いじめられっ子、レベルアップする
それは俺が高校に入学して、すぐの頃のこと。
中学でいじめられっ子だった俺は、高校デビューならぬ高校いじめられ引退を果たし、平穏な日々を過ごしていた。
高校に上がって良かったことはほかにもあって、たとえば、給食がないところだ。
いったい何を言っているんだ、給食はあったほうがいいだろうと思うかもしれないが、ポイントは昼食代として親から渡されるお金である。
今日、一ヶ月の昼食代として、一万円という大金が俺に与えられた。
この金銭の用途は問われない。
それはつまり、昼食代をうまくやりくりすれば、漫画の一冊や二冊はゆうに買えるということ。
そんなわけで俺は、学校帰りに、近所の書店に向かうひと気のない路地をウキウキ気分で歩いていた。
だがそこで、遭いたくないやつらと遭遇してしまった。
「おっ、誰かと思えば楠木裕也くんじゃん」
「裕也くーん、ちょうど良かった。俺たちちょうどお小遣いがほしかったんだ」
進んでいた路地の先から、三人のガラの悪い男子が現れた。
中学時代に俺をいじめていた主犯格のやつらだ。
三人はへらへら顔で、俺に向かって歩み寄ってくる。
せっかく高校生になっていじめられっ子を卒業できたと思ったのに、まだこいつらに付きまとわれるのか。
俺はきびすを返して、そいつらから逃げようと走った。
でも俺は、脚が遅かった。
俺の運動能力の低さは、同い年の男子の中でも折り紙付きだ。
「なに逃げようとしてんだよ!」
「──うぐっ!」
すぐに捕まった俺は、ボディに一発入れられた。
俺が膝をついてうずくまると、そこにさらに数発、顔面や腹に拳や蹴りが叩き込まれる。
なすすべもなくリンチされた俺は、懐を探られ、財布を抜き取られた。
「おっ、一万円も入ってんじゃん」
「マジで? 裕也くんお金持ち~!」
「……か、返せよ……」
「はあ? なに生意気に命令してんだよ、裕也! おいっ、殺されてぇのか!」
「うげっ! げほっ……!」
俺はさらに何発も、腹に蹴りを入れられた。
やがて三人は、俺の財布から一万円札一枚を抜き取ると、財布を俺に放り投げて立ち去って行った。
「くそっ……! あいつら、弱い者いじめが愉しいのかよ……!」
悔し涙を流したところで、何が変わるわけでもなかった。
***
それから数日後。
俺が昼食を買うお金もなく、空腹でみじめに暮らしていたある日のこと。
世界にとんでもないことが起こった。
世界の各地に「ダンジョン」が現れたというニュースがテレビで流れ、学校でも話題となったのだ。
それと同時に、「探索者」と呼ばれる人たちが、世界中に次々と現れたと報じられた。
探索者たちは特殊な力を持つという。
「レベル」や「ステータス」を持つ彼らは、ダンジョンに潜って「モンスター」を倒すことにより「レベルアップ」するらしい。
ちなみに、親にいつ言い出そうか迷っていたが、実は俺もその一人だった。
ダンジョンの発生がテレビで報じられ始めた日の前日、朝起きたら突然、探索者の力に目覚めていたのだ。
またそれと同時に、家の近くにある一つのダンジョンを「感知」した。
そこにダンジョンがあると、なんとなく気付いたのだ。
俺は探索者の力に目覚めた日の夜、家の台所からこっそり包丁を持ち出して、ダンジョンへと向かった。
客観的に見て奇行や凶行のたぐいだったと思うが、俺はそうするべきだとも、そうしたいとも思った。
勘が訴えるままに自転車を漕いで、十五分ほど。
ダンジョンの入り口は、放り出された工事現場の更地にあった。
斜めに下る大穴が、地下に向かって続いている。
俺は周囲に人がいないことを確認すると、自転車から降り、大穴を慎重に下っていった。
しばらく穴を下っていくと、その途中で、謎の動く物体に出会った。
半透明の水色をした、ぷるぷるとしたゼリー状の物体。
大きさはバレーボールぐらい。
目や鼻や口のような器官はないが、そいつは俺の存在に気付いているように思えた。
そいつは洞窟内を思いのほか俊敏に跳ね、俺に向かって飛び掛かってきた。
俺はそいつのことを「モンスター」だと直感し、包丁を取り出して応戦した。
素早く跳ね回るそいつは、体当たりで俺を攻撃してきた。
俺の包丁による攻撃はなかなか命中しなかったが、三回切りつけたところで、そいつは光の粒となって消滅した。
そいつが消滅した後には、小さな宝石のようなものが転がった。
俺はそれを拾い上げると、ズボンのポケットにしまう。
勝ちはしたけど、俺は全身にいくつものひどい打撲傷を負っていた。
「ステータス」を開いてみると、「HP」が「7/16」と記されていた。
朝見たときには「16/16」だったはずだ。
また「経験値」が「0」から「4」に表示が変わり、「次のレベルまで」が「10」から「6」に減っていた。
俺は下ってきた大穴を、よろよろと引き返す。
そして痛む体で自転車を漕ぎ、帰宅して床についた。
一晩休むとなぜか打撲傷が癒え、「HP」も「16/16」に戻っていた。
***
俺は同じことを、まず三日間続けた。
夜になると自転車を漕いで放棄された工事現場に向かい、大穴を下っていくと初日と同じような場所で同様のモンスターと出会ったので、それを倒して帰ったのだ。
すると三日目に「レベルアップ」して、俺のレベルが「1」から「2」になった。
強くなった気がした。
体の奥底から力が湧きだしてくる感じがして、筋力や運動神経も上がったように思えた。
テレビのニュースを見るに、あのモンスターは「スライム」と呼ばれているようだ。
俺はそれからも、毎日のようにスライムと戦って倒した。
レベルが上がってからは倒すのが少し楽になって、一日に二体倒すことができた。
次の三日間で、俺のレベルが「3」になった。
その次の三日間で、俺のレベルは「4」になった。
その次はレベルアップに必要な経験値が大幅に上がって、レベル「5」になるには五日間かかった。
レベルアップは徐々に緩やかになっていった。
俺は少しずつ、ダンジョンの奥に潜っていった。
スライム以外のモンスターも現れるようになり、俺はそいつらも倒しながら先に進んでいく。
ダンジョンには「宝箱」があり、その中から「錆びた剣」や「木の盾」を見つけた。
俺はそれらをダンジョンの近くに隠して使うようにしたため、家から包丁を持ち出すことはなくなった。
俺が探索者であることや、この場所にダンジョンがあることは、誰にも明かさなかった。
***
およそ一ヶ月後。
俺のレベルが「7」にまで上がった、ある日のこと。
学校帰りの路地裏で、例の三人組と遭遇した。
「裕也く~ん、今月もお小遣いちょうだ~い」
へらへら笑いで俺の前に立ちふさがる二人。
背後を見れば、別の一人が歩み寄ってきていた。
でも俺は、慌てなかった。
手元にはダンジョンで使う武器も盾もないが、素手で問題があるとは思わなかった。
俺はカバンを肩に提げ持ったままの姿勢で、正面の二人に向かって言う。
「嫌だね。ほしければ力ずくで奪ってみろよ」
「あぁん……?」
「なんだテメェ。変なもんでも食ったか?」
「けっ。オタクくんが──ついに自分がヒーローだと勘違いしちゃったかよ!」
後ろの一人が、俺を羽交い絞めにしようとしてくる。
俺はそれを素早く屈んでかわした。
「なっ、消えた……!? ──うわっ!」
足払いを入れると、後ろの男は見事に転倒する。
俺は仰向けに倒れた男の胸を、シューズの底で踏みつけにした。
「ぐわぁああああっ……!」
「おっ、おい、何やってんだお前!」
「テメェ!」
正面の二人が殴りかかってきた。
俺はカバンを路肩に放り投げつつ、向かってきた二つの拳を右手と左手でそれぞれ受け止める。
「「なっ……!?」」
「いまさらだけど、三対一って普通に卑怯だよな」
俺はつかんだ拳に力を入れ、握りしめる。
指の骨が多少折れてもいいぐらいの力で握りつぶした。
「「──いぎゃあああああっ!」」
二人は悲鳴をあげ、膝をつく。
そいつらを適当に蹴り飛ばすと、三人ともうめき声をあげて地面に這いつくばった。
俺は三人をひとまとめに集めると、その前にしゃがみ込む。
「弱い者いじめの愉しさ、俺にも分かるよ。今ならな」
「も、もうやめてください……お願いします……」
「すみませんでした、裕也さん……助けてください……」
「もう……もうしませんから……」
「今度俺に突っかかってきたら、こんなもんじゃ済まないから。あと俺以外のやつも虐めんなよ。見掛けたらボコる」
俺は苦しみ怯える三人に向かってそう言い残すと、放り投げたカバンを拾ってその場から立ち去った。
俺はいじめられっ子から、いじめっ子をいじめるいじめっ子にレベルアップしたのだった。