episode21 王后の来訪……いや来襲かな
貴族牢に入れられてから数日間、私はまったりとした時間を過ごしていた。
収容されている関係上、当然、公務に従事することはできないし、煩わしい貴族たちの交流も無い。しかも、本来は牢の中にいる関係上、世話をしてくれる使用人が配されることは無いのだが、何故か初日に訪ねてきたイサイアスと入れ替わりでやってきた彼女が、ずっと私の世話を焼いてくれている。
彼女の名前は『リネット』という。
以前、私に自分の父親を助けられた(らしい)ことから、私に対して熱狂的な盲信を捧げてくれているのだけど、ちょっと申し訳ない気持ちになる。私の心はそんなに清らかじゃないので。
それはそうと、彼女のおかげで私は快適な囚人生活を送れている。
リネットが料理人に口添えしてくれたおかげで、温かいまともな料理が十分な量を食べられるし、湯浴みもできて彼女が磨いてくれる。というか、私に拒否権は無い。悪いから断ろうとすると、「私ではお役に立てませんか?」と、心底悲しそうな顔をするので、彼女の気が済むように任せている。
以前にお礼を言ったら、「もったいないお言葉です。他のみんなにも伝えておきますね。ヘスティア様はご自身で思われている以上に、多くの人に慕われているのですよ」と、思いも寄らない事実が返ってきた。
――うん。まあ、快適だからいっか。
私はリネットの言葉をさらっと聞き流した。だって、まともに聞くと恥ずかしいから。
「まったく、立場を弁えていないようね?」
その日の午後、私が収容されている貴族牢に思わぬ客人が現れた。
この国の王后である。
何の前触れも無くやってきた彼女は、私を見るなり開口一番、そんなことを宣った。
ここはどんなに環境が整っていても、牢は牢なのでそこに収容されている人物に会うのに、別に先触れなど必要無いが、穏やかではないその発言はいかがなものか。そもそも貴族牢とはそういう場所だろうに。まあ、普通は侍女など付かないのだが。
ともかく、めんどくさそうな雰囲気しか感じないので、何とか穏便にお引き取り願いたいところなのだが、ひしひしと伝わってくる敵意にも似た感情に、何の言葉も思いつかない。
――このような場所はこの国の母たる王后様には相応しくありませんので、お早くお離れになってください……とでも、言えば帰ってくれるかしら。
なんて色々とどう伝えようか考えていたら、先程の言葉を無視されたとでも思ったのか、王后は目を吊り上げて喚き声をあげる。
「この私を無視するなんて、ホントに身の程知らずだわ! これだから卑しい身は! お前は余計なことを考えず、黙って私たちにかしずき、平伏していればいいのよ!」
部屋の中に破裂音が響き渡る。
王后が右手で私の左頬を張ったのだ。
普通ならそれなりに痛いところだろうけど、私は全く痛くない。というより、私の頬を張った王后の手の方が相当痛いと思う。というのも、どうせこうなるだろうことを見越して神聖力で体を硬化させていたのだ。
今の私は岩石並みの強度があるため、女性の力で頬を張られたぐらいじゃビクともしない。対して王后の手は骨にヒビくらいは入っているかもしれない。その証拠に彼女の眇められた瞳にみるみる涙が溜まっていく。うん。これは間違いなく痛いね。
それでも、そこはプライドが許さないのか。一言も泣き言どころか呻き声も上げずに一緒に来た数人の侍女を引き連れ、無言で部屋から立ち去った。
いったい何がしたかったのかはわからなかったが、とりあえず騒々しい人間が去ったことに安堵する。そこへリネットが、「ヘスティア様!」と、私のところに飛んできた。
「お顔は大丈夫ですか?」
「大丈夫よ、心配しないで。それよりも、あなたずっと睨んでいたでしょ?」
リネットはずっと王后のことを睨みつけていたのだ。
私としてはそっちの方がずっと肝が冷える心地だったのだけど、彼女は全く気にしていないようだ。
「そんなの当たり前じゃないですか。ヘスティア様に無礼を働く者はみんな敵です!」
「……たくましいわね」
「もちろんです。ヘスティア様のお世話係という熾烈な競争を勝ち抜いたんですから!」
何やら私の知らないところで、とんでもない戦いが繰り広げられていたことを今知った。
私は自慢げに胸を張るリネットに、困ったような乾いた笑いしか出なかった。
しかし、ここの王族は、神聖力は他人を治療するぐらいにしか役に立たない――と、でも思っているのだろうか。
そうであるなら、実に無知であるし、愚かでもある。ただ、私にとっては大変都合が良い。
おそらく誰かが情報操作でもしてくれているのだろう。
平穏を取り戻した室内で、私はリネットが淹れてくれた紅茶を飲みながら、ゆったりとした時間を過ごすのであった。
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