episode03 心遣いの裏表
ヘスティアは自分に宛がわれている離宮の客間に帰って来ていた。
部屋に着き、扉を閉めて即施錠すると、先程の愉快な展開に堪えきれなくなって腹を抱えて笑い声を上げる。
ひとしきり笑い転げた後、「こんな淑女らしからぬ、はしたない姿は見せられない」と、自分を戒める。
しかし、油断すると、また笑い声が漏れそうになる。あれを夢に見て寝ながら笑い声を上げなければいいけど。
笑いすぎて喉が渇いたので、気持ちを落ち着ける意味を含めてお茶の準備をする。
手際よく準備をすると、ポットからカップへと紅茶を注ぐ。
――あの親にしてこの子ありってね。血は争えないものね。ふふ、いけないいけない。手が震えちゃう。
またしても、会議室での出来事が思い出されてポットを持つ手が小刻みに震えていた。
翌朝――
朝の陽射しによる快調な目覚めで、気分も爽やかだ。
体調もバッチリだし、しっかりお腹も空いている。健康な証拠で何より。
さすがに寝衣のまま、使用人を呼ぶのは気が引けるので、上着を羽織ることにする。
何故かここは男性の使用人が来ることが、時たまある。
私は女性ですよ。いくら亡命してきた身だからって、ちょっと扱いが悪いのでは無いかしら。
今日は運よく女性の使用人が来てくれた。
これだけでも気分が良くなる。男性の使用人は薄着の私に、嘗め回すような視線を向けてくる輩がいるから。
まあ、そんな恰好で呼ぶ私も私なのだけど。
ともかく、来てくれた彼女に朝食の用意をお願いすると、返事とともに一礼して下がっていった。
初めの頃は侮蔑の視線を向けてくる人たちが大半で、自分を抑えるのに苦労したっけ。
もちろん、殺意を。
それほど、時を置かずして朝食を乗せたワゴンとともに先程のメイドが帰ってくる。
クロワッサン、ベーコンエッグ、ポテトサラダにオニオンスープと、バランスの良い内容だ。オニオンスープから漂ってくる香りが食欲を掻き立てる。
私がテーブルについて待っていると、何も言わなくてもメイドが料理を並べてくれて果実水まで注いでくれる。
そんなことで大袈裟ね、なんて思うかも知れないが、これが定着したのは、本当に結構最近のことなのだから、感慨深くもなるというもの。
――結構、苦労したものね。頑張った甲斐があったわ。
目を閉じて私がそんなことを思っていると、心配したような声でメイドが声をかけてくれた。
ああ……本当にこういった些細な事でも、自分の努力の成果が感じられる。本当、頑張ったよ、私。
「ううん、何でも無いわ。いつもありがとう」
「そんな! 私なんかに勿体ないお言葉です」
「卑下しないで。こうして、私が何不自由なく過ごせるのは、あなたたちのおかげなのだから」
「ヘスティア様……」
メイドは私の言葉に感無量といった表情で言葉に詰まっていた。
あらあら、目に涙まで浮かべちゃって。ちょっと追い込み過ぎちゃったかしら。
はぅ、顔が緩んでしまいそうだわ。堪えなくちゃ。
決して先の言葉は偽りではないわ。二割……一割は本心からの言葉だから。
「食べ終わったら、また呼ぶから下がってもらっていいわ。手間を取らせるけど、お願いね」
感極まったメイドの眦から涙が溢れそうなってしまったわ。
そのまま彼女は出ていったけど、私がいじめたとかってならないように願うわ。
……前ならいざ知らず、今ではそんなことにならないか。
今のヘスティアは素晴らしい名声を得ている。だからこそ、高位貴族への養子入りに王太子との婚約なんて話が出たわけだ。そんな彼女を悪しざまに言う者は多くない。少なくとも、日頃の小さな心配りもあって使用人の中にそんな者はいない。
いじめたみたいな話が出ても、周りが勝手に抑えるだろうと踏んだヘスティアは、キレイに並べられた朝食に舌鼓を打つのであった。
ご覧いただき、ありがとうございます。