episode22 始まる
王后が襲来した翌日、早速動きがあった。
部屋の外が随分と騒がしい。大人数の荒々しい足音と怒鳴り声が聞こえる。
私にとっては予想の範疇なので特に動じることは無いけど、リネットは物々しい雰囲気に顔が蒼褪めている。
「リネット。心配すること無いわ」
私は彼女の気持ちを落ち着かせようと声をかける。そうすれば、顔色こそ悪いがリネットは私に笑顔を向けてくれた。
本当に心配なんてすることない。相手の動きは私たちが計画した時に予測したとおりなのだから。ここまで読みどおりだと、実に面白い。
部屋の扉がノックも無しに開け放たれる。
貴族牢とはいえ、牢なので中の人間に許しを得る必要などない。だとしても、この人自ら先頭に立って扉を開け放ち、入室してくるのはいかがなものだろうか。しかも、入ってきた時の様子から、全くこちらを警戒している素振りが無かった。
――本当にどうしようもないわね。この男は。
中にいる人間に害される可能性を考えていないのだろうか。
いや、愚問だった。万に一つでもその可能性を考えていれば、先頭に立って入って来ることなどしない。思慮の足りない者の蛮行とでも言えばいいか。
「ヘスティア! キサマ、ついに王族に手を出したな!」
ポンコツことヘイゼルは部屋に入って来るや否や私を指差し、語気を荒げて見当違いなことを宣った。
「なんのことでしょう?」
「とぼけるな! キサマが私の母上に危害を加えたのは分かっているんだ! 母上の手の痛々しさと言ったら……国母である母上に手をあげたのだ。覚悟はできているだろうな?」
私は黙して彼の言葉が終わるのを待った。
待ってはいたけど、別に反論する気は無い。どうせ、言ったところで聞く耳は持たないのは明白だし、そんな労力を使うだけ無駄だ。
それに彼が私の言葉に耳を傾けようとも、この先の対応を変える気は無い。
なので、私としてはこの場のやり取りなどどうでもいいことなのだけど、口を開かぬ私に代わってリネットが反論する。その声音から怒りが感じられる。
「お待ちください! それは事実関係に齟齬がございます」
「何だお前は。侍女如きが王太子である私に口答えするか!? 不敬だぞ!」
「事実を誤認したままでは王太子殿下の恥となりかねませんので、ご注進申し上げた次第です」
「何だと? ではキサマは母上やユレイアが間違っていると言いたいのか?」
「そうではございません。あくまでも『齟齬がある』と申し上げております」
怒鳴り散らすヘイゼルに対し、一歩も退かずに毅然とリネットは言葉を重ねる。
表情は多少強張ってこそいるが、少し前までの蒼褪めていた顔色は、やや興奮気味なのもあってか赤みが増していた。
二人の舌戦はどう考えても、リネットが正しいわけだが、相手は腐っても王族ということもあり、退く気は一切ない。ともあれ、このまま不毛な論戦を繰り広げても致し方無いので、私は一石を投じることとした。
「それで、私をどうなさるおつもりですか?」
私の一言に、それまで言葉を投げ合っていた二人がピタリと止まった。
ヘイゼルが私に視線を移動すると、不敵というかなんというか、何とも嫌味に満ちた薄笑いを浮かべる。
「どうするか、だと? そんなものは決まっている。王族に危害を加えたのだ。公開処刑が妥当だ。おい!」
ヘイゼルの指示で彼の後ろに控えていた衛兵が前に出てくる。でも、彼から見えないその表情は渋々と言った様子がありありと浮かんでいた。
この命令が不服なのはわかるけど、あの阿呆に悟られないように気を付けてほしい。
「罪人には罪人らしい装いがある。身をもって己が罪深さを知るがいい!」
なんて居丈高に宣っているけど、そんな病的なセリフが一体どこから浮かんでくるのだろうか。
衛兵が私にだけ聞こえる声で、「申し訳ありません」と口にすると、私の首と手に鎖で繋がった枷を嵌めていく。彼の手は最後まで止まることなく私に枷を嵌めたけど、その顔は終始、苦々しさを滲ませていた。
衛兵が枷を装着し終わったことを伝えると、ヘイゼルは鼻を鳴らし、不敵な笑みを浮かべて私の方へと近付いてくる。
「キサマには母上が世話になったからな」
私の前に立ったヘイゼルは唐突に腕を振り上げ、私の左頬を拳で打った。
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