平凡な異世界人が仲間に裏切られて復讐しないだけの話
「……あぁ。そういうことですか」
周囲を取り囲み油断なくこちらを睨み付ける武器を手にした兵士たち。
少し視線を上に向けてみればいつでもこちらに向けて放てるように魔法使い達が杖を構えていた。
「……皆は知ってたんですね。……いや、むしろ俺を罠にかけるために一芝居うったってところですか」
俺の仲間は、俺の仲間だった人達は兵士達に混ざって俺に武器を向けている。
苦楽を共にしてきた仲間、と思っていたのは本当に俺だけだったみたいだ。
「悪いな、ナギ。別にお前に恨みがある訳じゃねーんだ。でもよ、魔王を殺した今、もうお前は必要ない。むしろお前に居られると色々と迷惑なんだよ」
グロウ。剣士。
この世界に召喚されたばかりの右も左も分からない、ただの平凡な学生だった俺を何度も守ってくれた男の剣は今、少しの迷いもなく俺の首に向けられていた。
「へっ。まぁ、あれだあれ。こんなくそったれな国に召喚されちまったテメェの運の悪さでも恨めよナギ。俺は結構テメェのくそ平凡なところ好きだったんだぜ?」
シフ。盗賊。
この世界に召喚され、わけも分からないままに『お前は勇者だ。魔王を殺して世界を救え』と言われて混乱していた俺に話し掛け、今思えば情けないような相談にも嫌な顔一つせずのってくれた優しい男は今、油断なく俺を見つめ挙動一つで襲いかかろうとしていた。
「ごめんね、ナギ。貴方が死んで、魔王をルーク様が討伐したことにすれば、私は魔王を討伐した英雄である王の妻として生きることができるの。だから……死んで」
マリー。魔導師。
異世界人の勇者の特性として与えられた膨大な魔力の扱い方を教えてくれたのは彼女だった。この国の第一王子であるルーク王子に恋をして、相談をする時の彼女は俺に修行をつけるときとは違って一人のどこにでもいるような恋をした女の子だった。そんな彼女は今、震える手で杖を構え、幾度となく見た即死魔法の光を杖に宿らせて俺を見据えていた。
「ナギさん。貴方が死ねば、光神教はこの国の国教となることができるのです。貴方の命を奪うこと、きっと光神様もお許しになるでしょう。どうか安らかに」
ノエル。僧侶。
毎日のように怪我をする俺に彼女は文句の一つも言わず神の祝福による癒しを与えてくれた。怪我をしないように結界で守ってくれることもあった。初めて人の命を奪ったとき、罪悪感で押しつぶれそうな俺に寄り添ってくれた。きっと彼女がいなかったら俺は精神的にも肉体的にも魔王の討伐をすることはできなかった。そんな彼女は今、対象を弱体化させる結界に俺を閉じ込めてまるでゴミでも見るような冷たい目で見下ろしていた。
「今日は式典だから聖剣は必要ないって……嘘、だったんですよね? 俺を殺すために、もう魔王を殺して必要なくなった俺を殺すために丸腰でここに呼び出した。そういうこと、ですよね?」
嘘であって。
ありえないと半ば理解しながらも俺は皆の方を向いて尋ねる。
「あぁ」
「そうだな」
「……そうね」
「そうですね」
容易く希望は砕かれた。
「…………そっか。……そう、ですよね」
視界がじわりと歪む。
こうなることは、こうなる可能性があることは、ずっと考えていた。
それこそ召喚されてお前は勇者だと言われたときからずっと。
だって、俺はただの平凡な男子学生でしかなかったから。
異世界人として凄く高い身体能力や魔力は持っていたけれど、それでも俺はどこまでいっても何のへんてつもない勉強も運動も容姿も平均レベルのただの凡人だったから。
きっと、もっと勇者に相応しい人は居て、もしかしたら自分は間違えられて連れてこられただけなんじゃないか。
何の魅力もない。異世界人としての恵まれた能力以外に何もない自分が全て終わったときどんな扱いを受けるのか。
全部、考えたくもなかった想定通りだった。
「ナギ殿、申し訳ないとは思っている。しかし、分かってくれ。君は多くを救い、民に慕われている。それこそ王である父上以上に。むしろ君のせいで父上や僕の評判が相対的に低くなっていると言ってもいい。そんな君が今度は魔王を討伐したなんてことになれば、民は今度こそ君を王にしろと騒ぎ立てるかもしれない。だから、君には死んでもらう。これまでの功績も証拠を潰せるものは全て僕が行ったものを横取りしていた卑怯者として。そうすれば既に地の底まで落ちている父上や僕の評判も取り戻せて一石二鳥というわけだ。分かるね?」
「……王子、一つお尋ねしてもよろしいですか?」
「なんだい? 君には何度か命を救ってもらったからね。死ぬ前に聞きたいことがあるなら何でも聞いてくれて構わないよ」
「……ありがとうございます」
国王の評判が悪いのは、民を省みずに私欲を満たすために重すぎる税を課しているせい。
王子の評判が悪いのは、国を救うとか民のためにとか口で言うことだけは立派だけど結局何もせず何もできず民に余計な苦しみを味あわせているから。
そんなことは今さら言ったところでもはやどうしようもないことで、言ったところで王も王子も何も改めるようなことはない。
だから、今すべきことはそんな無駄なことではない。
「俺には、生かす価値がありませんでしたか……?」
最初から、使い捨ての道具にするつもりだったなら、それこそこの世界には着けただけで隷属下におくような恐ろしい魔道具があるからそれを使って用が済めばそのまま殺せば済む話。
それをしなかったのはきっと敵愾心を抱かせないため。優秀だった場合に魔王の討伐が終わったあとも友好的な関係を築き上げ利用するため。
だから、きっとこの状況は俺に生かす価値がないと判断されたが故の結果だ。
「……そうだね。まぁ、否定はしない。ただ、もっと言えば君は生きる価値がないというよりは生きていてはいけない存在なんだ。君は民を助けすぎた。民の心をあろうことか父上から引き離した。僕達王族の立場を脅かすなんて絶対にあってはならないことだよ。傲慢が過ぎる。だから、せめて最期くらいはきちんと役に立って死んでくれ」
「……そう、ですか」
自分がとるに足らない存在だと分かっていたから。
もし異世界人でなければ誰も俺のことなんて慕わないと分かっていたから。
必死になって目に映る人達を助けた。
助けを求める人がいるならそれがどれほど無茶なことであっても助けに行った。
それは唯一俺の存在価値で、それを失えば俺に価値なんてないと分かっていたから。
でも、その全てが裏目に出ていた。
もう、笑うしかない。
やっぱり、俺は勇者なんかじゃなかった。
「さて、疑問も晴れたようだし死んでもらおうか。僕達王族から民の信頼を掠めとるようなペテン師でも異世界の勇者には違いない。……確実に殺せ」
きっと、他の人ならもっとうまくやってこの王子とも仲良くやれたのだろう。
仲間に裏切られることなんてなくて、魔王を討伐したあとも世界に必要とされ続ける存在であり続けることができた。
そう、例えばクラスでも人気者だったあの人とか。
もし、生まれ変われるなら何か一つでも優れたものを持つ人になりたい。
そしたらきっとこんな風に苦しい思いはしなくても済むから。
呑気にそんなことを考える俺を眩い閃光が一瞬にして包み込んだ。
◇◆◇◆◇
「……ん……っ」
目を覚ますと見知らぬ天井があった。
「……あれ……俺は……」
死んだはずじゃ。
『目が覚めたようだね』
城で見た最後の光景。
抗うつもりはなかった。
確実に死んだはずだった。
にも関わらずこうして生きている。
一体どういうことか。
考える俺の顔を一人の少女が覗き込んだ。
「……デュランダル……? ……っ。ごめんっ。違う、間違えた……っ」
俺よりもいくつか年下。きっと、俺のいた世界であれば中学生くらいの年齢だろう。
そんな少女は白かった。
髪も肌も纏ったワンピースのような服も。全てが白い。そして、見た目の年齢にそぐわない大人びた雰囲気と力強さがあった。
まるで、平凡な俺を所有者と認め、足りない俺に力を与え、魔王の討伐に力を貸してくれた聖剣のような。
……だからといって、初対面の名前も知らない少女を無機物扱いというのは失礼が過ぎる話だけれど。
「ほ、ほんとにすみません! 知人に……いや、人ではないから知剣……? と、とにかくすみません!」
『なに、謝ることはないよ。むしろボクは嬉しいくらいさ。まさか人化していてもボクに気づくなんてね』
「…………え?」
『間違えてなんかいない。ボクさ。デュランダルだよ。もっとも、初代の勇者はこの姿のボクをデューと呼んでいたけれどね』
「…………嘘、ですよね?」
『ほんとさ。ほら』
「……っ」
一振りの剣が床に落ちる。
目の前にいたはずの少女は消え、代わりとばかりに幾度となく共に戦ってきた聖剣がそこにはあった。
『さて、君のささいな疑問も晴れたところで本題に入ろうか。……おや? なんだい? ボクの顔に何かついてる?』
聖剣が消え、少女が現れる。
そして、そのままなんでもないことのように話し始めた。
俺は当然のように置いてきぼり。
「……いや、何でもない、です」
冷静に考えれば、それは決してあり得ない話ではない。
この世界では武器に限らず大切に扱われたモノや優れたモノには魂が宿り、生き物の姿を形取る。
聖剣、デュランダルはこれまで剣の形から姿を変えるところを確認されていなかったため、魂は宿っていないとばかり思っていた。けど、魔を穿つほどの力を持った聖なる剣なのだからむしろ宿っていない方がおかしい。
口ぶりからしても自由に人化できるうえでこれまではしてこなかったようだし。
「……えと……デュランダル、でいいですか……?」
というかこの際そういうことにしておかないと一生自分のなかで納得がいかない気がする。
仮に俺がこの少女に騙されていたのだとしても別に失うものがあるわけでもないのだから気にもならないし。
『初代勇者はボクをデューと呼んでいたね』
「……つまり、そう呼べということですか……?」
『君がそれを望むならそうするべきだとボクは思うね』
「では、デュランダル、と」
『初代勇者はボクをデューと呼んでいたよ?』
「あ、はい」
圧が凄い。
『さて、では話の本筋に戻ってもいいかな?』
「本筋……?」
『おや? 君、興味ないのかい? どうして自分が生きているのかとかあのあとどうなったのかとか』
「……っ。あります! 教えてください!」
気にならない訳がない。
むしろ死んだはずの自分にとって今一番の疑問と言ってもいい。
『簡単な話さ。ボクが人化して君を助けた。感謝してほしいよ全く。おかげでこの姿を見せたくもない連中にまで晒すはめになった』
「……すみません。それと……ありがとうございます」
話を聞いて納得した。
たしかにデュランダルほどの力を持った剣が人化すれば、あの状況からお荷物の俺を抱えてでも生還することは可能だ。
『ま、ボクが勝手にやったことだからね。君を裏切ったクズ共の怯えた顔も見れたことだしそこまで気にすることはないよ。そもそも冗談のつもりだったし』
「……いえ、その……お手間をとらせてしまって」
『言ってるだろ? ボクが君を助けたかったんだ。気にするな』
「……はい。本当にありがとうございます」
なぜ、デュランダルはそこまでして俺を助けてくれたのか。
俺が生き残ってしまったせいで何か困ったことにはならないか。
そもそも俺はこれから先、魔王の討伐という目的を終えた今、何をすべきなのか。
疑問はあって不安もある。
けれど、それよりも先にまずは感謝を忘れてはいけない。
『さて、それじゃあこれからどうしようか?』
「……?」
『何とぼけた顔してるのさ。これからだよこれから。君は魔王の討伐という役目を終えたわけだ。そして、あのカス共に馬鹿げた理由で殺されかけた。君はこれからどうしたい? 復讐でもするかい? 君が望むなら付き合ってあげてもいいけど。』
発言が聖なる剣とは思えないほど黒い。あと怖い。
「……えと……復讐はいいです。……それより、一つ聞いてもいいですか?」
『ん?』
「どうして、俺を助けてくれたんですか? 聖剣の所有者だから、というわけではないですよね?」
もしそうだとしたら、これまでの勇者は天寿を全うしていたはずだ。
でも、そうじゃない人も調べたなかには少なからずいた。
それこそ口に出すのもおぞましいくらいに残酷で理不尽な殺され方をした勇者だってなかにはいる。
なのに、どうして俺のことを助けてくれたのか。
『ボクが君を気に入ってるから。それ以外に理由が必要かい?』
「……いえ、納得しました。けど、また聞きたいことができました。どうして俺をわざわざ助けてくれるほど気に入ってくれたんですか?」
気に入った人間をありあまる力をもって助ける。別になんらおかしな話じゃない。力ある者にはそれを自由に振るう権利があるのだから。
でも、そんなデュランダルに俺がそこまで気に入られている理由が分からない。
俺はただの平凡な男子学生で、唯一の異世界人という価値もこれまで多くの勇者を見てきたデュランダルにとってはとるに足らないことに違いない。
『ボクを使ってあれだけの人間を救った勇者の君を気に入らない理由はないと思うけど』
「……誰かのために、とか。そんな崇高な考えで助けた訳じゃないんです」
俺が人を助け続けたのは、そうしないと俺の価値がなくなってしまうと思ったから。
助けて救って手を差し伸べていないと唯一自分にあった勇者という価値すら失われてしまうと思ったから。
持っている唯一の価値を失ったただの平凡な男子学生なんて誰にも必要とされないと思ったから。
まるで凄いことをしたようにデュランダルは言ってくれるけど、俺は何もできてない。
何もできなかったから、必要とされず殺されかけた。
『知ってるよ。君はただ勇者でありたかっただけだ。誰かを救うことで自分の価値を確かめたかっただけだ。ずっと君と居たんだ。それくらいは見抜いてるし理解もしてる』
「……」
全部、見抜かれていた。
自分の薄っぺらな保身も哀れな程の臆病も、全部。
顔が赤くなって熱を持っているのが分かる。
いっそ死んでしまいたい。
『でも、少なくともボクがこれまで出会ってきた勇者に君の言うような崇高な考えで誰かを救う子は居なかったね。多かれ少なかれ、彼らは皆、自分のために戦っていた。だから、いいのさ。君が君のために人間を助けたのだとしても助けられた人間にとっては君が助けてくれたという事実だけが全てなのだから』
「……っ」
『納得したなら話を進めてもいいかな? まだ足りないというならいくらでもボクが君を気に入った理由を挙げてあげてもいいけど、そんなくだらないことに貴重な時間を使うことはオススメできないね』
「…………はい」
納得はできない。できるわけがない。
けど、俺の恩人はきっとそれを望んでなくて、望んでないのに無理強いはできない。
『……ま、今は分からなくて納得がいかなくても、いつか君はボクに気に入られるだけの価値ある人間だって分かるさ』
苦笑しつつ、デュランダルはそう言った。
全てお見通しということなのだろう。
「……すみません」
『構わないよ。それで……うん。これからどうするかって話だったね』
「これから……」
『そう。これからさ。君は何がやりたい?』
「…………」
やりたいこと。
これまではやらなければいけないことに囲まれていた。
だから自分のやりたいことなんて考える暇もなくて、それでいいと思っていた。
『思いつかないかな?』
「……はい。すみせん」
何もない。
俺には本当に何もない。
『そうか。じゃあ、そんな君に一つボクから提案がある』
「……?」
そう言って、すっと手を差し出すデュランダル。その手には顔なしの面が握られていた。
『人助けをしよう。正体不明の正義の味方になって、存分に困っている人間、苦しんでいる人間を助けよう』
「……」
『どのみちこれから君は世間では悪人という風に扱われることになる。そうなれば、君を悪人扱いする王族共を皆殺しにするか姿を隠して生きていくしかない。前者は君の望むところじゃないだろ? だから、後者。これで顔を隠す』
「……人助け、ですか」
『あぁ、それは……うん。きっといつか君にも分かると思うよ。なんたって、君は勇者だからね』
「……そうですか。分かりました。やりましょう、正義の味方」
やりたいことはない。
やるべきこともない。
やらなければいけないこともない。
だったら、こんな何もない俺の命を救ってくれたデュランダルの望みくらいは叶えたい。
俺は、面を嵌めた。




