受肉させられそう
初投稿です。
よろしくお願いします。
私、天使なんだけど受肉させられそう。
以上。意味がわからない。
場所は天界、魂センター内の謁見広間。
今日は月に一度の休みの日だった。それなのに神様に呼び出されて急いで行ったら、すごい顰めっ面で迎えられてご挨拶をする間もなく詰問された。
「お前は自分の仕事内容を把握しているのか?」
と。なので、跪いた体勢で顔だけ上げると声を張って答えた。
「死者の魂を現世に留まらせぬ様に天界まで案内することです。」
と当たり前の事を返した。今の私の仕事内容はこれだからだ。それなのに、
「お前がこれまでまともにこちらに案内してきた魂は二つだけだ。解るか?お前がここに配属されてから、十年経ったがそれで、たったの、二人分、だ。」
逆にどうしたらそうなるんだと呟きながら、普段の優しさは身を潜め威圧感マシマシで語る神様のご尊顔を眺めつつ、まあ、それは他の同僚と比べれば少ないのかもしれないけれど、なんて思っていればそんな思いが態度となって表れていたらしく、気に触った様子の神様は大きく溜め息を吐くと「それに、」と続けた。
「お前が以前在籍していた部署では、お前が関わったカップルは必ず恋が成就することなく、その尽くが最悪の結末を迎えていたそうじゃないか。」
昔のことをほじくりかえしてきた。なんて陰湿な。
私なりに頑張った結果そうなってしまっただけで、そもそも最初から両者に縁がなかったのだと私は思う。寧ろ不幸な繋がりを持たずに済んで感謝されてもいいくらいじゃないのかな。
縁を結ぶのが私の仕事だと言われれば、まあ、否定は出来ないけれど。どう調整してもくっつかなかったのだ。
「その頃に比べれば、まだ二人分とは言え職務を果たせたのは誉めてやってもいい事なのかも知れんがな。お前なりに真摯に職務と向き合ったのだろうとな。」
神様は頭痛がするとでも言いたげに米噛みを揉むと、まるでこれから言わなければいけない事で思い悩んでいるように見えた。
それでも僅かに認められ誉められた事が嬉しくて満面の笑みでそれに応えた。
重さを感じさせる溜め息が聞こえ再び神様を見れば、申し訳なさそうな表情をして私を見ていた。
「お前には、もうここで任せられる仕事はない。他の部署の神々もお前を引き取るのは無理だと言う。よって、下界に降り受肉し人間として一生を過ごせ。天界では学べない事を学ぶ機会が沢山あるだろう。
また、お前に欠けているものも見えてくる。連れて来た魂二人分の報酬として、受肉先では衣食住は最低限保証し、生きていける様にしよう。」
神様が何か沢山語り出したが、内容が頭に入ってこない。え、下界?じゅ、受肉?どういうことなの?
「お前も天界で産まれた我らの愛し子であるということに変わりない。だがな、このまま落ちこぼれたままでいて良いとは思えないのだ。
お前には今まで色々と教えてきたが、天界にいたままではもうこれ以上の成長は見込めないと他の神々とも結論が出た。」
あ、まずい、このままじゃ本当に下界に落とされるんじゃないの。
「それでは、お前の成長を見守っているよ。誰のために何をしてどう生きどう死ぬのか、一度きりの人生をどのように過ごすのかよく考えるように。簡単に死んで戻ってくることがないように、気を付けよ。」
神様がそう言い終わると、その手に美しく輝く杖が現れ軽く振るわれるのがわかったが、混乱の最中にある私はその場を動けずにいた。
振るわれて発生したその粒子が煌めき流星のように私の背中に降り注いだその時、そこに焼けるような激痛が走った。
あまりの痛みに声もなく叫ぶが今度は息が上手く吸えずに詰まる中、足元の感触が不確かなものになり突然浮遊感に襲われた。咄嗟に翼で飛ぼうとするがそれも叶わず、痛みと混乱でもがくように手を伸ばした先に見えたのは杖を握りしめた神様の後ろ姿だった。そこで私は意識を失った。
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くぐもった話し声が聞こえる。誰?ここはどこ?
背中が焼けるように痛く熱い。息苦しさから掴むものを探し手が地を這う。何だこれは、何だ、これは。
眉間に皺がよる。熱い、熱い。痛い。苦しい。これが受肉するということなのか。
今まで感じたことのない体の違和感に苛まれながらも、どこか冷静な部分で考える。意識を散らして気を紛らわさないと狂ってしまうと本能的にやっているのだろう。
大丈夫、大丈夫。落ち着いて。深く呼吸をするんだと私は自分に言い聞かせる。
前後不覚になる感覚、誰かが私に触れている。
周りでは盛んに言葉のやり取りをしているのがわかるがどこか遠くに聞こえ会話の内容までは頭に入ってこない。
ふと身体がびくりと震えた。
深い呼吸を繰り返している内に意識を無くしていたようだ。
現状を確かめたくて瞑った目を薄く開ければ正面には大人と何人かの子供がいた。
目線が少し高い事、体の下に布が見える事からどうやらベッドに俯せで寝かされている事が分かる。
そこまで確認したところで、また意識を手放してしまった。
あれからどのくらいの時間が経ったのか。何時までも止まぬ背中の痛みや熱っぽさに意識を朦朧とさせていると労るように手が背中に触れた。気持ちいい。
優しく囁かれる声と共に、暖かな力が背中に流れ込むのが分かる。声のする方に顔を向けようとするも上手く力が入らずに起き上がることも出来ないので、その姿をとらえることは出来ない。しかし一つだけはわかったことがある。
中性的な声で囁かれるのは治癒の神様への祈りの言葉だった。
私の為に祈ってくれているのか?
彼だか彼女だかの優しい声に応えるように、身を苛んでいた痛みや熱がじわじわと引いていくのがわかった。
ありがとう、と言おうとして喉に声が詰まり咳込んでしまうと、祈りの言葉は中断された。声の主がこちらを心配気に声をかけてきた。
「ちょっと待ってて、お水をあげるから。」
その人は小さな声でそう話すと水差しから水を飲ませてくれた。
その水のなんと美味なことか。生き返る心地がした。
「ありがとう」
やっとお礼を伝えることが出来少し満足した。
その人は緩く口角を持ち上げると、ゆっくり寝ててと言い背中の状態を少し確認すると静かに部屋を出ていった。
最初に目を覚ましたときはまだ明るかったが、今はもうすっかり暗くなっており光量を加減したランプがこの室内をぼんやりと照らしていた。
背中の痛みが引いたことにより熱っぽさも消え体は随分と楽になっていた。
本当に有難い。
受肉した途端になにもせずに死ぬところだった。
と言うか神様のせいで死にかけたのでは?ちくしょう私が何をしたと言うのだ。
そろりと背中に手を伸ばせば、やはりと言うか何と言うか、翼を失っていた。
きっちり根本から、抉れるように。
再生されたばかりの少しでこぼことした皮膚が指先に触れ、少し泣いた。
自分の翼は好きでも嫌いでもなかったがいざ失うとなると心に来るものがあったのだ。アイデンティティの消失という奴だ。
でも、失ってしまったものは仕方がない。くよくよするのは性に合わないし、切り替えていこう。
さようなら、天使だった私。こんにちは、受肉し人となった私。
私は今日から人間として、この世界で生きていく。
受肉させられた。
ありがとうございました。




