episode19 牢の中で時を待つ
私の両脇から兵が両腕を拘束する際、私が持っていたクッキーの入った包みと一輪の花を取り上げた。
傍目から見れば惨めな私の姿に満足したのか、ヘイゼルは歪んだ笑みを浮かべ、ユレイアは勝ち誇ったような顔をしている。
実に浅はかなことこの上ない。こんな衆目の場で根拠の無い罪を問えば、平民はもちろんのこと、これまで王家を支持していた貴族たちでさえ、「自分たちも同じ目に遭うのでは?」と疑念が生まれ、離れていくことは想像に難くない。
私が表情には出さずに心の中で嘲笑していると、兵の一人が私から取り上げた物をヘイゼルへと手渡した。
それを手に取ったヘイゼルの顔が、汚物でも見るかのように分かり易く歪む。
「何だこのゴミは? 人の口に入る物とは到底思えん」
言葉とともにヘイゼルが手に持っていたクッキーの包みと花を床に叩きつけ、その足で踏み躙った。
それを見た瞬間、心の中にあった愉悦にも似た感情は一瞬で消え去り、怒りの感情が溶岩のように沸き出して爆発しそうになったが、子どもたちの嘆きとそれを宥めるシスターの声が聞こえ、何とか我を抑えられた。
ここで自分が怒りに任せて行動しては、これまでの準備が水泡に帰す――と。
私の両脇にいる兵の顔は見えないが、ヘイゼルの後ろに控える護衛たちは苦々しい顔をしている。周囲にいる民衆もこの暴挙を快く思っていないことが表情からありありと分かる。
「連れていけ!」
ヘイゼルの尊大な声が響いた後、強い力で私を兵が連行する。
そんなに強く引っ張らなくても抵抗なんてしないわよ。だって、必要が無いのだから。
「ふぅ。良い茶葉ね。こんなものが用意されているなんて思わなかったわ」
私は貴族牢で憩いのティータイムを満喫していた。
牢とは言っても、それなりの身分にある者を収容する場所のため、ベッドやテーブル、ソファもあるし、広さも客間より少し狭い程度だ。
ちなみに私は最初、地下牢に連行された。
鉄格子の中に押し込まれ、牢に鍵がかけられる直前にイサイアスが来てくれて今の場所に変えてくれた。
あの時の彼の慌てようは凄かった。まさか私を地下牢に入れようとするなんて思っていなかったのだろう。
扉がノックされたので私が返事をすると、件のイサイアスが入ってきた。
思わずその時のことが頭に過ぎり、私は小さく笑う。
「……どうしたんですか?」
「いえ、ごめんなさい。あなたのあの慌てた顔を思い出したら、つい」
「忘れて下さい」
少し拗ねたような彼の態度が殊更可笑しくて仕方が無い。
もう少し揶揄ってもいいのだけど、彼が持ってきたであろう内容も気になるので、本題に入ることにした。
神聖力を展開し、室内の音が外に漏れないように結界を張る。
「首尾はどう?」
「予定どおりクロフォード子爵に便りを出しました。経過と併せて情勢も書きましたので、ヘスティア様の見込みどおりなら、彼の方が動くでしょう。」
「周りに気付かれないように手紙を出すのは骨が折れましたでしょ? ありがとうございます」
「そうでもありませんよ。城内は今、慌ただしい限りですから」
「ふふふ、それもそうね」
「それとマーシェラ嬢とモーラもそれぞれ動いてくれています。おかげで民衆が殺気だっていますよ」
「近衛隊は気が気じゃないでしょうね。それでも、彼らは変わらないのでしょうけど」
私は頬に手を当てて溜息を吐く。
イサイアスも小さく頭を横に振って諦観の念を覗かせた。
彼のその表情が、どこかヘイゼルたちに希望を持っていたのかと思わせる。
私はこの国に来てからの自身が受けた扱いから、彼らに譲歩や手心を加える気は一切無い。彼も私と同じ、いや、私のそれよりも遥かに深い恨みを抱いていると思っていた。特に王に対して。
「意外です。まるで更生の余地があったと思っていたようですね?」
「……父の願いでしたから」
「そう……」
「あくまでこれは私と父の間でのこと。ヘスティア様が気になさる必要はありません。それに民のことを思えば、こうするのが良き道だと思っていますから」
そう言って悲しそうに微笑むイサイアスに私は背筋を伸ばし、彼をしっかりと見据えた。
「辛い選択を強いてしまったことお詫びします。何年かかるかわかりませんが、可能な限り早く収まるべきところに収まるよう、力を尽くすことをお約束します」
私が彼から一度も目線を外すことなく言い切ると、イサイアスは目を閉じてから深々と私に頭を下げたのだった。
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