§18
59年の日記は、5月にお祖母ちゃんとお祖父ちゃんがほとんど身一つで帰国した日にいったん途切れる。 といっても、お祖母ちゃんはこの年、本当に大変だったみたいで、日記もほとんど書いていない。
だから2人のパリ最後の日々は2月と3月、合わせても10日ほどの、ほとんど3,4行の記述から推測するしかなくなっている。
その推測で、2人のパリ最後の日々を振り返って見ると・・・
59年の新年、雅枝は三郎とパリの新居で迎えた。
2月の中旬、白銀の世界になったパリの街を雅枝は慎重に、転ばない様に歩き、ある建物の入口を潜った。 もしや、と思っていたことが現実と確認され、彼女は期待と不安で『三羽の野鴨亭』を目指す。
店に着くとすぐに厨房に行き、ランチの仕込中の三郎を裏庭に呼び出した。
「なんだい、休みくらい店に来なくったって・・・」
雅枝は、しっ、と黙らせる。 そしてずばり言い切った。
「お腹に赤ちゃんがいるわ。 2ヶ月だって。」
一瞬、雅枝は不安だったが次の瞬間、
「そうか、やったな、僕もお父さんだ。」
雅枝はあっという間に抱き締められ、キスされた。 三郎は両手で彼女の頬を挟み、しげしげと見て、
「ありがとう。 しあわせだよ、本当に。」
待たないで来た甲斐があった。 彼女はにっこり笑うと、今度は彼女から落ち着いたキスを返し、身体を離すと、
「さ、報告終わり。 お仕事に帰って、シェフを困らせないでね?」
「ウイ、マダム。」
その夜、三郎が家に帰ってから、2人はワインで乾杯し、それから彼女が思っていた計画を打ち明けようと思った。 ただしこれは、三郎のキャリアを壊す事になりかねない。 彼女は迷っていた。 すると三郎から話し出す。
「実は考えていることがあるんだ。 これはもし、君に赤ちゃんが出来たらこうしよう、と考えていたことなんだけれど・・・」
「なあに、言って? 聞いてるわ。」
彼女は言い淀んだ三郎を励ます。 三郎は頷くと、
「日本へ帰ろうと思うんだ。」
彼は真剣な表情で彼女を見る。 彼女は無表情のまま、何か呆けたように彼を見る。
「あ、いや・・・君が嫌なら、別のこと考えるから、」
「ノン、嫌じゃない。 むしろ大歓迎だわ。」
彼女は三郎の手を取ると、その腕の下に滑り込んで、彼の胸板に顔を当てる。 そして言った。
「それってね、私がさっき言おうとしたことと同じよ。 私は子供を日本で育てたい。」
「全く同感だね。」
2人は翌日、その話をピザニシェフに話す。 ピザニは暫く考えた後、
「残念だが、君らの意思を尊重する。 赤ん坊を自分たちの国で育てる。 当然なことだ。 いつかその子が大きくなったら、このピザニおじさんのちいさなレストランに連れて来て欲しい。 私は腕を奮って大歓迎しよう。」
実にピザニらしい情味溢れる言葉に、雅枝は目頭が熱くなるのを感じ、シェフの両頬に唇をあて、感謝の気持ちを伝えた。
2人は生真面目な2人らしく、帰国に当たってフランスに心残りをしないよう、スケジュールを立てて課題をクリアして行った。
まず2人はピザニと『三羽の野鴨亭』に後腐れの残らないようにした。 つまり彼らが去っても店が困らないようにしたのだ。
三郎はイタリアから修業に来ていたジョバンニに、自分の知る全てを教えた。 店が閉まり片付けと明日の準備が終わった後も、明け方近くまで彼を仕込んだ。 ジョバンニもそれに応え、引継ぎは順調だった。
同じことを雅枝はフェリックスにしていた。 既に雅枝の手順を諳じていた彼に、小麦粉やイースト菌との付き合い方や焼き窯と火との対話など微妙な部分、つまり一流と二流を分けるポイントを集中講義した。 2人とも旅立つ半月前にはピザニに70点貰えるようにシゴきにシゴいた。
結果、ジョバンニは70点を貰い、フェリックスは65点を貰った。
目標に届かなかったフェリックスは、涙を浮かべて雅枝に詫びた。 しかし三郎は青年の肩に手を回すと、雅枝が最初にピザニから60点を貰ったことを伝え、ムッシュが彼に70点を与えなかったのは、単純にシェフが雅枝を失うことに感傷を覚えたからだ、と種明かしをして慰めた。
友人たちとの別れもあった。 雅枝はアンリとアントワーヌに別れの手紙を書き、日本で落ち着いたら手紙を書く、と約束した。 帰国していたジャンにも手紙を書き、少し感傷的に、この4年間のパリ生活を振りかえった。
2人のフランス最後の友人とも呼べるピザニは、2人が『三羽の野鴨亭』を離れる1週間前に2人を自宅に招待し、ボルドーワインで2人の行く末に乾杯した。
そこでピザニは、ミシュランの星半分は君らのお陰だ、と三郎に握手を求め、雅枝の頬に熱烈なキスを贈ると、『フランスのシェフの名誉にかけて、恩人に称賛の言葉しか贈らないケチだと思われないために』2人にそれぞれ小箱を渡した。
促され開けて見ると、オメガの腕時計が輝いていた。 2人は申し訳なさそうにしたが、このところ恰幅が増して貫禄が出て来た三郎の兄貴分は、彼女の腕に婦人時計を巻いて見せ、お似合いだ、とニコニコしていた。 そして三郎に、直後に迫った帰国について尋ね、何か困った事があったら声を掛けてくれ、と真剣な顔でいい、2人を代わる代わる抱きしめた。
雅枝は、このシェフの家での一夜は、パリ最後の素敵な思い出になるだろう、と書いている。
そしてパリを旅立つ日、パリはリラの季節で、2人は駅まで車で送ってくれた同僚のマルセルがゆっくりと走らせる車窓から、感慨深げに花を眺めていた。
ほとんど身一つでやって来て5年のパリ生活を送った三郎。 親の反対を押し切り留学生としてやって来て、パン職人で終わった雅枝。 2人は三郎の船員時代からの古いトランク一つに荷物を詰めてパリを後にしようとしていた。
雅枝に不思議と涙はなかった。 パリは彼女に、日本にいては一生掛っても得られなかったであろう人生を教えた。 その中で一番大きな教えは、後ろを振り返るのは、やるべきことをやってからだ。 そう彼女は旅立ちの日に短く書いている。
やるべきことが日本で待っている。 2人に後ろを振り返る余裕はなかった。
2人はリヨン駅からマルセイユ行きの列車でパリを去った。 2人は2度とパリへ、いや、外国に行くことはなかった。
半月後、マルセイユからの貨客船で横浜から日本に上陸した2人は、一旦、それぞれの『課題』を片付けるために離れ、三郎はその足で北へ向かう。 雅枝には避けて通れない対決が残っていた。
彼女は4年前、東京を後にした時に着ていた白いワンピース姿だった。 ワンピースは4年で少々黄ばんでいて、今の彼女には丈も短くウエストがはち切れんばかりだったが、何とか着こなしている。 彼女にとってはこの服でなくてはいけなかった。 少しでも時間を埋めたい、そう思っていたからだ。
彼女が向かったのは東京の西、山の手に当たる高級住宅地で有名な街、ある屋敷の呼び鈴を押し、現れたスーツ姿の初老の男にあいさつをする。 男はまるで4年のブランクを感じさせず、まるで1泊2日の旅行から帰って来たお嬢様を迎える感じで慇懃に一礼し、
「お帰りなさいませ、雅枝様。 お元気そうでなによりです。」
「イチノセさんも、お変わりなくお元気そうでなによりです。」
「滅相にございません。 では、どうぞこちらへ。」
もう、この時点で 雅枝は悟っていた。 自分はこの家に拒絶されると。
あの遥かに遠い日々、学校から家に帰ると執事の一之瀬は彼女を迎えるのに、案内などはしなかった。 当たり前だ、自分の家なのだから。
そして4年後、全く変わることがないように見える老執事は、この家の長女を案内しようとしている。 どこへ案内するのか? その疑問はすぐに解けた。 彼は中庭に通じる木戸を開け、彼女を通すと玉砂利で敷かれた小路を進み一番奥、東屋に通す。
そこは戦前からある茶室で、雅枝が知る限りでは今では使われていない。 しかし、掃除は行き届いており、予想に反して中は埃の匂いもしなかった。
「ここでしばらくお待ち下さい。」
4畳半の茶室に、にじり口ではなく水屋から通された雅枝は、そのまま畳の上に正座して待つ。
待つこと20分ほど、フランスから帰ったばかり、しかも妊娠中とはいえ厳しい躾は忘れるはずもなく、彼女は実に4年振りの正座にも顔色を変えず膝も崩さなかった。 その様子を冷ややかに見ながら、スーツ姿の30代の男が入って来る。
「暫くだな。」
「ただ今帰りました、お兄さま。」
男はそれには答えず座りもせず、胸の裏ポケットから白い封筒を出し、投げる様に彼女の前に落とす。
「すべてはそこに書いてあるが、」
一旦言葉を切ると、そのまましゃがみ、目線を彼女に合わせ、
「父の言葉を要約すると、もう、本多の人間ではない、2度とこの家の門をくぐる事は許さない、未来永劫だ、そうだ。」
雅枝は表情を変えず、その封筒をおし頂くと、深々と頭を下げ、
「今までお世話になりました。 また、家名に泥を塗るような真似をして、大変申し訳のうございました。 皆々さま、息災にお過ごしくださいませ、そうお伝えください。」
「分かった。」
次兄はそれだけ言うと、後を振り返ることなく消えた。 入れ替わりに一之瀬が現れ、雅枝は彼を困らせないように、痺れをおくびにも出さずにさっと立ち上がり、自ら茶室を出た。 そこで、
「案内は要りません。 本当にお達者で。」
深々と一礼する一之瀬を後ろに、雅枝は2度と訪れることのない生家をあとにした。
その夜、三郎を追って夜行で北へ向かう車内で、雅枝は漸く手紙を開封した。
まだ日本が敗戦から復興へと頑張っている最中に、絵の勉強などという個人的な理由に対しても許しと、密かにお金も出したのに、外国人の男と乳繰り合って留学が終っても帰らず、日本の学校も辞め、挙げ句の果て、日本人だが最初の相手とは別の男、どこの馬の骨か分からん料理人などと子供を作って結婚する、という。 そんな売女は当家の者にいない。
つまりお祖母ちゃんはフランスから帰って来た時点で、父親、つまり私には曾お祖父さんから勘当だ、と縁を切られたのだ。
2番目の兄から渡された手紙には、毛筆で一枚紙に父の墨跡でそうあった、その他に小切手が1枚、額面5万円とあり、縁切りの金だろう、でもこれは受け取る訳にはいかない、後で送金する。 お祖母ちゃんは淡々とその日に書いている。
結局、両親に会えなかったお祖母ちゃんは、その後二度とこの家に行くことはなく、両親とも会うことはなかった。