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鉄の意思  作者: 七梨権兵衛
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 喉が渇く。いや、渇くなんて生易しいものでもない。これでは会う前に声が出なくなってしまいそうだった。


テツは前の戦の相手、山の国に来ていた。もちろんあの土塁も越えてきた。守る者はいないのでゆっくりと登ったがその時の記憶が蘇る。死を覚悟した長い瞬間だ。辿り着いた邑は山中にあり、鳥の鳴き声も穏やかなのが、自分の心中と差があり過ぎて滑稽だった。

(勢いだけで来てしまった。)

自身の行動に後悔する。しかし、それが最良の策と思える事に変わりはない。

そんなことをぼんやり考えていると突然、真横で人の気配を感じてテツは跳び上がった。

「お前、3回死んだぞ。」

気が付くまでに既に3回近付くか何かしたと言うことだろう。

「前の戦で既に何回か死んでます。」

「あの戦にいたのか?よく生きてたな?」

「貴方達が臆病者を見逃したから。」


山の国の邑長むらおさと名乗った漢は暫く考え込むような仕草のあと、テツの顔を覗き込んだ。テツが何をしに来たのか考えてみたが思い浮かばない。結局思い浮かばないままため息をついた。

「駄目だ!降参だ。お前何しに来た?」




「私の邑と同盟を。」

「!??」

「何だと?ただの邑人が一国のまつりごとに口出し出来るはず無いだろう。」

「国じゃない。邑だ。」

国を捨てる、或いは寝返ると言いたいのか?いずれにせよただの邑人の戯言でしかない。あり得ない話だし聞く価値も無さそうだが、目の前のどう見ても農夫の男の眼差しに惹かれる。

邑長はもう一度ため息をついた。


「で?何をしたい。」


テツは思い描いた事を全てさらけ出した。今更駆け引きが出来る程の器用さは持ち合わせていないし隠してもしょうがない。

邑には水源がないこと、今の領主とその本国は好戦的でいずれまた戦が起こるだろうこと。山の国が築いたあの堀を領主の支配下にない上流から引き伸ばして邑に水を確保したい事。


「その為には両国の緩衝地帯になっている山際を貴方の国に占拠してもらいたいのです。」

そんな事をすれば領主と本国が黙っていない。邑長は顔を左右に振った。

テツの提案はこうだ。

堀の掘削はテツの邑人達がやるので、山の国はただ見逃して欲しい。それと領主が工事の阻止や言い掛かりをつけて来た時には山の国には山際の領有権を主張して工事を守って欲しい。邑人のことは守らなくてもいい。そして堀が出来上がった暁には山際から邑までの地域は山の国の人々が田畑をひらけば良い。テツの邑は自分達の邑やその下流を開拓する。

「お前達の邑はどちらに帰属するつもりだ?」

「誰が領主だろうが百姓の活き方は変わらん。」

そう、誰が支配していようと百姓は田畑を耕して大地から恵を収穫して生きていく。百姓がいなければ国は成り立たない。

「その時に邑を支配した戦人に従うさ。」

最もその時にはテツは裏切り者として処刑されるかもしれない。

それはそれで仕方ないと開き直った。

「おかしな奴だな。」



・・・・・・・・・・・・・・・・



掘削は秘密裏に行われた。と言っても巧妙に隠す訳では無く少人数で少しずつ進められた。更に一箇所に集中して大きな工事が露呈しないように計画した用水路の数カ所に分けてバラバラに進めた。これなら見付かりにくいし、見られても意味の分からない穴掘りにしか見えない。言い逃れも井戸掘りや放牧予定地、軍閥の動きを見張るための物見櫓などのらりくらりとかわした。当然、途中で山の国とテツ達の国でいざこざや武力衝突もあったが、テツの国の戦人達には前の大戦おおいくさで刻み込まれた恐怖心が相当に深かったらしく、逃げるとは言わないまでも早々に後退を始めることが多かった。山の国の生業である情報操作も大いに功を奏して山人の武人一人で平地の戦人の三十人力といった勇猛ぶりや捕まえた平地の民の革を剥いで小物袋に仕立てるといった野蛮さが誇張されて吹聴された。もちろん実際にはそんな事はないが、自らを蛮人だと喧伝することに邑長は自嘲しながらもテツを助けてくれた。


・・・・・・・・・・・・・・・・


長い年月を掛けたテツの壮大な裏切り行為だった。領主や周辺の軍閥にも目を付けられて脅しも受けて来たが、山の国の邑長達が約定を超えて守ってくれた。そしていよいよ用水路が全て貫通して河の堰が切られる。ここに水が流れて用水路の周辺には田畑が拡がるのだ。テツは一面の緑と実り想像した。

邑が豊かになる。国が豊かになる。テツやイシ、ツチが思い描いた豊かな大地がもうすぐ成る。風が凪ぎ、テツの髪を掻き上げる。馬の蹄の音が徐々に近付く。テツがゆっくりと振り向くと一筋の光がテツの胸を一閃した。


(何だ?)


起きた事が把握出来ないままテツの意識が遠のく。思い描いた豊かな大地は見られないかもしれないな。その事だけはなんとなく理解してテツは身体を仰向けにして青空を見上げる。


金属がぶつかり合う音や怒号はさほど遠くない。

(ああ、あの戦の時と同じだ。)






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