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裏切り上等  作者: 夏風
第1章 クロマフ事変
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episode13 慰問には汚れても良い服装で

 私は子供たちと庭で遊んでいた。

 少し前まで男の子たちと追いかけっこをしたりしていたので、今は女の子たちと一緒に花冠を作っている。

 そして、件の問題児……もとい侯爵令嬢()は従者が持ち込んだティーセット(組み立て式の簡易テーブルまである)で優雅にティータイムを満喫中だ。

 視線だけは何故か子供たちに向けているが、あまり良くない感情が見え隠れしている。

 そもそも、慰問に来たはずなのに、お茶を飲んで眺めるだけとは、これ如何に。


「おねえちゃんは遊んでくれないの?」


 三歳ぐらいの男の子が果敢にもユレイアに話しかけている。

 挑戦魂に溢れていて大変良い事だけど、今回は相手が悪い。

 私は一緒に花冠を作っていた子たちに声をかけると、静かに二人へと近寄る。


「はぁ? 何で私があなたたちと遊ばなければならないの?」

「でも、せいじょさまは遊んでくれるよ?」

「私には関係ないわ」

「いっしょに遊ぼうよ」


 そう言って男の子がユレイアへと手を伸ばす。

 瞬間、ユレイアが鋭く男の子を睨みつけた。


「汚い手で触るんじゃないわよ!」


 叫ぶと同時にユレイアが手に持っていた扇で男の子の手をはたこうとする。

 それを私は間に割って入る形で手を伸ばし、男の子の手を守った。

 乾いた音が響き渡ると、男の子が泣き出してしまう。


「はいはい、大丈夫よ。何も怖い事は無いわ」


 私は男の子の体を優しく抱き、背中を摩って気持ちを落ち着かせると、シスターの一人に任せた。

 私はゆっくりとユレイアに向き直る。


「な、なによ? 私は悪く無いわよ。あんな汚い手、私のドレスが汚れるじゃない!」

「そん――」

「一体、何を仰っているのかわかりかねます」


 私の言葉は、院長の言葉によって遮られてしまった。

 温和な院長のものとは思えない程の低く冷たい声音から、どれだけユレイアの言動に憤っているのかがわかる。


「クルエド侯爵令嬢様、あなたは慰問に来たと言いながら、お茶を飲んでいるだけではありませんか。お茶が飲みたいのでしたら、ここでは無くご自宅で楽しまれては如何ですか?」

「なっ――」

「そもそも、そんな服装で慰問とは笑止千万です。顔を見せるだけでは慰問とは言えません。ヘスティア様を見て何とも思わないのですか?」


 私の服装は教会から支給される聖女服だが、裾は擦り切れ、所々に落ちなかった泥汚れの色が付いているが、これでもまだ着られる。

 もう少し痛んだら、汚れていない部分だけを裁断して孤児院に布地として寄付する。

 ちなみに治療日に着る聖女服は別にしている。怪我人の血が付くことがあるためだ。


 院長の指摘通り、ユレイアの服装は理に適っていない。

 慰問に来るなら、動きやすく、汚れてもいい服装で来るのは当然だ。


「わ、悪かったわよ。私も初めてでわからなかったから……せめて、寄付でも」

「必要ありません。今すぐお引き取り下さい」


 ユレイアが脇に控えていた従者に視線を送ると、従者は頭を下げて敷地の外に停めてある馬車へ取りに向かおうとするが、それを院長が制止した。

 予想していなかった返答にユレイアの声が大きくなる。


「はっ? 何を言っているの? 私の寄付はそこの女とは違ってドレスや宝石よ。要らないわけないじゃ――」

「必要ありません、と申し上げております」


 院長は焦ったように捲し立てるユレイアの言葉を遮った。


「華美な服も宝飾品も必要ありません」

「あなたに必要無くても、子供たちには必要でしょ!?」

「いいえ、そんな物を頂いても持て余すだけです」

「それなら、売ってお金に換えればいいでしょう!」

「清貧を旨とする私たちがそのような物を持ち込んで取引してくれる店があると?」

「子供が持っていけば――」

「論外ですね。この子たちは孤児です。この子たちが持っていけば、盗品だと疑われるのが関の山です」


 自分の言い分を尽く否定されたユレイアは顔を真っ赤に染めて怒りに歪ませた。


「ああそう! よくわかったわ! 金輪際こんなところには寄付なんてしないから!」

「ええ、結構です」


 澄まし顔で答えた院長がよほど気に食わなかったのか、ユレイアは奇声にも似た喚き声を上げて馬車へと向かって行った。

 従者も急いで広げてあったセット片付けると彼女の後に続く。


 ――大変そうだなぁ。


 慌ただしく立ち去る従者の姿を見て、暢気にそんなことを考えていた私の意識は、院長に手を取られて引き戻された。


「ヘスティア様、出しゃばった真似をしてしまい、申し訳ありません」

「えっと……私よりも皆さんの方が心配だけど」

「私どもはどうなっても構いません。しかし、ヘスティア様にまで害が及んでしまうかと思うと……」


 私の手を握る院長の手が震えている。

 彼女は強い(ひと)だ。自己犠牲も厭わずに立ち向かう、とても母性愛に溢れた。

 私は穏やかな笑みを浮かべて院長に話しかける。


「まだ時間がありますから、部屋に戻って子供たちに絵本を読んであげたいです」

「っ! はい、はい! ありがとうございます」


 私は院長と一緒に子供たちを引き連れて建物の中へ戻るのだった。

ご覧いただき、ありがとうございます。

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