episode16 普段どおりにしていればよさそうね
私は今日も公務に勤しんでいた。
主な予定は視察と教会での傷病人対応だ。
街中で馬車に轢かれる件数が結構な頻度で発生していたので、それを改善するために人の歩く範囲と馬車の通る範囲を分けたらどうかと提案し、その効果を確認する目的で視察の予定が組まれている。
王都は幸いなことに道幅が広いため、人と馬車が擦れ違えるようにしても露店を構えるだけの区域が十分に確保できる。
このおかげで事故は減少傾向にあるが、この施策で生じる不都合や改善点を洗い出すため、街の人たちから直接話を聞こうというわけだ。
ただ、こういうのって王侯貴族が行うべきことであって、私が行うことでは無い気がするのは、きっと気のせいではない。まあ、今更なんだけど。
「事故は減っていますが、不都合な点が必ず出ているはずです」
「そうですね。こればかりは声を聞かなくてはわかりません」
馬車の中にはイサイアス、侍女一人と文官二人が同乗している。
ちなみに私の提案を形にしてくれたのはイサイアスだ。
事故に遭って教会に運び込まれる怪我人が多かったので事情を聞くと、人の往来に普通に馬車が通るため、事故が多いのだということがわかった。
そのため、私は街の人たちに道を分けるよう提案したが、どんなに聖女と持て囃されようとも、所詮は亡命してきた子爵令嬢。そんな私の言葉に誰もがまともに取り合おうとはしなかったが、それを聞いたイサイアスが上から許可をもらい、実行に移してくれた。
さすがに王家が認めた命令では従わざるを得ない。当然と言えば当然だ。
私としては事故が減って怪我人が減れば、仕事が減るからありがたい。だけど、それだけではない。
――馬車の事故で親を亡くし、孤児になってしまった子たちもいるし。
だからこそ、防げるものは防ぎたい。無くなるのが一番だけど、それが無理なら可能な限り減らしたい。
大切な人を喪う悲しみなんて知らない方がいいのだから。
――まあ、寿命があるからそういかないんだけどね!
「何か変な事を考えていませんか?」
「人聞きの悪い事を仰らないで下さい。私は真剣に人々の暮らしが良くなるように願っているのですから」
「……そうですか。それは大変申し訳ございませんでした」
まったくもって失礼なことにイサイアスは不躾な問いを私にかけてくる。間髪入れずに反論すれば謝罪の言葉こそ口にしたが、その目は明らかに私のことを訝しんでいるのが丸わかりだ。
まあ、彼は私の同志みたいなものだから別に気にしていないけど。
「おかげさまで事故は減りましたし、往来が整然としたように感じます」
「それは良かったです。ただ、歩行区域が若干、狭いように思えますね」
「確かに……もう少し余裕が欲しいところですか」
「はい。何とか広げられないかと思案中でして」
通行区画の整理を進めるため、指名した実務担当者からの現状説明を受けながら、実際に目にして感じた不都合を解消する方策が必要になりそうだけど、それを外で行うのは難しい。
街路図や通行量などを加味する必要があるので、この場で解決策を導き出すのは困難と結論付けたところで、お邪魔虫がやってきた。
「あら? 自称聖女様じゃないですか。奇遇ですわね」
「クルエド侯爵令嬢、ご挨拶申し上げます」
区画の拡大案は持ち帰って検討することを担当者に伝え、教会へと出発しようとした矢先、ユレイアが私に声をかけてきた。
当然、彼女はいつもどおりに取り巻きを引き連れている。
その中の一人、マーシェラと目が合い、お互いに目礼する。
――手筈どおりね。助かるわ。
ユレイアがここに来たのは偶然ではない。彼女の取り巻きの中にいるマーシェラがそれとなく誘導したのだ。
「街へ出て来てみれば、馬車の通行が制限されているとかで煩わしいったら無いわ」
やって来て早々に始まったユレイアの空気を読まない不用意な発言が飛び出した。
それでも、これはいつもの事なので、私としては別に気にするところではない。むしろ、これが無いと、かえって心配になるぐらいだから。
だけど、それは彼女の性格を知る私やイサイアスだからたいして気にしないのであって、他の、特に上位貴族と接する機会の少ない面々からすれば話は別だ。
ちなみにこの計画については、広く知らせるために触れが出されている。もちろん、試みの他に目的も含めてである。だからこそ、クルエド侯爵家の御者も規制に従ったのだ。
それにも関わらず、ユレイアの口から出てきた言葉は、『私の行く道を妨げるとは何事だ』と、言っていると取られても不思議ではない。
イサイアスの表情は変わっていないが、実務担当者の顔は一目でわかる程に強張っている。
――当然よね。一人でも事故に遭う人を減らしたいって言っていたもの。
事故の犠牲者は減らしたい。でも、流通や生活の妨げになることは避けなければならない。
両立することが難しいこの難題に対し、真摯に取り組んできた努力を嘲笑されたも同義だ。
私も表には出さないけど、内心は面白く無い。事故でどれだけの人が不利益を被っているのか、本気で考えたことがあるのだろうか。きっと無いのだろう。
貴族の多くが馬車を利用しているのに。
「また、どうせ貴方がこんな詰まらないことを言い出しのでしょう? 本当、私たちの迷惑も考えてほしいわ」
私に対する予想外の刺々しい言葉がはっきりとユレイアの口から放たれた。
正直、私もこれには驚いた。まさか、ここまで言ってくれるなんて。
ユレイアの声を聞いた実務担当者だけでなく、道行く人々も厳しい目で彼女たちを見ている。それに気付いたマーシェラ以外の取り巻きたちが居心地の悪さにオロオロしているが、ユレイアだけは居丈高に胸を張って得意気な顔をしている。一体どこからそんな自信が湧いてくるのか。
でも、今はその不可思議な自信に感謝しかない。
おかげで随分と良い印象を植え付けられたはずだから。
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