episode30 前妃の呼出
サロンの扉の前に私が至ると、勝手に扉が内側から開かれた。
案内役は部屋の前に来てすぐに、私へと向き返り、頭を下げた。その間、扉をノックしたり、何かしらの合図を出したりした様子は無い。まるで、どこからか私を見ているかのような対応である。
そして、それは実際そのとおりであり、私は陰から私を監視する別の気配に気付いていた。
――全く、こんなことまでして力を誇示したいなんて……どれだけ器が小さいのかしら。
私は臆することなく、静かにサロンの中へと足を進める。
――下らない茶番だけど、付き合ってあげなきゃね。
そう私の方が彼らよりも格上なのだ。寛大な心をもって、弱き者の児戯に付き合うのも一興だろう。
今はまだあちらに、自分たちが優位なのだと思わせておいて、落とす時に一気に高みから蹴り落とすのだから。
私は心の中で口の片端を上げた。
サロンの中に足を踏み入れると、品の良い白い円形テーブルに用意された席に座るディアシーズの姿が目に入った。
採光用に大きく取られた窓からは、明るい日差しが室内に差し込み、レースのカーテンが日差しを和らげ、柔らかいものへと変えている。
用意されている椅子は、華美すぎず、それでいて品格の良さをうかがわせる作りで、白い円形テーブルと足元に敷かれた絨毯との調和が見事であり、この部屋を整えた者の感性の良さが伝わってくる。
もちろん、その感性の持ち主はディアシーズではない。彼女はそんな上品さを持ち合わせていない。
妃に選ばれただけあって、教育による賜物でそれっぽく振る舞うことはできる。ただし、あくまでもそれっぽくだ。その証拠に所作の端々に拙い部分が見て取れる。
「来たのね。ヘスティア・クロフォード子爵令嬢。こちらに来て楽になさい」
「はい。失礼します」
私はディアシーズの言葉に応じ、自分に用意されたであろう椅子の横に立つ。その席が自分が座るべき場所かどうかは、彼女の言葉の後に近くへと動いた使用人を見て判断した。
そして、どうやらそれは正解だったようで、私がその椅子の横に立っても、咎めの言葉も無く、ディアシーズの表情にも変化は見られない。
ただ、私は座らない。使用人が椅子を引き、待ってくれているが、それでもだ。
私はこんな手には引っかからない。
「……楽にして座りなさい。立たせたままでは、私の気が休まらないわ」
「それでは、お言葉に甘えさせて頂きます」
私が椅子の横に立った後、しばらくあってからディアシーズから言葉があった。
今回はそれに従い、私は腰を下ろす。
一つ前の『楽になさい』は、別に『座っていい』と言われたわけではない。だから私は席に着くことをしなかった。そして、今の言葉は、座ることを許可する言葉があったので、それに従った。呼んだ側が相手を立たせたままでは、非礼の極みになるため、気に入らない相手でも、最低限払うべき配慮というところだ。
ちなみにディアシーズは。先の言葉を言う前に紅茶を口にしていた。
本来なら、そんなことする前に言うべき言葉であり、こちらを下に見ていることは明白。実に慇懃無礼な態度であり、実にお粗末な対応である。
――本当……上に立つ者として相応しく無いわね。
私が席に着くと、私の前にも紅茶が出された。
しかし、ディアシーズのものと違い、私の紅茶からは湯気が立っていない。
つまり冷めている。この様子だと、わざと渋くしている可能性も高い。
――やっぱりね。
紅茶に口を付けた私が表情一つ変えないことに、ディアシーズは僅かに目を眇めた。
それから私はディアシーズの会話に付き合う。
なんてことは無い世間話。ただ、こんなことのために私を呼び出したとは考えにくい。
何を狙っているのか――と、内心、訝しみながら会話を続けていると、サロンの扉がノックされた。
「来たわね。二人を中へ」
ディアシーズの言葉に扉の脇に控えていた使用人が、頭を下げドアノブに手をかける。
二人――ディアシーズはそう言った。
一人は容易に想像できるが、もう一人は?
「お待たせしました。母上」
「殿下、ご相伴にあずかり、恐悦至極にございます」
開いた扉から姿を現したのは、一人は私の予想したとおりヘンドリック、もう一人はラングスト公爵家の令嬢『ベルベット』だった。
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