episode18 冤罪ありがとうございます
色々、書いていたら長めになってしまいました。
『人の口に戸は立てられない』
先日の街中と教会での一件で私はそのことをありありと感じていた。
私が城の中を歩けば、同情にも似た多くの視線を向けられるし、城下や教会では労わりの言葉や私の境遇をまるで自分のことのように憤慨する人もいる。
あれは実に大きな波紋を呼んだ。
ヘイゼルとユレイアは愚行を犯してしまったのだ。
聖女として信頼される私を貶めるだけでなく、自分たちの生活を支える平民たちを嘲り侮るという醜態を晒した。
心の中ではどう思おうとも、それを表に出してはならない。
王侯貴族が普段、苦労なく生活を送れるのは、根底を平民たちが支えてくれているからだ。彼らが汗水流して働いて納める税金やお金以外に収穫した作物の一部を納めてくれるからこそ、今日の彼らの生活が保たれているである。
正直なところ、そんなこともわからないのかと呆れかえってしまったのだが、私、ヘスティアにとっては追い風となるので、それほど悪いことではない。ただ、そんな無能が上にいるこの国の民が不憫でならない。
特に私に気持ちよく接してくれるアハマール地方に住まう人々を、一日でも早く、こんな腐った国から解放してあげたい気持ちでいっぱいだ。
「ヘスティア様」
教会での公務の休憩中にそんなことを考えていると、不意に声をかけられた。
顔を向けると、そこにはモーラと数人のアハマール地方の民がいる。
「まぁ、モーラ。久しぶりですね」
「ヘスティア様もお変わりない様で何よりです」
「部屋とお茶の手配をしてきます」
私たちの様子を察したイサイアスが、気を利かせてシスター長の元に向かう。
彼は以前の改善点を反映させた施策の成果状況を確認しに出ていたらしく、途中で出くわした後、私の公務に付き添っていた。加えて今日はもう一人、私と行動を共にしている女性がいる。彼女は認識を眩ませる術を施したフードを目深に被っているため、私の隣を歩いていても全く印象に残らないだろう。
「わざわざ来てくれてありがとうございます。モーラ。皆様方も」
「そんな当然のことでございます」
「モーラ。そんな風ではダメですよ」
私の感謝に大仰な返事をするモーラを見て、思わずそんな言葉が出てきてしまう。
本当に困ったものだわ。まだ周りの目があるのだから。
そこへちょうど部屋の準備が整ったと、イサイアスが迎えに来たので、私たちは移動することにした。
場所を移して私たちはこれからのことを話し合う。これは他の人には聞かれたくないことなので、念には念を入れて部屋の外に音が漏れないように結界を張ることにした。
結界を張り終わり、他に聞かれる心配の無くなったところで私から口を開いた。
「わかっているとは思いますが、もうすぐで仕上げになります」
私の言葉を聞いたこの場にいる全員が、何もすることなく無言で頷く。
その表情からきっちりと意味を理解している様子がわかった。彼らは優秀なので理解できないはずも無いのだけど。
「市井でヘスティア様に対する王族の態度や、置かれている現状などを流布しています。それを聞いた民衆の間で王侯貴族への不信感が高まっているところです」
「自分たちに手を差し伸べてくれる、聖女ヘスティア様を蔑ろにするなど許せない――と言ったところですかね」
「そのとおりです。イサイアス様」
「ヘスティア様の人気が高まれば、相対的に貴女を蔑ろにしている王家や貴族に対して非難の声が高まるわけだ」
モーラとイサイアスが納得したように何度も頷く。
どうやら市井での私の評価は自分で思っている以上に良好らしい。それと同時に王家への不信感も相当なようだ。
――まあ、アレだものね。
思慮の足りないヘイゼルと主に下半身の欲望に忠実なクロマフ国王を思い浮かべ、私は為政者としてはあまりに程度の低い彼らに改めて呆れの溜息を漏らす。
私が顔を上げれば、皆一様に同じような表情をしていた。どうやら考えることは一緒のようだ。特にイサイアスの表情は暗い。本気で国の行く末を案じているのだろう。
「仕込みは順調なようですね。この後は?」
「予定どおり、公務の終了を見計らって誘導します」
「いつも手間をかけさせて申し訳ありませんが、よろしく頼みます」
フードの女性は私に返事をすると、一人先に部屋を後にした。
残った私たちもそれぞれの役割をこなすため、各々行動に移る。
私は教会での公務を終え、今後の調整を教父とシスター長とともに行っていた。
そこに併設されている孤児院から子供たちが私の近くへと走り寄ってくる。
「聖女様! 今日もありがとうございました!」
「いつもたくさんの人を治してお疲れ様です。あの……これをどうぞ」
そう言って恥ずかしそうにもじもじしながら差し出された手の上には、リボンがあしらわれた小さな包み紙がある。中身はおおよそ想像が付く。公務の途中、奥からとても良い香りが漂ってきていたから。
でも、ここでそれを言うのは無粋というものだ。私は何も気付いていない素振りで訪ねてみる。
「まぁ、私に? ありがとう。とても嬉しいわ。ちなみに何かしら?」
「クッキーです。わ、私たちが焼いたものなので、その……お口に合うか」
私は包みを受け取ると、リボンを解いて包みを開く。
中から形や大きさがまちまちなクッキーが出てきた。中には少し焦げてしまっているものもある。
確かに売り物とは比ぶべくも無いかも知れないが、それは何も知らない者からすればの話だ。
私からすれば、どんな売り物よりも価値がある。それこそ国一番の高級店の品をもらうよりも、遥かに嬉しい。
これを作るために彼女たちがどれだけ努力したのか。どれだけ私のことを考えてくれたのか。それを思えば思う程、私の心は温かさで満たされていく。
「とても美味しいわ」
「せいじょさま。はい!」
私がクッキーを一つ、口の中に入れてその美味しさに感じ入っていると、院で一番幼い男の子が私に一輪の野花が握られている手を伸ばしてきた。
小さく可憐でありながら、力強く咲く花は、まさにここの子どもたちそのものだ。
私はその花を受け取ると、自然と顔が綻んだ。いつもの張り付けた笑顔じゃない。心からの、私本来の笑顔で彼らにお礼を言った。
「止まれ!」
私は残ったクッキーと一輪の花を大事に持ち、私を見送る子どもたちに笑顔で手を振って表に出ようとすると、怒号とも取れるような大きな声がした。
その声を聞いてそれまでの笑顔が、一瞬で引き攣った子どもたちを不憫に思いながらも、声を発した者の方へと振り返れば、不満を隠そうともしないヘイゼルがそこにいる。その隣には勿論、ユレイアの姿がある。この二人は今ではセットでいないことの方が珍しい。
「ヘスティア! キサマを拘束する!」
「……何故ですか?」
「聖女の力をもって国を陥れようとしたことはわかっている! そして、私の寵愛を受けるユレイアに危害を加えようとしたこともな!」
「ヘイゼル様! 国家反逆を企てる者など聖女ではありません! 悪逆の徒です!」
「なら、悪逆聖女……いや、悪女と言ったところだな!」
私が何も口を挟まないのをいいことに、勝手に二人で世界を広げていく。
散々、私を罵ってくれた後、兵に命じて私を拘束させた。特に抵抗することなく、私は大人しく従う。兵に瑕疵があるわけではないので、怪我でもさせたらさすがにかわいそうだ。
ただ、この瞬間、この国の滅亡への足音が聞こえ始めたような気がして、私は内心ほくそ笑んだ。
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