ある亡国の姫君の話
私は小さな国グリエントの王女だった。
その国は小さくとも、豊穣の大地と資源に恵まれ、王侯貴族と民の距離が近く、互いに強固な信頼関係で結ばれており、私が誕生した時は国を挙げてお祝いだったらしい。
上に立つ者は下を慈しみ、下の者は上を敬い尊重する。
両者の関係が良好だからか、『自分こそが王家の守護者たらん』と、騎士や衛兵志願者が数多くいた。それだけでなく、その志も手伝って騎士や兵の精強さは目を見張るものがあり、国は小さくとも兵力では大国にも劣らないと、周辺国から言われるほどであった。
かの国は大国ルナシールと友諠を結んでおり、両国は、それはそれは固い絆で結ばれていた。
グリエントとルナシールには、強い神聖力を宿した聖女と呼ばれる女性がいる。
近年は特に聖女同士の交流も盛んになり、両国の親交は活発になっていた。
そんな折、国境を接するクロマフから使者が訪れる。
使者は現国王の弟で家名はロットルダムと言った。
この訪問は公式ではなく、彼の独断で敢行されたものだった。
王弟とはいえ王家を蔑ろにしていると不敬罪を問われる可能性もあるし、下手をすれば謀叛を疑われてもおかしくない。
それほどの危険を冒してでも彼がこの場を訪れたのは、偏に冷えかけた両国の関係を憂いてのことだった。
――『両国の発展のため。民の笑顔のため。何より我が子の未来のため』
彼の信念に心打たれた私の父は、色好い返事をして彼らを歓待した。
ところが、彼が帰国してから、ふた月ほどが過ぎた頃、突如としてエストスがルナシールに攻め入った。
その頃、ルナシールは国内が荒れており、他国の侵攻に対して十分な備えを敷くことができない状態であった。
当然、友好国の危機を見過ごすなど友諠に悖るとしてルナシール救援のために挙兵、攻め上がるエストス軍を迎え撃った。
両軍の力の差は歴然であり、瞬く間に戦況はグリエント側の有利に傾く。
しかし、ここで予想していないことが起きた。
関係を深めたいとやってきたはずのクロマフが、国境を越えて我が国に侵攻してきたのだ。
主力の大半をエストス軍に当てていた我が軍は対応が遅れ、クロマフ軍の進軍を止めた時には、既に国の奥深くまで侵攻を許してしまっていた。
更にそれを待っていたかのようにエストス軍が侵攻先を変更し、グリエントへと転戦を始める。国家間による挟撃状態となった我が軍は精神的重圧から急速に勢いを無くし、兵たちの疲労も相まって精彩を欠く。
グリエントの王は一早く決断した。
自分の妻にして聖女である王妃ミリエラ――つまり、私の母と私を敵の手が伸びる前に逃がすことを。
当初、母は抵抗したが、最終的には父たちに説得され、涙を呑んで受け入れた。
そうして私たちは難を逃れることができた。
国が亡びた後、母は逃亡先で数年後に儚くなった。
逃避行の間、ずっと神聖力を展開し続けて命を擦り減らしていた影響だった。
母が眠る棺の前に立ち尽くしていると、私が生まれてすぐに守護騎士に任じられた年の近い少年が傍に来てくれた。
――『姫様』
――『今だけ、今だけです。涙も痛みに浸るのも今だけです。必ず果たします。明日からその時まではとっておきます。だから……どうか、今だけは』
――『姫様、私は姫様とともにあります。この身が離れようとも心は姫様のお傍に』
自分の顔を隠すように彼の胸に縋りついた私の背に、彼は優しく手を回してくれた。彼の温かさに堰が切れた私は滂沱の涙を流したのだった。
私は許さない。
私の大切なものを奪っていった彼らを。
私は決して許さない。
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