犯人の逆襲
「――以上の条件をすべて満たす人物は一人しかいない。そう、お前だ。お前が犯人だ、そうだろ!?」
長々と自己満足的もったいぶった推理を話し終えた探偵は、犯人を指摘して指差した。
犯人は何とかこの場を切り抜けられないか、と考える。
「しょ、証拠はあ――」
「もちろん、証拠はある。被害者の爪から犯人のものと思われる皮膚が検出された。これをDNA鑑定すればお前が犯人だとわかるはずだ。他にも証拠は色々あるぞ。たとえば――」
探偵は得意げに、サディスティックな笑みを浮かべながら、犯人を追いこんでいく。もう言い逃れしようがない。
犯人は考える。このまま、大人しく逮捕されるべきか。彼は四人を残虐できわめてめんどくさい方法で殺した。逮捕されたら、ほぼ間違いなく死刑だ。だったら、一か八か賭けに出るしかない。懐に忍ばせた包丁で、この場にいる全員をさばくのだ。幸い、警察はまだやってきていない。警察の到着を待つことができなかったのだ。この探偵は技量は申し分ないが、自分に酔いすぎている。ぶっ殺してやる。
「そうだ。私だ。私が犯人だ……」
「はっはっは。そうか。やっぱりそうか。僕の推理は百発百中。これでまた僕の名声があがっちゃうぞー」
「そう、私が四人を殺した凶悪犯で……これから貴様ら五人を殺す凶悪犯でもあるのだああああっ! 死ねやあああああっ!」
包丁を取り出して、一番ガタイのいい男の腹をかっさばいた。ぱっくりと真横に裂けた腹から血と臓腑が飛び出す。
「ぎぃやあああ!」
「な、お前……大人しく捕まれよぉぉぉ……」
「捕まるわけねえだろ、バアアアカ! 貴様ら全員皆殺しにして口封じだ! まずは一人ぃぃぃ!」
無我夢中で包丁を振るい、殺していく。新鮮な血が男を彩っていく。血の雨が降り注ぐ。頭の中はペンキをぶちまけたような白さだった。
「おい、馬鹿な真似はよせ! これ以上罪を重ねてどうする!?」
「どうするだって!? 俺はもう四人も――いや、五人も殺したんだぞ。俺の血塗られた手はこれ以上汚れようがねえんだよ!」
「きゃあああああ!」
「うばあああああ!」
「はっはっはっはっは! これで七人。後二人だ!」
「か、彼女だけは助けてくれ!」
「駄目だ。全員殺す。この女はお前の助手なんだろ? だったら俺の敵だ!」
「たす……ぎゃっ!」
「くそおおおっ! 貴様ぁぁぁ、殺してやるぅぅぅ! うおおおおおおっ!」
探偵が突進してきた。筋肉があるようには思えないが、思いのほか強い。火事場の馬鹿力というやつだろうか。油断はできない。
「殺ってみろ、探偵!」
二人は揉み合いになる。何度か包丁を振るったが、致命傷を負わせることはできなかった。探偵の右拳が犯人のみぞおちにめり込む。一瞬、包丁を掴む手が緩む。探偵が包丁を奪い取った。
「し、しまった――」
「死ねえええええ!」
包丁が犯人の腹に突き刺さる。彼は仰向けに倒れた。探偵がのしかかってきて、両手で掴んだ包丁を何度も何度も振り下ろす。
「ぎゃ、ぐあ、うっ……」
犯人は虫の息だ。しかし、くつくつと狂ったように笑う。笑うような余裕はないはずなのに、狂ってしまったのか。
「今から、お前は探偵ではなく殺人犯だ……。犯人だ……。木乃伊取りが木乃伊ってな。これを笑わずにいられるか。くっはっはっはっは!」
それが、犯人の最後の言葉だった。
言葉が呪いとなって、探偵の精神を蝕む。事情をきちんと説明すれば、正当防衛が認められるだろうが、探偵が犯人を殺してしまったことは消せない。正当防衛なのだからいわゆる殺人ではないのだが、その事実を納得できるかどうかは別だ。
もう彼は前のような探偵ではいられない。追い詰められた犯人は逆襲を果たすことに成功したのだ――。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
探偵の魂の咆哮は、館に虚しく響くだけだった。