episode32 新たな幕開け
面倒なディアシーズ主催のお茶会から数日後、私は約束どおり、ベルベットに招かれてラングスト公爵家を訪れていた。
頑強そうな門扉は重厚さと優美さを両立し、重苦しさを感じさせない見事な造りだ。門扉から邸まで続く道もきっちりと舗装され、しっかりと磨かれた舗装石には少しの泥汚れもない。
道の両脇には色とりどりの花が植えられ、時折風に乗って運ばれてくる芳醇な香りもあって、目だけでなく五感でも楽しませてくれる。
「お気に召されましたかな?」
花に顔を近づけ、香りを胸いっぱいに吸い込んで楽しんでいると、品の良い装いと所作の老執事が私に声をかけてきた。
「はい。とても素敵です」
私は微笑を浮かべて返答した。
私自身、花に気を取られるなんて思ってもいなかった。最近は面倒事が多かったこともあって心が荒んでいた気はするけれど。
――まさか、花に癒しを求めるほど疲れていたなんて。
思わぬ発見と言えばいいのか、現実を突きつけられたと言えばいいのかわからないけど、自己管理が甘かったことはよくわかった。
花へと視線を戻して逡巡する私に老執事が、「お帰りの際に花を包みましょうか?」と提案してくれたけど、丁重にお断りした。花は確かに好きだけれど、今は必要ないものだから。
――全てが終わったら、ゆっくり愛でればいいのだわ。
私は立ち上がって老執事に足を止めたことをお詫びし、彼の案内に従って目的の場所に向かった。
邸は白を基調とした外観だけでなく、内装も壮麗であり、ラングスト公爵家の力の大きさを如実に物語っている。加えて華美さだけでなく、時折、見るものを安心させる色合いの調度品が目に入った。こういった格式の高さは力を示す上で有効ではあるが、同時に来訪者に対し、過度な緊張感を与えてしまうことが多々ある。そういったことに対する配慮が所々目に留まった。
それだけでラングスト公爵の人柄が窺い知れようというもの。
「お待ちしておりました」
通された部屋の中にはベルベットがいた。
窓際で外を眺めていたようで、窓の外に見える青空と窓から入ってくる穏やかな風、その風に靡く彼女の金糸の髪に儚げな容姿も相まって、何とも絵になる光景だ。
それにしても、あのスタイルは反則だ。
私も人並み以上にある自信はあるけど、あれほどの膨らみはない。儚げな美しい容姿に魅惑的な体……何とも羨ましい。
「どうされましたか?」
ちょっと思考が良からぬ方向へと飛行していた私は、部屋を入ってすぐのところで立ち止まったままだった。そのため、ベルベットが私に声をかけてきた。それは怪訝さを含みながらも、こちらを気遣っているのがよくわかる声音だ。
「いえ、失礼しました」
彼女を見ていると、私なんかよりもよっぽど聖女様だよ――と、本気で思う。
ともかく、ベルベットに促されて私が白い丸テーブルに用意された席の横に立つと、部屋の中に扉をノックする音が響いた。
「お父様とお母様ですわね。どうぞ」
「えっ?」
ベルベットの言葉に思わず、私の口から変な声が漏れた。
だって、彼女からお茶の誘いは受けたけど、彼女の両親も同席するなんて聞いてない。いや、ここで取り乱す必要なない。彼女から敵意は感じないのだから。
扉が開いて入ってきたのは美しさの中に年齢を重ねた渋みのある男性と、ベルベットによく似た儚げな印象を受ける美しい女性だ。
男性は老執事に人払いを頼むと、女性と一緒にこちらへと向かってくる。
状況からして2人がベルベットの両親で、ラングスト公爵とその夫人なのは間違いない。顔もよく似ているし。
成り行きを見守っていた私の横をベルベットが通り過ぎ、私の前に両親と一緒に並んだ。
3人は顔を見合わせた後、いきなり膝を突いて私に頭を下げた。
突然のことで呆気に取られる私に構わず、公爵が言葉を発した。
「お目にかかれて光栄です、ヘスティア様。この日が来るのをどれだけ待ち侘びたことか」
この後、私は彼らが何故このような行動したのか、その理由を知ることになる。
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