episode17 勝手にやらかしてくれたわ
私は場所を教会の治療室に移して引き続き公務にあたる。
イサイアスは先に王城に戻り、得られた情報から通行区域の改善案を練るらしい。
そして、何故か私のところにユレイアたちがついてきた。街中の一件で十分だと思ったのだけど、まだ何かを仕出かしてくれると言うのだろうか。それはそれでありがたいけど。
「ヘスティア様、本日もよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
いつも私と一緒に治療にあたるシスターに声をかけられた。
彼女たちも治癒術は使えるが、私程の効果は無い。なので、治癒術による治療が必要な程に重症の人を私が担当し、そうでない人たちは彼女たちが担当する。時に治癒術を使い、時に薬や包帯などで対処と、程度に合わせて柔軟に対応している。
私も神聖力を用いる治癒術の行使はそれなりに消耗するので、本来は彼女たちと同じようにするべきなのだけど、今のところは薬などを使わずに対応している。
――その方が私の支持を得やすいからね。
公務で私の担当が割り振られている日は、いつも以上に多くの人が訪ねてくる。
理由は費用にある。
シスターは教会の所属なので、私が来ない日の治療行為の対価は『献金』という形で教会に納められる。これがなかなかに高額で、そう何度も厄介になることができない。
それに対して私が治療にあたる日は、それら全てが公務として扱われ、『税金』として国に納められることになる。ちなみにこの公務の時の金額が格安のため、誰もがこぞって公務の日を狙ってやってくるのだ。
それ故に公務の割当日は原則、高位貴族の利用を制限している。症状が重い場合は別だが、たいしたこと無いにも関わらず、やってきて横柄な態度で周りにも迷惑をかけたからだ。
こういった機会は弱い立場の者のためにある。平時から恵まれた生活をしているような者たちに与える施しは無い。
ちなみに公務時の金額設定やシスターの協力は王家が勝手に決めた。
この話を受けた時、「神聖力は弱き者たちのためにある力。そんな者たちから高額な報酬を受け取るわけにはいくまい」と、宰相が宣った。しかも、脇でヘイゼルがそのとおりだと言わんばかりに頷いている姿には、正直頭に来て殴り倒しそうになった。
自分たちは何もできない癖にホントどの口が言うんだか。厚顔無恥も甚だしい。
私やシスターの扱いに教会から異議申し立てがあったが、王家側はにべもなくそれを退けた。
――まあ、私としては別にいいんだけど。そっちの方が同情を買いやすいから。
公務が始まり、私は迅速に治療を進めていく。
治癒術を使う前に傷病人から経緯を聞き、対象箇所を絞ることで少ない力で早く終わらせることができる。これに気付く前はやたらめったら治癒術をかけていたので、効率が悪すぎて毎回、疲労困憊になっていた。
病気に対しては特に聞き取りが重要になる。
基本的に治癒術は病気に直接的な効果は無い。ただ、体の中で傷ついた部分を修復したり、失った体力を補完したりすることで、間接的に治癒の手助けをする形だ。
この時の神聖力を生命力に変換する際、相手の体の波長に合わせることで効率性がより増大する。
これらを長い苦行を経て得られたことを考えると、決して悪い事ばかりでは無かったように思える。
実際、私一人で王都にいる過半数を治療することができると思う。
効率が良くなったのもそうだが、それ以上に私の神聖力内包量が格段に増しているからだ。
だからこそ、先日のブラックミュカスとの戦いも周りを守りながら、余裕で立ち回れたのである。
「おい! ヘスティア! ヘスティアはどこにいる!?」
初老の平民男性の治療が終わろうかと言う時、実に耳障りな声が響いてきた。
ここには治療を求めて多くの人が詰めかけている。つまり、誰もがなにかしら具合が悪いというのに、少しは配慮というものが無いのだろうか。いや、あるわけないか。そんなものがあれば、もう少し分別があるはずなのだから。
声の主にせっつかれて仕方なく、シスターが私の所へ彼を案内してきた。彼女はとても申し訳無さそうな顔をしていたが、これ以上騒がれては堪らないので、別に彼女の行動を咎めるつもりは無い。それは彼にこそすべきだろう。
傲岸不遜な声の主であるヘイゼルに。
「ヘスティア! この私が呼んでいるのに私の元に来ないとは何事だ!?」
「『何事だ』と言われましても、私は治療の真っ最中です」
「私に口答えするな!」
「これは『公務』です」
「なっ……王太子であるこの私よりも、そんな奴らを優先するのか!?」
「当然です」
本当にまったくこの人の頭の中はどうなっているのか。
何故、公務よりも何の正当性も無い彼の我儘が優先されると言うのでしょう。そんなことあるわけが無いのに。
ともかく、彼の無駄に大きな声で私とのやり取りは、この場にいる全員に聞かれています。いくらなんでも、少しは周りを気にすることができないのかしら。
「なんて無礼な! 殿下の言葉よりも平民どもを優先するなど。不敬もいいところです!」
そこへユレイアが横槍を入れてきた。
というかまだ居たのね。あまりに静かだから、てっきり帰ったのかと思っていたわ。
「おぉ! ユレイアもいたのか。君もそう思うよな。当然だ」
「はい。その勿論ですわ!」
あっという間に自分たちの世界へと突入した二人を、周囲は白けた目で見ている。
本当に素晴らしいわ。この似た者同士は。
「ふっ、ユレイアの姿を見たら怒りが静まったな。おい、そんな奴らより私の騎士の治療を優先しろ」
「……どなたか『おい』という方をご存じですか?」
「ふざけるな! ヘスティア、お前のことだ! さっさとやれ!」
ここで初めて私は椅子から立ち上がり、ヘイゼルの護衛騎士に歩み寄る。
見れば左の前腕に切り傷があった。しかし、深いわけでも無く、適切に処置がされている。このままでも数日で傷は塞がるだろうし、尚且つ剣を振るのに支障は無い。更に言えば、訓練中に自分の不注意で負った怪我だ。
そんな人間を優先する道理は無い。
「お引き取り下さい」
「な、なんだと!?」
「お引き取り下さいと申しました。私が治療を施す必要性がありませんので」
「ふざけるな! 私の護衛だぞ!」
「ヘスティア様、それは酷すぎます。殿下にもしものことがあったらどうするのですか!?」
その後、二人が喚いて集中できないので、別室にて治療を行うことにした。
さすがの彼らも部屋の中までは入ってこない――というよりは、シスターや治療の終わった方々が防いでくれた。
選民思想が強く、平民に触れられるのを嫌う二人にはとても有効だったようで、しばらくしたら渋々帰ったと教えてもらった。
「ヘスティア様、大丈夫ですか? 私たちにはありがたいですが、それで貴女様の立場が悪くなるのでは……」
「大丈夫です。心配なさらないで」
シスターだけでなく、皆が私を心配して言葉をかけてくれた。
その声に混じってヘイゼルたちを非難する声も聞こえる。
――もう十分ね。
私はそう確信したのだった。
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