのいつも斜に構えたレオスですら積雪に気付くとそわそわと外へと出て行った程だ。
私はと言えば、季節がら忙しくしているファレノに心配を掛けないようにと日々気を付けていたにも関わらず風邪を引いてしまい、ベッドの中にいた。
ファレノは数日前から司祭様に付いて村を回っていたのだが今日帰って来た。
そして疲れた身体もそのままに外套を脱いだだけの格好のままベッドの横から肘を付き治癒の神様に祈りを捧げてくれていた。
「ごめんねファレノ、奉仕活動から帰って来て早々に迷惑掛けて。皆と同じ生活をしていて私だけ風邪を引くなんて本当に自分が情けないよ。もっと強くなりたい」
ファレノの祈りのお陰様で関節の痛みや喉の痛みはとれて咳が出なくなり随分と楽になった。本当にありがたい。
あとは発熱と鼻水、鼻詰まりの症状を残すのみだ。
「まあ追々鍛えればいいさ。ほら、サニーも治癒の神様へのお祈りを再開して。頑張って早く治そうね。」
そうなのだ。私も何か祈りの言葉を覚えたくてファレノにお願いして治癒の祈りを教えてもらったのだ。
効果のほどは何もしないよりはマシ程度には効いている、と言ったところか。
主神ではないのでどうしても効果が薄い。
しかし、通常主神でも副神でもない加護のない者が祈っても効果が得られることはほぼ無いらしいことを思えば、私の祈りが少しでも届くのは元上司関係のコネのお陰だろう。
私の元上司で現主神は導きの神様なので人生に迷ったときなどに祈ると閃きをくれたり直感が鋭くなったりと、そっち方面には強いのだけれどね。
副神として治癒の神様の加護が切実に欲しい。自分のみならず、他人にも治癒の祈りの効果が少しだが与えられるようになるのだ。
それかマッスルの神様に副神になってもらうか…
「サニー、私はこんな時に力になれないのが実に口惜しいデス。こうやって湯たんぽの代わりにしかなれないなンテ…」
足元でクーさんが嘆いている。
何やかんやこの数ヶ月で彼と過ごす生活に慣れてしまって最早違和感すら抱かなくなっていた。
彼は特に何か悪戯をするわけでもなく、嬉しそうに尻尾を振るくらいのもので、ルームメイトとは勿論のこと、孤児院の皆ともいつの間にか良い関係を築いている様だし。
ただ何故かベックにだけ、たまに唸ったりすることはあるのだが。
ファレノも彼に少しは気を許してきた感じがする。遠出する前に内緒話をする姿を見かけたりするようになった。
仲良しになれたなら良いことだよね。平和が一番だよ。
「………」
ファレノの祈りと相成って身体が温もりに包まれ心地好い眠気にに襲われながらも何とか祈りの言葉を口にするが集中出来なくて思考があっちこっちにいってしまう。
これはまた呼び出されたときにお叱りを受けるかも知れないなぁなどと思っていたら、眠りに落ちていた。
「おはよう、サニー。体調はどう?」
翌朝ファレノの挨拶で目を覚ませば風邪の症状が見事に治っていた。
隣ではクーさんが執拗に私の顔を舐めている。ちょっ、うぶっ、やめて。
「おはよう、ファレノありがとう。すっかり良くなったよ。どこも痛くないし、気分爽快だよ」
クーさんを少し遠ざけながら起き上がると朝の支度にとりかかった。
こうやってファレノと朝の挨拶が出来るのもあと一ヶ月程だと思うと、正直凄く凄く淋しい。
彼とは私がここに来たときから一番近くで一緒にいてくれた存在なのだ。
一年経てばこちらにお手伝いに来れるらしいけど、それって裏返せば一年は会えないってことでは?
教会とは少し離れた隣に修道院は建っているけれど、会いに行くのは不味いよねきっと。
「サニー、この後教会に行ける?」
「う、うん、大丈夫。洗濯物干したら行けるよ。クーさんは置いていった方がいいよね?」
「そうだな、彼には悪いけど留守番してもらおう。渡したいものがあるんだ。」
ということがあり、冬の間は洗濯はお風呂場で出来るのでさっさと済ませると先に教会へ向かったファレノを追い孤児院を出た。
因みにクーさんは珍しく部屋にいることを了承してくれた。
まだ朝と昼の間くらいの時間で人が疎らな教会のホールに足を踏み入れる。
吐く息が白く厚着をしていても寒さが滲みてくる。両腕を胸前で組みながら辺りを見回すと聖堂に並んでいる椅子の一つに見知った頭を見つけた。
こんな寒いなかで待たせてしまって罪悪感を覚えながら足早に彼の元へと向かう。
「ごめん、お待たせ。」
彼は静かにこちらに顔を向けると座っている場所から少し擦れると私座るように促した。
言われるがままに座ると彼は私の手を取り真剣な眼差しで見詰めてくると一息付いて話し出した。
「突然こんなこと言われて戸惑うだろうけど、サニーにこれを受け取って欲しくてここに来てもらったんだ。」
彼は私の掌に銀細工の指輪を慎重に置いた。
これは、何だろう、お土産?
「魔除けの効果が付いた銀の指輪なんだけど、これを俺だと思って肌身離さず付けておいて欲しいんだ。俺の心の安寧の為にも」
「え、うん。それがファレノの為になるなら勿論喜んで身に付けさせてもらうけど、こんな素敵なもの私が持っててもいいの?」
指で摘まんで角度を変えて指輪を観察する。表面には若葉を思わせる葉の模様が掘られ裏には文字が掘られていた。
この片方、もしくは両方をもって魔除けの効果が発動するのだろうか。
「俺が離れている間にサニーに何かあったら嫌だし、な。気休めにしかならないかもしれないけど付けていてくれると嬉しい。」
今つけても良い?と聞かれ頷くと私から指輪を受け取ったファレノはチェーンを出してきてそれに指輪を通すと私の首に付けてくれた。
私の指のサイズじゃ当然だけど緩くて落とすこと間違いないからだ。用意周到なファレノらしい。
「本当は指に通すのが一番良いんだけど、サニーが大きくなったら指に付けさせて」
「うん、わかった。それまで無くさないように大事にさせてもらうよ」
この指輪のやり取りが十年後に違った意味を持つだなんてこの時の私には思いもしなかった。
ファレノが満足げに微笑んでいたのは良く覚えている。
それからはあっという間に時が経ち、ファレノが孤児院から修道院へと移り三年と少しの月日が流れた。
マーディン先輩は二年前にこの街にあったパン屋の伝で違う町へと行き就職した。そこのパン屋の娘さんと良い関係を築きながら日々忙しく過ごしているらしい。
レオス先輩とレオナ先輩は二人でとある商人と縁があり半年前にそちらに引き取られて孤児院を卒業して行った。
一昨日手紙が院長先生と私達宛に届き元気に商売を学びながら過ごしていると綺麗な字で綴られていた。
ファレノはたまに孤児院へと顔を出してくれていた。
もうすぐ十五歳になる彼は背が伸び大人びた表情を見せるようになった。そんな彼と接しているとたまにくすぐったいような妙な感覚に襲われる事があり反応に困ることがある。
そして、そんな私の様子をじっと見るクーさんの視線が最近少し怖い。
オリバーはすくすくと育ち私が七歳だったときよりも背が高く健康で力持ちの子になった。相変わらず甘えたな所もあって可愛い。
六人部屋は人数が減り今は三人と一匹しかいないのが少し寂しい。
ベックとは微妙な関係のままだ。仲良くなるわけでもなく不仲でもない。私が気が付いたときにこちらを見るいたりするのは相変わらずだが何を言ってくるでもない、よく分からない人だ。
ただ前ほど突っ掛かってくることも無くなっただけマシとも言える。
私は十歳になり暫く経つが、進路に悩んでいた。
ファレノは物心付いたときから聖職者になることを目標にしていたらしいし、その為に司祭様と奉仕活動して道を拓いた。
私は何がしたいのだろう。私も聖職者の道を選ぶ?
嘗て人の為にと行動した結果、破滅に導いていた私が人々を救い導くことなど出来るだろうか。
もう奉仕活動にも参加できるので、ある程度の方向性を決めて行動しなければ何者にもなれなずにファレノのお荷物に成り下がってしまう。
結構切羽詰まって来ているしこうなったら前職のコネで神様に相談してみようかしら。
閃きを!道をお示しください神様!
_________
「で、お前はそんな事で緊急連絡を寄越したのか」
ここはいつもの魂センターの謁見広間。
寝る前の報告のお祈りの際にいつも以上に必死で祈ってみたのだ。
呆れ顔の主神、導きの神様とも半年振りに顔を合わせる。相変わらずお美しい方だ。
「そんな事じゃないですよ、大事なことです。
私の過去のやらかしを思えばこのままファレノと同じ道に進むことが不安なのです。」
「それはそうだな。あの日々を思い返すと今でも頭痛がするわ。しかし、今のお前はあの時とは違うであろう?自分勝手さも考えなさも随分と抑えられる様になったと思うが。」
神様の私への対応も表情も以前と比べると優しいものになった事からも、成長していることが窺えるけれども。へへ。
「ふん、お前が壊してきた人々の関係や人生の重みを理解出来てきたからこその不安か。特に恋愛のの所に居たときは酷いものだったからな。縁結びどころか離縁の天使かと思うような働きぶりだったのだろう?」
「う、はい。」
しかも最悪なことに結果的に一人の命が潰えてしまったことが原因で導きの神様の元に移動になった経緯があるのだ。
悪いことが重なりあった結果とは言え、死の原因を作ったのは私であるのでそれを思えばこそ不安になるのだ。
人の人生に関わることに。
「お前が今の人生でしたい事とは何だ。失った命への贖罪か、勿論それもあるだろうがどういった形でそれを成すつもりなのだ?
例の悪魔の犠牲になった村人へはお前の魂の一部と他の囚われた村人の魂の解放という形である程度の償いにはなっただろう。
しかし、恋愛のの所にいた時の少女への償いは、まだ何も成されてはいない。
彼女の魂は既に次の人生を歩みだしているがあの死で負った傷は魂にトラウマとして刻まれた。
しかし、死因がどうであれ魂というものは生きていく内に摩耗していくものだ。そういうものだ、と捉え償わないというのも間違いではない」
そうなのだろうか。しかし、私が手を出さなければ今頃あの時の二人は幸せな人生を歩み子を産むなどしてその生を全う出来ていたかも知れないのだ。
「私、私は、今度こそ一人でも人を幸せに出来れば、導ければ良いと思っていますが、恐ろしいのです。踏み出すことが」
行動を起こし、また人を不幸にしてしまう事が怖い。
大切な人が出来たからこそ、分かった。その人の幸せを願うからこそ、同じ様に幸せになりたいと願う第三者が私が関わることで不幸になるかもしれないことが怖い。
「慎重であることと臆病であることは違うぞ。起きてしまったものはどうにもならないが、お前が人を幸せにしたいと行動するなら慎重になり見極めれば良い。
手を貸すべきか否か。何でもかんでも頭を突っ込まずにどうすれば当人同士が幸せになれるか状況をよく
見て考えよ。」
「それにはまず、自分を幸せにしてみるというのも一つの手だ。お前は実体験から学ぶ奴だという事は今回の事でよく分かった。
お前の幸せとは何だ?それが分かると自ずと道は拓かれるであろうよ」
よく考えよ、分からぬならばお前の大切な者とよくよく相談せよ
__________
目を開ければベッドの中、室内は真っ暗で夜明けはまだ遠そうだ。
そのまま寝付けずに身体を反転させれば真横にいたクーさんが私を見下ろしていた。
「どうしたのデス、眠れないのですカ」
「いや、うん。ちょっとね」
小さな声でそう聞いてくるが、その瞳は私の心の内を覗くようでいて何とも言えない居心地の悪さを感じた。
最近はこうやって見られる事が増えた気がする。一体なんだっていうんだろう。数年一緒に過ごしたクーさんが以前の様な得体の知れない物に見えて少し怖い。
彼は私の心情を読んだのか一度目を閉じると私の頬を一舐めし身体を丸めると寝る態勢に入った。そんな彼の様子を暫く見てから反対側を向き私も眠りに付いた。
その夜夢を見た。詳しくは覚えていないが口に出すのを躊躇うような内容だったと思う。
「おい、サニー。今日は朝の食事当番だろ早く起きろ」
乱暴に身体を揺すられ私は目を覚ました。ベックだ。起こしてくれてありがたいけどもうちょっと優しく起こして欲しい。
「おはよう、ベック。起こしてくれてありがとう」
寝起きの頭が何だか覚束ない感じだ。寝たと思ったら次の瞬間には朝になっていたときのような、そんな感じ。身体が重い。
「おいお前、大丈夫か?また体調がおかしいとか、いや、別に心配してる訳じゃないんだけどな。俺も今日当番だから、とにかく俺や皆に迷惑かけんなよ」
先に行くぞ、と言ってベックが部屋を出て行った。
小声でやり取りしていたからかオリバーはまだ夢の中だ。よかった。
「クーさんおはよう。私も準備して行ってくるから大人しくしててね」
「おはようございマス、サニー。エエ、わかっていますヨ」
足元にいたクーさんに小さく声をかけると朝の準備に取り掛かる為にベッドから抜け出した。
その日以降、進路に悩む日々を過ごす内に度々おかしな夢を見るようになりそっちの方でも悩みが増えた。
変な夢を見た翌朝は決まって身体が重怠く、しかしその内容からファレノに相談するのも憚られ結局は一人で悶々と過ごすことが増えた。
その間にも奉仕活動の話も出て何かやるようにと言われたので、気分転換も兼ねて興味のあった食べ物屋に関わる活動に参加してみることにした。
なんと調度、数年前から目を付けていたカウリィ屋の『マヨイ亭』からお手伝いの募集があったのだ。これはもう行くしかない。
何でも二号店を出す事になり、そちらに作業に慣れた従業員を送ったために一時的に本店で人手不足になったのだそうだ。
賄いに淡い期待を抱きつつ下心満載で応募すれば運良く採用されたものだから、最近の憂いなど吹き飛んでいった。
自分でも単純だと思うけれど奉仕活動に出れば余計な事も考えないで済むし、ワンチャン美味しい賄いが頂けるかもでこれは仕方のないことだと思う。
その事を二週間ぶりに会ったファレノに話せば笑われたけど、良かったなと言ってくれた。
それから週に三回、一ヶ月程奉仕活動でお店に行くことになり、看板娘だと常連さんからからかわれるようになったが概ね平和に過ごしていた。
私の幸せはもしかしたら食べ物屋さんと関わることで見出だせるのかもしれないと思い始めた頃に常連さんの一人からよく声をかけられるようになった。
『マヨイ亭』はスパイスを大量に使っているだけあって独特の匂いが強く、それが孤児院の服に着くのを嫌い作業服として渡された服を着用していたので、また見た目が男女で曖昧になってしまっていたのだろう。
勘違いから声を掛けられているのだと思い自分の性別を伝えたがその常連さんの反応は変わることはなかった。
店長も良い人で賄いも毎回出してくれ最高に美味しくて凄く良くしてくれた奉仕先だったので離れがたく思っていたが、ついに迎えた最後の奉仕活動の日にその常連さんは暴挙に出た。
「マルク店長、今までお世話になりました。また人手が足りなくなったらいつでも呼んでくださいね。速攻で飛んで行きますので。待ってます。」
お先に失礼します~などと呑気に話しながら店の裏から路地に出た途端に頭陀袋を被せられ抵抗する間もなく連れ去られてしまったのだった。
そして現在。
馬車か何かに乗せられているのだろう。視界がないままでやたらと揺れる地面に屈し身体を横たえて震えていた。
手は後ろで一つに、足も拘束され転がる他身動きが取れない。何故こんな無体な事をするのか。
きっとクーさんが謎のパワーで気付いて駆けつけてくれるだろうけれど、それまでに殺されなければ良いが。
そんな事を考えた途端に寒気がした。そうだ、殺される可能性もあるんだ。そうなれば二度とファレノに会えなくなる。孤児院の皆とも。
死んで天使に戻れば一方的に見れはするけれど関われなくなる。
皆の死に際に迎えに行くという最悪の形での再会になるかもしれないのだ。
嫌だ、そんなの。まだ四年弱しか皆とは過ごしていないけど、こんな形でお別れなんて絶対にしたくない。
駄目だ、回りに頼ってばかりいないで自分でも出来る事をしなければ。手の拘束を外そうと手を動かすがきつく結ばれているのか弛む気配がない。
ならば足か。回りも見えた方が状況が把握出来るのでいいんだけどどうにか出来ないか。
芋虫のように這い回ると床に擦れて頭陀袋の結び目が弛まってきた。そのまま頭を振るとどこかに打ち付けてしまったが、縄が引っ掛かったのか頭陀袋から顔を出すことが出来た。
私が乗せられていたのはどうやら幌馬車の様だ。
夕方に奉仕活動が終わった事もあり、薄暗い荷台には私と共に木箱が三個積まれていた。これの角に縄が引っ掛かったのだろう。
額から暖かいものが流れ出て来るが拭えないので構っていられない。身を屈めて足の縄に歯を立てると何度か噛みつき木箱の角に擦り付けるのを繰り返すと、縄が弛んできたので足を上下に擦り合わせて何とか縄から抜けることが出来た。
足には縄で擦れた所が血が滲んでいたが、後でまとめて治癒の神様へ祈りを捧げて治癒すれば良いのだ。
その時は気合いを込めてお祈りしよう。
さて、後は手の縄だけだとなった頃に馬車が止まった。
私は慌てて木箱の角に腕の縄を擦り付けるが痛いばかりでどうにもならない。
こうなったら堂々と誘拐犯の顔を見てやろうと、深呼吸をすると仁王立ちで待ち構えることにした。
馬車の回りを歩く音がし、荷台が軋む音を立てると目の前の板がゆっくりと下ろされると思った通り見知った常連のおじさんの姿が現れた。
お店に沢山通っていたからか些か贅沢に付いた腹の肉を揺らしながら奥にいた私に目を止めると、彼は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに嫌らしく目を細め笑顔を作った。
「縄脱けが得意だなんて、お転婆さんだねぇサニーちゃん。おじさんともう少しお話しして欲しくて僕のお家に来てもらったんだよ。」
暴れると痛いことしちゃうかもしれないから大人しくしてね。等と言われたが今暴れなくしていつ暴れると言うのだ。
私はこの三年間体力作りで走り込みをしていたので昔よりは体力が付いたのだ。おじさんが私に向かい両手を広げて荷台に乗り込んできた所で体当たりをしておじさん諸とも馬車の外に転がりだした。
おじさんが仰向けに倒れ私はその豊かな腹肉をクッションにして両腕で身体を庇えなくてもほとんどダメージを負わずに済んだので、素早く起き上がると出口とおぼしき方向に駆け出した。
後ろは振り返らずに前だけを見て道に沿って生える木々の隙間を走り抜けると少し広い道に出た。
ここが街の中なのか外なのかも分からず、急ぎ導きの神様に祈りを捧げると右だと直感が働きそれに従い道をひた走る。
後ろからは馬車が追いかけて来ているような音がしていたが気にも留めずにひたすら走った。
しかしその時額から垂れた血が目に入り視界が悪くなった拍子につまづき、勢いよく転けてしまった。
結構な勢いで走っていたので手を着くことも出来ずに転けた衝撃は中々のもので、すぐに起き上がることが出来なかった。
そうこうしている間に馬車が私に追い付くと御者席からおじさんが降りてきて私は再び捕まってしまった。
乱暴に荷台へと投げ入れられるとおじさんは私の上へと馬乗りになり、私の服を力任せに引き裂いた。
あまりの出来事と身体中の痛みに抵抗出来ずにいれば、おじさんはファレノからもらった指輪のネックレスに手を伸ばし無遠慮に握ると勢いをつけ鎖を千切ろうとした。
正にその時、指輪が薄く光を放つとおじさんから何か煙のような物が立ち上った。
魔除けの効果のある指輪がその効力を発揮したのだ。と瞬時に理解した。
と言うことはこのおじさんは悪魔憑きだったのだろうか。
おじさんは動きを止めると膝立ちのまま呆然としていた。今のうちにおじさんの下から抜け出したかったが太い足で完全に挟まれてしまっていて無理そうだ。
おじさんが正気に戻る前に何とか脱出したいが、下から押してもその身体はぴくりとも動かない。上半身だけで身を捩っていると軽快な足音が聞こえてきた、と同時に派手な毛玉が姿を現した。




