episode09 頭の痛い事柄【sideクロマフ国王】
予はクロマフ国の王である。
我が国は土地の性質上、あまり裕福ではない。
そのため、先代の治世の折も大いに揺れた時期があったと聞いている。
だが、生まれついたこの地に文句の言うのは筋違いだ。
人は生まれる時と場所は選べぬ。
ならば、自分の生まれ落ちた境遇を悲観するのではなく、自らの手で運命を切り開くことにこそ意味がある。
少なくとも、予はそう思っている。
王族として生を受けた予には弟がいた。
予を兄と慕ってくれるとても可愛い弟で、非常に頭の切れる男だった。
弟は『兄が王位を継ぐのは当然の習わし』と言って憚らず、周りからどれだけ嘆願されようとも、自らの意志を曲げることはせず、早々に臣下へと降る。王位継承の余計な火種にならないようとの配慮だ。
ところが、予が后を迎え、ヘイゼルが生まれた頃より、彼の周辺にはきな臭い噂が立ち始める。
――『王弟殿下が王位を狙っている』
そんな噂がまことしやかに囁かれるようになった。
初めて后からそんな噂話を聞かされた時は、あいつに限ってそんな馬鹿な、と笑い飛ばしたが、あいつの娶った妻が男子を出産したと聞いてからは、疑念に駆られるようになった。
継承権を放棄したとはいえ、弟は王族の血を引いている。
国政に関わる場から退いた身であっても、その手腕から未だに復帰を望む声があることは知っている。
もしかしたら、妻子を得た後、周りから説得されて心変わりしたのかもしれない。
自身の息子を王位につけようと企んでいるのではないか。
そんな考えに苛まれるようになった。
それからは弟と関わる時間が大きく減ることになる。
かえってこの対応はまずかった。
当時は距離を置いて何事も無い日々が過ぎれば、こんなつまらない疑念など吹き飛ぶはずだと考えていたのだが、むしろ、顔を合わせないことで増々、悪い考えが大きくなってしまった。
そして、予と弟との決裂が決定的となったのが、グリエント侵攻の事だった。
どんなに内政に尽くしても改善しない国内事情、そこから生じる民の不満の矛先を王家から逸らし、かつ、国力を高めるために導き出した答えであり、共闘を呼び掛けていたエストスから良い返事をもらえた。
王家の威光を保ち、求心力を高め、国も富ませることのできる良い案――そのはずにも関わらず、我が弟をはじめとし、彼を慕う者たちは悉くが、この案に反発した。
代替案もろくに出さない癖に一人前に反発だけはする厄介者。
予は弟を処断することに決めた。
何一つ根拠の無い謀反の嫌疑をでっち上げ、弟を連行して一方的に罪状のみを並べ立て処刑する。弟は終始、諦観の念を滲ませた表情を浮かべたまま、静かに沙汰を待つだけだった。
勿論、弟の妻子を野放しにしては、禍根を残すことになると考え、弟を処刑する前に捕縛に向かわせたが、彼の妻は子とともに焼身自殺を図った。
二人の遺体は損傷が激しく、見分けが付く状態ではなかったが、直前まで身に着けていた宝飾品から二人だと判断した。
予は弟を謀殺してから、歯止めが利かなくなった。
まるで、今まで良き王として振舞っていた反動か、予が望むはものは全て手に入れなければ気がすまなくなってしまった。
予を諫める臣下を追放し、贅沢に溺れ、夫のいる見目麗しい女さえも奪い取る。
そんな所業に后は何も言わない。むしろ、願ったりと言わんばかりに好き放題している。
だが、そんなことをしていれば、王家の求心力が落ちるのは必定。
何とか打開しなければと思っていた時に朗報が舞い込む。
エストスから聖女の力を持った女が亡命してきたと。
すぐに予は彼女、ヘスティアを保護するように命じ、王城へと招き入れて聖女の任を与えた。
彼女の働きは期待以上であり、これを逃す手は無い。この国に留め置くには強力な鎖が必要になるので、予の嫡子であり、王太子でもあるヘイゼルと婚約させることを考えた。
亡命当初はまだ幼さが残っており、予の食指がそそられることは無かったが、今の姿を思えば勿体無いことをした。予があと十年若ければ、即手籠めにしたのだろうが。
ともかく、ヘイゼルの婚約者とするには、身分が大きな障害となる。
元他国の人間というのは、国への貢献を考えれば問題無いだろうが、身分だけはどうにもならない。よって、高位貴族の養子にするための場が、事もあろうに自身の息子に台無しにされた時には、激情から殴り飛ばしていた。
これでは、またすぐにというわけにはいかない。
今はほとぼりが冷めるのを待つ。
幸い騒ぎの渦中の一人であるヘスティアは、変わらず公務にあたっている。
幸い懸念していた彼女との関係悪化も無さそうだ。
予は名実ともに聖女ヘスティアを我が国のものとするべく、思案を巡らすのだった。
ご覧いただき、ありがとうございます。
十年若ければ、とか言って結構最近までやらかしてたでしょうよ……