episode25 復讐を誓って【sideマーシェラ】
今回はヘスティアの協力者の一人、マーシェラ視点です。
作中では、あまり出てこなかった彼女ですが、ユレイアの取り巻きの一人として彼女を誘導したり、隠れて民衆に王族などの醜態を漏らしていました。
私はマーシェラ。バルミーダ伯爵家の娘。
いきなりだけど、私はこの国が嫌い。いや、正確にはこの国の王族が嫌いであり、憎んでいる。クロマフ国内の貴族の家に生まれた私がそんな感情を持つなど許されないことであるが、それでも私は憎まずにはいられない。
私の母はとても美しい人だった。優しく清楚で穏やかな母の声が、いつも自分を包み込んでくれる母の腕と母の香りが大好きだった。
父はバルミーダ伯爵家の嫡男で母より爵位は下だったけど、お互いが相手に惚れ込み、両家とも本人たちの強い想いを尊重し、二人の結婚を許した。
そうして、相思相愛の両親の間に生まれたのが、私、マーシェラである。
――『おかあさまぁ』
――『どうしたの? マーシェラ』
――『これ、おかあさまに』
――『あら、きれいなお花ね。ありがとう』
――『マーシェラ、お父様には無いのかい?』
――『おとうさまにはこっち』
――『マーシェラ、うれしいよ。ありがとう』
――『おかあさまもおとうさまも大好き!』
――『あらあら、ふふふ。お母様もマーシェラとお父様のことが大好きよ』
――『もちろん、私もだよ』
幸せに満ちた家族だった。
常に笑顔と笑い声に溢れた暖かい日々。優しい両親と過ごす楽しい時間。
しかし、それは突如として壊れてしまう。
王命により、母は国王の元へと召し上げられてしまった。母の美しい容姿が目に留まってしまったらしい。
父をはじめ、父母の両親も抵抗したが、王命に逆らえるはずもなく、私たち家族を盾に取られた母は迎えの馬車に乗り込んだ。
――『おかあさま……』
最後の時まで母は気丈に微笑んでいたが、その寂しそうな背中は泣いているように見えた。
母がいなくなった邸内は、それまでの幸せな時間が幻だったかのように悲しみ包まれていた。
それでも、時の流れは止まらない。
父は自らを奮い立たせ、領民のため、私のために仕事に向かった。けれど、父は決して私を疎かにはせず、むしろいなくなった母の分まで私に愛情を注いでくれた。
そうして、母のいない日々の痛みを何とか受け入れられてきた頃、母の訃報が家に届く。
質素な棺の中で一人、その身を横たえて眠る母の姿は、かつての美しい姿からは想像もできない程に痩せ衰えていた。艶やかだった髪は艶を失ってパサつき、頬はこけて手は骨が浮いていた。
私は母の棺に縋りつき、夜通し泣いた。父はそんな私に寄り添い、静かに涙を流していた。
いつの間にか泣き疲れて眠っていた私は、窓から差す朝日の眩しさに目を覚ます。目を開けた先には今までに見たことの無い形相の父の顔があった。
血走った目は落ち窪んでいるのに、憤怒を湛えた瞳は見るだけで恐怖を感じさせ、私の口から短い悲鳴が漏れる。
――『怖がらせたね。もう大丈夫だ』
私をより一層深く自分の腕の中にしまいこんだ父は、震える私の背中をさすって宥めてくれた。
父は表面的には変わらず王家に忠誠を誓う素振りをしている。『妻を王家に捧げた模範的な貴族』などと、称賛とも取れる揶揄を受けながらも、決しておくびにも出さない。王家を転覆させる機会を虎視眈々と狙っていることを。
私も王太子と距離が近いクルエド侯爵家の令嬢、ユレイアに近づき、その取り巻きの一人として王族の動向に探りを入れていた。
ただ、あまりに王族の素行が悪すぎて勝手に情報が集まるけれど、決め手に欠ける。というのも、現王家を支持する派閥の力が強いのだ。愚かな王族は御しやすいので、自分たちの利になりやすいということなのだろう。
――『マーシェラ、あまり危険なことはしないように』
――『わかっています。お父様』
父は別方向からアプローチしている私を心配し、全て自分に任せて静かにしているよう何度も私に言い含めるけれど、母を奪った者たちを前にして何もせず待っていることなどできない。
王は母への興味が薄らいだ後、母を自身の臣下に下げ渡したのだ。
信じられなかった。人を人とも思わぬ所業にも。それを平然と受け入れた輩にも。
こんな外道が巣くう国は掃除をしなくてはいけない。でも、まだできない。
歯痒さばかりが募る中、顔にそばかすを書き、地味な化粧で自分の顔の印象を変えた。体付きも凹凸が出ないようにし、女性らしさが出ないように努めてきたけど、そろそろそれも苦しくなってきていた。
焦燥感ばかりが募る中、ついに転機が訪れる。
――『バルミーダ伯爵令嬢のマーシェラ様ですね?』
その人は、私の前に次期宰相補佐として目されているイサイアス様とともに現れた。
――ヘスティア・クロフォード子爵令嬢
彼女はその身に宿る力を悪用したとして国を追われ、隣国エストスから亡命してきたらしい。
そして、確かにその力――神聖力の強さは確かなものだった。聖女と形容されるに相応しいほどに。
――『人と獣の違いは、己を律することができるか、です。それができない王族は獣と同等、弑するには十分な理由でしょう? あなたと同様に悲しみを抱える人が、あんな者たちの食い物にされる人が増えないように』
ヘスティア様は私の目から視線を一度も外さなかった。
その瞳には悼む思いと気遣いが感じられる。でも、それ以上にもっと深い何かを感じた。
――これは、怒り? 憎悪? ……でも
私にはそれが何よりも信用できた。下手な同情なんかよりも、王家を打倒するという目的を達成するためには、私をはじめとする何もかもをも踏み台にしてでも、それを果たすという強い意志を感じたから。
――『初めまして。バルミーダ伯爵の娘、マーシェラです。ヘスティア様、とお呼びしてもよろしいですか?』
私は母の復讐を果たすため、迷うことなく彼女の手を取った。
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これで「クロマフ事変」の章は終了です。
いくつかの小話を挟んだ後、新章「エストス騒乱」に入ります。