episode08 聖女は物理も強い
今日も今日とて、私、ヘスティアは聖女としての公務に勤しんでいる。
このクロマフという国は本当に魔物の被害が多く、土地の性格上、アハマール地方などの一部地域を除き、全体的に作物の生育環境に恵まれていない。
それだけに魔物の処理から騎士団の援護に土地の活性化など、聖女である私に振られる公務は膨大であり、その過密スケジュールは並大抵の者ならば、一日か二日で音を上げるようなキッツキツのカッツカツなものだった。
公務だけにちゃんと公休日なるものが制定されてはいるけれど、呼び出しなんて日常茶飯事で休みらしい休みなんてほとんどない。
だから、少し前にあった私をどこかの貴族家の養子にするという会議の前後は、久しぶりの纏まった休みだったのだ。
私の目の前にはトカゲをでっかくしたような魔物がいて、こちらを威嚇している。
体の大きさに似合わず、四足歩行でその動きはなかなかに素早く、鋭利な爪と牙、硬い表皮にしなやかで強い尻尾を巧みに使って来るので結構手ごわい。
何より、口から不快極まりない悪臭を吐き散らかしてくるので厄介なのだ。
「全く、存在全てが不快だわ」
私は短めで厚い刀身のシミターを手に持ち、魔物を処理していく。
聖女だからと言って、何でもかんでも神聖力で解決するわけではない。そんなことをしていては、どんなに膨大な量の神聖力を持っていても、すぐに枯渇してしまう。
だからと言うわけでも無いが、私は時々、こうして武力で制圧することがある。
瞬く間に大型のトカゲ魔物を始末し、刀身に付いた血を振り払って剣を鞘に納めた私のところに、同行していた騎士たちが集まってくる。
「聖女様、いつ見ても流石です!」
「お見事です、聖女様!」
私の周りに集まった彼らは口々に賞賛の声を掛けてくる。
でも、ちょっと待ってほしい。
本来、騎士とは戦場にあって守る者のために剣を振るう者のはずなのに、私が先頭に立って剣を振るい、戦いが終わるのを見守っているってどうなのよ。
だけど、そんな不満は表に出さない。彼らが私と並んでいては足手纏いだったから結果オーライだと、自分の中で割り切った。
「皆さんにお怪我が無くて良かったです」
私が聖女スマイルを顔に張り付けてそう言葉を掛ければ、騎士たちは一様に呆けたような顔をする。
――前も今も、この人たちがほとんど手を貸してくれないのは変わらないわね。好意を向けてくれるようにはなったけど。
ヘスティアがクロマフ国に来る少し前のこと。
私はエストス国のクロフォード子爵家の令嬢だった。
母は幼い時に他界しており、既にこの世にいないが、私に多くのものを残してくれた。
ある時、慈善事業の最中に熱湯を被り、大やけどを負った使用人の手を握ると、やけどが癒えたのだ。
その一件で私に神聖力が備わっていることがわかり、聖女の称号が与えられた。
それからは聖女として公務にあたる日々を過ごしていると、ある日突然、王城に召喚され、聖女としての立場を悪用したとの嫌疑をかけられてしまい、無実を訴えるも聞き入れられることは無く、私を慕う人々と私の力を欲したクロマフ国の手の者の助けで何とか亡命することができた。
「私の力が欲しいと言われたけど、来た当時はひどい扱いだったわね」
少し昔のことを思い出していた私の口からは、ボソリと言葉が漏れていた。
幸い周りにいる騎士たちには聞こえていないようだ。
――いけないいけない。感傷に浸るのも大概にしないと。
私は何も無かったように騎士たちに振舞うと、魔物の残骸の浄化を始めるのだった。
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