episode05 厄介だけど我慢
「あら? 厚顔厚かましい自称聖女のヘスティア様ではありませんか」
「……これはクルエド侯爵令嬢、御機嫌よう」
聖女公務が終わって城内を歩いていた私は、今一番会いたくない人物と接敵していた。
あら、接敵なんて言い過ぎでしたわね。
別に私自身は彼女と対立しているわけではないのですし。例え、彼女の本命であるヘイゼルと私の間で、婚約が結ばれようとしているとしても、私には些か不本意なことなのですから。
彼女――ユレイアにとっては面白く無いことでしょうけど。
それと私は聖女を自称していません。周りが勝手に言っているだけです。
でも、おかげで色々とやりやすいことは認めます。
「まあ、随分と他人行儀ね。もっと、気楽にしてくれていいのよ。私とあなたの仲なのですから」
「そんな恐れ多い事です。卑小なるこの身は陛下と、この国の方々のご慈悲により永らえているに過ぎません。そんな私が皆様とそのように接するなど、烏滸がましい限りでございます」
表面ではまるで私の事を友人だとでも言いたげだけど実際は違う。
私が気を許してボロを出すのを待っているのだ。
相手は侯爵家の令嬢でこっちは子爵家。しかも、亡命してきたから、元が付く立場にある。つまり、相手がどんなに親しくしましょうと言っていても、少なくともこれについては撒き餌であり、罠なのだ。
それを確信させるものがある。彼女は私に自分の名前を呼ぶ許可を出していないのだ。
ここでうっかり私が彼女の名前を口にしようものなら、四方八方からの攻撃が待っていることだろう。
誰がそんなのに乗ってやるか。
「固いわね。ホント、つまらないわ。何であなたのような人が聖女なのかしら」
おや? 露骨に攻撃してきましたね。
私が口を滑らさず、思い通りにならなくて痺れを切らしたのかしら。
というか、この程度のやり取りは会う度、あなたから仕掛けてきているでしょう。そして、過去に一度も私が失態を晒していないことも知っているはずなのに。
――本当に低能だわ。こんなのとあんなのがくっついて国の頭になったら、民が苦労することは、火を見るよりも明らかね。
私は内心を悟られないように、顔に張り付けた微笑の仮面の具合を僅かに下げる。
そして、少し瞳を潤ませて視線を伏せ気味にし、口元に手を当て、さもショックを受けていますアピールをする。
「クルエド侯爵令嬢のお言葉通りでございます。何故、私のような卑賎な者が聖女などに……貴女様の方がよっぽど相応しいというのに」
私と彼女のやり取りを見ていた周りの人々から、ユレイアたちに冷たい視線が送られる。
あちらの方が圧倒的に格上ではあるが、人気という面では私の足元にも及ばない。
これは私の努力もあるのだが、そもそもユレイア侯爵令嬢の評判が元からよろしく無いのだ。
私から言わせれば、貴族らしい、それも高位貴族の在り方に沿った態度だとは思う。
しかし、誰に対しても外面で接する私と、いかにも貴族のご令嬢な彼女では、どうしても偏りが出てしまう。それにユレイアは何かと私に突っかかって来る。
それが余計に彼女の評判を落としている原因なのだが、恐らく気付いていないのだろう。
周りの空気を感じ取ったユレイアは、居心地悪そうな表情を浮かべて私を睨みつける。
あの、この状況は別に私のせいではないからね?
「ふん! あなたと話していても埒が明きませんわ。ともかく、これだけは言っておきます。ヘイゼル殿下は私を愛して下さっているのです。余計なことはなさらないように」
それだけ言うと、ユレイアは取り巻きを連れて踵を返した。
別にヘイゼルなんていらない。むしろ、熨斗つけて差し上げます。
去り際にあちらの取り巻きの一人であるバルミーダ伯爵令嬢の『マーシェラ』と、視線が交錯する。
お互いに無言のまま目礼だけすると、今度こそ私は自室に向かって歩き出したのだった。
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